【裁判例】セクシャルハラスメントの加害者への懲戒処分に関する裁判例4選

はじめに
職場において、セクシャルハラスメントが行われた場合、会社は、再発防止のために、加害者の従業員に対して懲戒処分を行うことがあります。
セクシャルハラスメント自体はあってはならないことですが、裁判例によっては、懲戒処分を無効と判断したものがあり、会社は、量定の判断にあたっては、裁判例を踏まえて慎重に検討する必要があります。
本稿では、セクシャルハラスメントの加害者に対する懲戒処分について、参考となる裁判例をご紹介します。
【減給処分・有効】P大学(セクハラ)事件/大阪高等裁判所平成24年2月28日判決
事案の概要
大学の教授(X)が、同じ学部の女性准教授(Y)に対するセクシャルハラスメント行為を理由として、大学から懲戒処分として減給処分を受けた事案です。
Xの女性准教授Yに対するセクシャルハラスメントの内容は、次のとおりです。
セクシャルハラスメントの内容(一例)
- Yを「おまえ」と呼んだり、年齢や婚姻の有無を尋ねた
- Yに「大学内のメールはチェックされている可能性がある」とか、「次は京都で飲もう」などと言った
- 店舗内において、カウンター下に右手を入れ、Yの左太ももに手をおいた。これに対し、Yは、直ちに左手でXの右手をつかんで振り払い、「やめてください」と強い口調で述べたが、Xは「まあ、ええやないか」などと述べて、その後も複数回、同様の行為を繰り返した
- 地下鉄に乗車した際、やや混雑した車両内で、Yの左腕の二の腕付近をつかんだ。Yは、Xが腕を組もうとしているように感じて驚くとともに、不快に感じ、「つかむところが違います」と言いながら、Xの腕を動かして車内の手すりを持たせるようにしたが、この間、車内の他の乗客の視線を感じ、非常に不快であった
裁判所の判断
裁判所は、YがXからの飲酒の誘いに応じるなどしたのは、Xが学部の教授の地位にあり、発言力があると感じており、これを拒否すると自己の学部内での立場に不利益が生じないとも限らないと考えたためであり、さらに、YがXに対して拒否的な態度や不快感を明確に示さなかったからといって、YがXの言動に対して何ら不快感を抱かなかったといえるものではないことはもちろん、セクシャルハラスメントがなかったことを推認させると言えるものでもないと示しました。
そして、Xの行為は、店舗内において、右隣に座っていたYの左太ももに手をおき、これにYが不快感を示したにもかかわらず、複数回にわたって同様の行為を繰り返した上、「おまえ」と呼びかけて、年齢や婚姻の有無を尋ねたり、地下鉄車内でYの左腕の二の腕をつかむなどしたというものであって、これらの行為は、明らかに、相手の意に反する性的な言動であり、相手に対して不快な性的言動として受け止められ、不快感、脅威、屈辱感を与えるものであったというべきであるから、セクシャルハラスメントに該当するものと評価するのが相当であるとして、減給処分を有効と判断しました。
【出勤停止・有効】L館事件/最高裁判所平成27年2月26日判決
事案の概要
水族館の運営を行う会社において、従業員2名(X1、X2)が女性従業員Yに対して性的な発言をするなどのセクハラ行為を行ったとして、Xらに対し、懲戒処分として出勤停止処分(X1を出勤停止30日、X2を出勤停止10日)を行った事案です。
Xらの女性従業員Yに対するセクシャルハラスメントの内容は、次のとおりです。
セクシャルハラスメントの内容(一例)
(以下、X1の行為)
- Yに対し、複数回、自らの浮気相手の年齢(20代や30代)や職業(主婦や看護師等)の話をし、浮気相手とその夫との間の性生活の話をした
- Yに対し、複数回、「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん」、「でも俺の性欲は年々増すねん。なんでやろうな」、「でも家庭サービスはきちんとやってるねん。切替えはしてるから」と言った
- Yに対し、浮気相手が自動車で迎えに来ていたという話をする中で、「この前、カー何々してん」と言い、Yに「何々」のところをわざと言わせようとするように話を持ちかけた
