「退職合意書」のひな型(記載例)をもとに、作成時のポイントを解説

はじめに
本稿では、主に退職勧奨を行う場合における、退職合意書のひな型(記載例)をもとに、作成時のポイントを解説します。
「退職合意書」とは
退職勧奨と退職合意
会社と従業員との間においては、従業員が解雇事由に該当したことなどにより、雇用の継続をめぐってトラブルが生じることがあります。
この場合、最終的には、会社が従業員を解雇することによって、雇用契約を解約することがありますが、訴訟リスクを回避するなどの観点から、解雇ではなく、退職勧奨をすることによって、双方の合意に基づく退職を目指すことがあります。
「退職勧奨」とは、一般に、会社が従業員に対し、自発的な退職を促すために、退職に向けた働きかけ、説得、交渉などを行うことをいいます。
退職勧奨は、最終的には、従業員の納得に基づく合意による退職(合意退職)となる点で、会社から一方的に雇用契約を解約する解雇とは、法的な意味合いが大きく異なります。
退職合意書の必要性
退職勧奨の結果、退職について合意に至った場合には、後から合意内容を覆され、紛争に発展することを防止するために、口頭ではなく、合意内容を記載した合意書を作成することが望ましいといえます。
この合意書のことを、一般に、「退職合意書」といいます。
退職合意書は、法律によって記載事項が定められているものではありませんので、どのような内容を記載するかは、個別の事案に応じて検討する必要があります。
合意解約に関する事項
退職合意書の記載例①(合意解約)
退職合意書
●●●●株式会社(以下、「甲」という)と、●●●●(以下、「乙」という)は、甲乙間の雇用契約、および雇用期間中における甲乙間の一切の紛争に関して、下記の通り合意する。
記
(合意解約)
第1条 甲と乙は、甲乙間の雇用契約を、●年●月●日付で、甲の退職勧奨に基づき合意解約する。
退職勧奨に基づく退職合意書の目的は、後になってから従業員が解雇を主張するなど、紛争への発展を防止するために作成するものであることから、退職合意書には、雇用契約について、双方の合意に基づき解約すること(会社による解雇ではないこと)を明記することが必要です。
(参考)解雇の撤回をした上での合意解約
上記の記載例①は、会社の退職勧奨に基づくケースですが、例えば、会社が従業員に対して解雇の通知をしたことについて、従業員が争い、会社と従業員との間で協議をした結果、合意が成立することがあります。
この場合には、次のような記載が考えられます。
退職合意書の記載例②(解雇の撤回をした上での合意解約)
(合意解約)
第1条 甲は、乙に対する●年●月●日付の解雇の意思表示を撤回した上で、甲と乙は、甲乙間の雇用契約を、●年●月●日付で合意解約する。
離職理由に関する事項
退職合意書の記載例③(離職理由)
(離職理由)
第2条 甲は、乙の雇用保険の離職証明書における離職理由を、会社都合退職(退職勧奨)として扱う。
従業員が、退職後に雇用保険による求職者給付を受ける場合には、会社が発行する離職証明書に記載された離職理由が、自己都合退職または会社都合退職のいずれであるかによって、給付内容が異なることがあるため(会社都合退職の場合は、自己都合退職に比べて、求職者給付の支給日数が多くなることがある)、従業員によっては離職理由に対する関心が高いことがあります。
そこで、会社が作成する離職証明書に記載する離職理由について、あらかじめ合意しておくことによって、離職理由をめぐった紛争を回避することができます。
退職日までの待遇に関する事項
退職合意書の記載例④(退職日までの待遇)
(退職日までの待遇)
第3条 甲は乙に対し、第1条の退職日までは通常の給与を支給する。乙は、●年●月●日までは通常どおり出勤し、後任者への業務の引継ぎを完了させることとし、業務の引継ぎが完了したことを条件として、●年●月●日以降は、退職日まで年次有給休暇を取得する。なお、業務の引継ぎが完了したか否かの判断は、甲が行う。
退職合意書では、退職日までの間における引継ぎ義務の履行や、年次有給休暇の取得などについて合意しておくことが考えられます。
退職日までの再就職活動を認める場合
退職合意の条件として、退職日までの間に、従業員に再就職活動の機会を与えることがあります。
この場合には、次のような内容を記載することによって、再就職活動の状況に応じて、退職日を繰り上げる(早める)ことを認めることがあります。
退職合意書の記載例⑤(退職日の繰り上げ)
(退職日の繰り上げ)
第4条 乙は、再就職活動の状況に応じて、前条の退職日を繰り上げることができる。ただし、繰り上げをする旨の通知は、その繰り上げの必要性が生じた後速やかに、かつ繰り上げ予定の退職日より前に行うものとする。
年次有給休暇の残日数を買い取る場合
退職日までの間に、従業員が年次有給休暇をすべて消化することがすることができない場合があります。
この場合に、従業員から、合意の条件として、年次有給休暇の残日数を買い取ってほしいと求められることがあります。
