【労働基準法】「付加金」とは?要件、対象となる賃金の種類、裁判例などを解説
- 1. はじめに
- 2. 「付加金」とは(定義)
- 2.1. 「付加金」とは(定義)
- 2.2. 付加金の発生要件
- 3. 付加金の対象となる未払い賃金の種類【要件1】
- 3.1. 付加金の対象となる未払い賃金の種類
- 3.2. 各未払い賃金の内容
- 3.2.1. 解雇予告手当
- 3.2.2. 休業手当
- 3.2.3. 割増賃金(法定時間外労働・法定休日労働・深夜労働)
- 3.2.4. 年次有給休暇を取得した際の賃金
- 4. 訴訟において、労働者から付加金の請求があること【要件2】
- 5. 裁判所から、付加金の支払命令があること【要件3】
- 5.1. 裁判所の判断
- 5.2. 裁判で付加金の支払いが命じられるケース
- 5.3. 労働審判の場合
- 5.4. 付加金に対する遅延損害金
はじめに
労働基準法では、同法が定める一定の種類の賃金について未払いがあった場合において、会社(使用者)に対するペナルティとして、「付加金」を定めています。
これにより、訴訟(裁判)において、例えば割増賃金(残業代)の未払いについて争われた場合に、裁判所から会社に対し、付加金として、未払い賃金と同額(倍額)を支払うよう命じられる可能性があることから、労務管理上のリスクとして、付加金の存在は非常に大きいといえます。
本稿では、労働基準法が定める「付加金」の支払い義務が生じるための要件、付加金の対象となる賃金の種類、および実際に付加金の支払いが命じられた裁判例などを解説します。
「付加金」とは(定義)
「付加金」とは(定義)
「付加金(制度)」とは、会社が割増賃金(残業代)など、労働基準法が定める種類の賃金の支払いを怠り、当該賃金の支払いが訴訟(裁判)で争われた場合において、裁判所が会社に対し、未払い賃金の支払いを命じることに加えて、当該未払い賃金と同額の金銭の支払いを命じることができる制度をいいます。
会社からみると、未払い賃金の倍額の支払いを命じられる可能性があることから、訴訟における付加金の存在は非常に大きいといえます。
付加金制度は、会社に対し、付加金という経済的な不利益を制裁として課すことによって、会社が賃金の支払いを確実に履行することを促すための制度といえます。
付加金の発生要件
付加金の支払い義務が生じるための要件は、次のとおりです(労働基準法第114条)。
付加金の支払い義務が生じるための要件
- 労働基準法が定める種類の未払い賃金があること【要件1】
- 訴訟において、労働者から付加金の請求があること【要件2】
- 裁判所から、付加金の支払命令があること【要件3】
付加金は、上記の要件をすべて満たす場合に限り、支払い義務が生じるものであり、いずれか1つでも要件を欠くと、付加金の支払義務は生じません。
なお、労働基準法の条文は、次のとおりです。
労働基準法第114条
(付加金の支払)
裁判所は、第20条、第26条もしくは第37条の規定に違反した使用者または第39条第9項の規定による賃金【要件1】を支払わなかった使用者に対して、労働者の請求により【要件2】、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずる【要件3】ことができる。
ただし、この請求は、違反のあった時から5年以内にしなければならない。
以下、各要件について解説します。
付加金の対象となる未払い賃金の種類【要件1】
付加金の対象となる未払い賃金の種類
「未払い賃金」とは、一般に、労働基準法などの法令または個別の労働契約(雇用契約)に基づき、会社が従業員に対して支払うべき義務がある賃金であって、正当な理由なく(違法に)、支払日において支払いがなされていない賃金をいいます。
労働基準法では、付加金は、あらゆる未払い賃金について生じるものではなく、その対象を次の4種類の未払い賃金に限定しています。
付加金の対象となる未払い賃金の種類
- 解雇予告手当(労働基準法第20条)
- 休業手当(労働基準法第26条)
- 割増賃金(法定時間外労働・法定休日労働・深夜労働)(労働基準法第37条)
- 年次有給休暇を取得した際の賃金(労働基準法39条第9項)
上記の4種類の賃金のうち、いずれかが未払いになっている場合に、付加金の要件を満たすこととなります。
なお、上記の賃金の支払い義務に違反した場合には、付加金とは別に、労働基準法が定める罰則(懲役または罰金)が科されます(労働基準法第119条、第120条)。
各未払い賃金の内容
解雇予告手当
会社が従業員を解雇する場合には、前もって(30日以上前に)解雇の日を予告しておく必要があり、もし直ちに(予告をしないで)解雇をしようとする場合には、「解雇予告手当」を支払う必要があります(労働基準法第20条)。
解雇予告手当の額は、原則として、平均賃金(労働基準法第12条)の30日分とされています。
休業手当
「休業手当」とは、会社の責任(帰責事由)によって従業員に休業を命じたことにより、従業員が労務を提供できなくなった場合に、その従業員の休業期間中の生活を保障するために、会社に支払いが義務付けられる賃金をいいます(労働基準法第26条)。
休業手当の額は、平均賃金(労働基準法第12条)の60%以上とされています。
割増賃金(法定時間外労働・法定休日労働・深夜労働)