- Yに対し、浮気相手からの「旦那にメールを見られた」との内容の携帯電話のメールを見せた
- Yに対し、浮気相手と推測できる女性の写真をしばしば見せた
- Yもいた休憩室において、水族館の女性客について、「今日のお母さんよかったわ」、「好みの人がいたなあ」などと言った
(以下、X2の行為)
- Yに対し、「いくつになったん」、「もうそんな歳になったん。結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで」と言った
- Yに対し、「30歳は、二十二、三歳の子から見たら、おばさんやで」、「もうお局さんやで。怖がられてるんちゃうん」、「精算室にYさんが来たときは22歳やろ。もう30歳になったんやから、あかんな」などという発言を繰り返した
- Yに対し、「お給料全部使うやろ。足りんやろ。夜の仕事とかせえへんのか。時給いいで。したらええやん」などと繰り返し言った
裁判所の判断
裁判所は、同一部署内において勤務していた女性従業員に対し、Xらが職場において1年余にわたり繰り返した上記の発言等の内容は、いずれも女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切なものであって、その執務環境を著しく害するものであったというべきであり、当該従業員らの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来するものといえると示しました。
また、Yは、Xらのこのような本件各行為が一因となって、水族館での勤務を辞めることを余儀なくされているのであり、管理職であるXらが女性従業員Yに対して反復継続的に行った極めて不適切なセクハラ行為等が、企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過し難いものというべきであると示しました。
そして、Xらが過去に懲戒処分を受けたことがなく、Xらが受けた各出勤停止処分がその結果として相応の給与上の不利益を伴うものであったことなどを考慮したとしても、各出勤停止処分が本件各行為を懲戒事由とする懲戒処分として重きに失し、社会通念上相当性を欠くということはできず、出勤停止処分を有効と判断しました。
【懲戒解雇・有効】B女子大学事件/東京高等裁判所平成31年1月23日判決
事案の概要
私立女子大学に雇用されていた男性教授(X)が、所属学科の助手として勤務していた女性職員(Y)らに対するセクシャルハラスメント行為により、11もの懲戒事由に該当することを理由とする懲戒処分として、懲戒解雇処分を行った事案です。
Xの女性従業員Yらに対するセクシャルハラスメントの内容は、次のとおりです。
セクシャルハラスメントの内容(一例)
- 会話や口頭での呼びかけをする際にも、Yの承諾なく、Yのことを「Y」と名前(ファーストネーム)で呼び捨てにしていた
- 買い物に執拗に誘った(語学留学に引率する学生に対して、「引率用のバッグ、買ってあげますよ。一緒におでかけしましょう」などと繰り返し何回も、執拗に、個人的に誘った)
- 資料室内で印刷物の製本作業中のYの前屈みの姿勢を見て、Yの背後を通りながら、「お尻を触りたくなる」と言った
- Yが着ていたシフォン(薄く柔らかい生地)素材の半袖ブラウスに顔を近づけ、「これ、なんていう素材なの。ちょっと触らせて」と言いながら、Yの承諾を得ることなく、一方的にブラウスの肩や袖口辺りを指先でつまむようにして触った。
- 「今日の服はどんな素材なの、触らせて」と言って、Yの身体の方に手を伸ばしてきた。Yがとっさに身を引き、「触らないでください」と言ったところ、突然テーブルの上の段ボール製トレイをバンと大きな音を立てて叩いた上、「もう絶対触らないからな」と激しい口調で怒鳴った
裁判所の判断
裁判所は、本件懲戒事由は、個々の行為を個別に処分すると仮定すれば、懲戒免職を選択するのは処分として重すぎるという判断に傾くものが多いことは事実であるとしつつも、懲戒事由が多数に及び、その内容も教育機関(女子大学)としての信用・評判を著しく低下させるもの(女子学生との個人的交際の試みなど)が複数含まれているほか、本件懲戒解雇時においては、Xに十分な反省がみられず、懲戒事由の多くに常習性がみられてXによる同種行為の再発のリスクも非常に高かったと示しました。