従業員が法定労働時間(原則として1日8時間、1週40時間)(労働基準法第32条)を超えて働いた場合(これを(法定)時間外労働といいます)には、会社は従業員に対し、通常の労働時間の賃金に25%以上(月に60時間を超える場合は50%以上)を割り増した賃金を支払う義務が定められており、この賃金を「割増賃金」といいます(労働基準法第37条)。
また、割増賃金は、従業員が法定休日労働をした場合(割増率は35%以上)、または深夜労働(午後10時から午前5時までの間の労働)をした場合(割増率は25%以上)にも生じます。
年次有給休暇を取得した際の賃金
従業員が年次有給休暇を取得した日において、会社が支払うべき賃金の計算方法については、労働基準法によって、3つの方法(通常の賃金、平均賃金、または健康保険料の標準報酬日額)が定められています(労働基準法第39条第9項)。
訴訟において、労働者から付加金の請求があること【要件2】
賃金が未払いの状態にある場合で、話し合いでは解決しないなどの場合には、従業員から会社に対して訴訟(裁判)を提起することになります。
このとき、従業員から会社に対し、未払い賃金の支払いを請求すると共に、当該請求と併せて、未払い賃金と同額の付加金を支払うよう請求することができます。
訴訟において付加金を請求するかどうかは、あくまで従業員(原告)の判断に委ねられています。
したがって、従業員が訴訟を提起した際に付加金を請求しなければ、会社に付加金の支払いが命じられることはありません。
なお、付加金の請求は、条文上は、違反のあった時から5年以内にしなければならないと定められていますが、当面の間は「3年」とされています(労働基準法第114条但書、労働基準法第143条第2項)。
裁判所から、付加金の支払命令があること【要件3】
裁判所の判断
付加金は、裁判所による支払命令によって、その支払義務が確定します。
そして、訴訟において、会社に付加金の支払いを命じるかどうかの判断は、あくまで裁判所の裁量(判断)に委ねられています。
したがって、従業員から請求があったとしても、裁判所は付加金の支払いを命じないことがあり、また、命じるとしても、その額をいくらとするのかは裁判所の判断によります。
裁判で付加金の支払いが命じられるケース
付加金について、裁判所が支払いを命じるかどうか、また支払いを命じるとしても、その額をいくらにするのかは、基本的に、次の事項を勘案して判断するとされています(松山石油事件/大阪地方裁判所平成13年10月19日判決)。
付加金の支払命令において勘案される事項
- 使用者による法令違反の程度および態様
- 法令違反に至った経緯
- 労働者が受けた不利益の性質および内容
- その他の諸事情(違反後における使用者の対応の誠実さなど)
上記の内容を総合的に勘案し、会社の行為に対する悪質さがどの程度認められるかによって、付加金の支払いが命じられる可能性が高まり、また、支払いが命じられた際の額も高額になり得るといえます。
付加金については、裁判ごとの個別の事情が大きく影響するため、明確な線引きをすることはできませんが、参考例として、過去の裁判例では、次のような事情があった場合に付加金の支払いが命じられています。
付加金の支払いが命じられた裁判例
- 36協定を締結することなく、従業員に時間外労働や深夜労働を行わせた上に、その割増賃金の支払いを怠っていた事例(朝日急配事件/名古屋地方裁判所昭和58年3月25日判決)
- 管理監督者ではないことが明らかな従業員について、かなりの時間外労働を行わせた上に、割増賃金を支払わない運用をしていた事例(H会計事務所事件/東京地方裁判所平成22年6月30日判決)
- 会社がタイムカードを導入しないなど、自ら出退勤管理を怠り、そのために相当長期間の超過勤務手当が支給されずに放置されており、労働基準監督署からもその旨の是正勧告を受けていた事例(ゴムノナイキ事件/大阪高等裁判所平成17年12月1日判決)
- 会社が従業員の雇用期間を通じて時間外手当の支払いを怠ってきたこと、および、元従業員が内容証明郵便によって時間外手当を請求したにも関わらず、会社が誠意ある対応をしてこなかった事例(Aラーメン事件/仙台高等裁判所平成20年7月25日判決)
一方で、会社による賃金の未払いが、単に労働基準法などの法律の正確な知識を欠いていたことの結果に過ぎないものと判断され、会社側の認識を前提にすれば割増賃金を支払う必要性がないと認識しても、それ自体が必ずしも不当であるとは言えないことなどを考慮し、付加金の支払いを命じることは酷であるとして、付加金の支払いが命じられなかったケースもあります(江東運送事件/東京地方裁判所平成8年10月14日判決)。
労働審判の場合
「労働審判」とは、訴訟の前段階の手続として位置する制度であり、労働審判委員会が、調停委員として労使の間に入り、調停を試みることによって、労働紛争を迅速に解決しようとする制度をいいます。
付加金は、裁判所の「判決」によって命ぜられるものであることから、労働審判の場合に命じられることはありません。
労働審判は、労働審判委員会が行うものであり、判決は裁判所によってしか行うことはないため、労働審判によって付加金の支払いが命じられることはありません。
付加金に対する遅延損害金
付加金は、付加金が命じられた裁判所の判決によって、その支払い義務が確定します。
したがって、判決が確定したにも関わらず、会社が付加金を支払わないときには、当該付加金について遅延損害金が生じます。
付加金にかかる遅延損害金は、付加金の支払いを命ずる判決が確定した日の翌日から、実際の支払日までの期間について、法定利率(年3%)によって計算します(民法第404条)。