これらのことに加えて、①Xが学科長という学科のトップの地位にあったことから通常の職員よりも行為に対する責任が重いこと、②本件懲戒事由からうかがわれるXのパワハラ体質が学科内部の風通しを悪くして、学科の教育環境、職場環境を著しく汚染し、ハラスメント行為が包み隠されて表面化が著しく遅れたことに一役かっていると評価せざるを得ないこと、③Xの本件懲戒事由によりXの教育機関としての信用や評判を落とすリスクも非常に高かったこと(同種行為の再発リスクも非常に高かったこと)を併せて考慮すると、本件懲戒解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上の相当性も備えているものであって、懲戒免職処分を選択したことについて学校法人(女子大学)としての裁量権の濫用や逸脱があったというには、無理があるとして、本件懲戒解雇を有効と判断しました。
【懲戒解雇・無効】Y社(セクハラ・懲戒解雇)事件/東京地方裁判所平成21年4月24日判決
事案の概要
各種電動機器などの販売業を営む会社の支店長兼取締役(X)について、会社は、慰安旅行での宴会における部下複数名に対するセクシャルハラスメント、および日常的なセクシャルハラスメントなどを理由として、取締役を解任し、続いて懲戒解雇した事案です。
Xの女性部下(複数名)に対するセクシャルハラスメントの内容は、次のとおりです。
セクシャルハラスメントの内容(一例)
- 宴会の当初、談笑しながら、隣席の女性部下Aの指を触ったり、手を握ったり、肩を抱いたりした
- 新人である従業員Bが、支店長であるXに、挨拶として酌をしに来たのに対して、Xの膝にとにかく座ってくれと申し向けた。ジーパンをはいていたBは、浴衣を着ていた原告の片膝に触れるか触れないかの中腰の姿勢を取って、ビールを注いだ。その際、Xは、Bに対して「子どもができるわけではない」旨を述べた。
- 女性部下Cに対し、「最近綺麗になったが、恋をしてるんか」、「胸が大きいね、何カップかな、胸が大きいことはいいことやろ」、「男性が女性を抱きたいと思うように、女性も男性に抱かれたい時があるやろ」などと発言した
- 女性部下Dに対し、周りにいた若手男性従業員を指して、「この中で好みの男性は誰か」と質問したが、これに対して、Dが言葉を濁していると、Xは、「俺は金も地位もあるがどうか」という趣旨の発言をした。Dは、返事をすることができなかったが、最後には、「ノーコメントです」と言った。Xは、最終的に、この場から逃れようと席を立ったDに対して「誰がタイプか。これだけ男がいるのに、答えないのであれば犯すぞ」という趣旨の発言をした
裁判所の判断
裁判所は、Xによるセクシャルハラスメントの内容は、複数の女性従業員に対して、Xの側に座らせて、品位を欠いた言動を行い、とりわけ、新人のBに対して、膝の上に座るよう申し向けて酌をさせたり、更には、Dに対しての発言(犯すぞ)は、悪質と言われてもやむを得ないものであると示しました。
そして、Xは、宴会の席だけでなく、日常的にも、酒席において、女性従業員の手を握ったり、肩を抱いたり、それ以外の場面でも、特に、女性の胸の大きさを話題にするなどの発言を繰り返していました。
そして、裁判所は、Xの各言動は、女性を侮辱する違法なセクシャルハラスメントであり、懲戒の対象となる行為ということは明らかであるし、その態様や原告の地位等にかんがみると相当に悪質性があると言い得る上、コンプライアンスを重視して、倫理綱領を定めるなどしている会社が、これに厳しく対応しようとする姿勢も十分理解できるものではあると示しつつも、「これまでXに対して何らの指導や処分をせず、労働者にとって極刑である懲戒解雇を直ちに選択するというのは、やはり重きに失するものと言わざるを得ない」として、懲戒解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上、相当なものとして是認することができず、権利濫用であるとして、懲戒解雇を無効と判断しました。