法律上、退職に伴って権利が消滅する年次有給休暇(退職日までに取得しなかった年次有給休暇)を買い取ることは問題ありません。
この場合には、年次有給休暇の残日数について買い取りを行う旨、および買い取り額について合意しておく必要があります。
退職合意書の記載例⑥(年次有給休暇の買い取り)
(年次有給休暇の買い取り)
第5条 甲は、乙の年次有給休暇のうち、退職日時点における残日数について、1日あたり金●円で買い取るものとし、第6条に定める退職合意金に加えて支払う。
退職合意金に関する事項
退職合意書の記載例⑦(退職合意金に関する事項)
(退職合意金)
第6条 甲は、乙に対して、金●万円を退職合意金として、退職日から7日以内に、乙の給与振込口座に送金する方法により支払う。振込手数料は甲の負担とする。
退職合意を成立させるために、会社は、合意の条件として金銭を支払うことがあります。
退職合意に基づき支払われる金銭のことを、一般に、解決金、退職合意金などといいます。
私物の処分、貸与物の返却などに関する事項
退職合意書の記載例⑧(私物の処分、貸与物の返却などに関する事項)
(私物の処分)
第7条 乙は、甲の施設内の乙の私物を退職日までに持ち帰るものとする。退職日の翌日以降、甲の施設内に乙の私物がある場合には、乙は甲にその処分を委任したものとして、甲が当該私物を任意に処分することを認め、異議を述べないものとする。
(貸与物の返却)
第8条 乙は、退職日までに、健康保険証および甲から貸与された一切のもの(デスク等の鍵、制服、携帯電話、パソコン、社員証、セキュリティカード、業務用資料など)を甲に返却するものとする。
(社宅の退去)
第9条 乙は、現在居住している社宅について、社宅規程に基づき、●年●月●日までに退去するものとする。
2 乙は、社宅規程に基づき、修繕費用その他の費用を支払う義務がある場合には、退職日までに、甲に対してこれを支払うものとする。
3 乙が前2項の義務を履行しないときは、甲は、第6条に定める退職合意金を支給しない。
退職の際には、私物の処分、貸与物の返却、社宅の退去などに関するトラブルが生じることがあるため、合意書に従業員の義務を定めておくことがあります。
秘密保持、口外禁止、誹謗中傷の禁止に関する事項
退職合意書の記載例⑨(秘密保持、口外禁止、誹謗中傷の禁止に関する事項)
(秘密保持、口外禁止、誹謗中傷禁止)
第10条 乙は、在籍中に従事した業務において知り得た、甲が秘密として管理している技術上・営業上の情報、および顧客・業務委託先・従業員の個人情報について、退職後においても、これを他に開示・漏洩してはならない。また、乙は、当該情報については、製本、電子データ、複写等の別を問わず、すべて甲に返却しており、退職日時点において一切所持していないことを誓約する。
2 乙は、本合意書の存在および内容、ならびに甲乙間の紛争について、第三者に開示または漏洩してはならない。
3 乙は、口頭、書面、メール、SNS、その他の手段を問わず、甲および甲の従業員・取引先・提携先などに対する批判や苦情などを発信して、誹謗中傷する行為をしてはならない。
退職合意書では、一般的な秘密保持義務(1項)に加えて、退職合意書の内容について、他の従業員など第三者に開示することを禁止しておくことがあります(2項)。
また、退職後に会社に対する誹謗中傷などをインターネットやSNSなどで発信することを禁止しておくことがあります(3項)。
清算に関する事項
退職合意書の記載例⑩(清算に関する事項)
(清算条項)
第11条 甲および乙は、甲乙間に、本合意書に定めるほか、未払い賃金、損害賠償その他理由の如何を問わず、また、現在甲乙間ですでに顕在化している紛争に関するものか否かを問わず、何らの債権債務もないことを相互に確認する。
2 前項に関わらず、乙に適用される甲の就業規則、および乙が甲に提出した誓約書のうち、退職後の乙の義務について定める部分については、乙の退職後においても引き続き効力を有するものとする。
退職合意書は、退職後における紛争の防止を目的とすることから、退職後に未払い賃金や損害賠償などをめぐって争いになることがないように、清算条項を設けておくことがあります(1項)。
また、会社の就業規則の中で、退職後における秘密保持義務や競業避止義務を定めている場合には、当該内容については、退職後も効力を有することを確認的に記載しておくことが必要です(2項)。
不起訴合意に関する事項
退職合意書の記載例⑪(不起訴合意に関する事項)
(不起訴合意)
第12条 甲および乙は、本件合意解約に関し、甲および甲の親会社、関連会社、これらの役員・従業員等に対し、裁判上、裁判外を問わず、今後一切の異議申し立て、または請求等の手続(あっせん申し立て、仲裁申し立て、調停・訴訟手続等の一切をいう)を行わないものとする。
2 甲および乙は、本合意書締結前の事由に基づき、一切の訴訟上・訴訟外の請求を行わないことを、ここに同意し確認する。
不起訴合意とは、裁判上の請求を行わないことを合意することをいいます。
ただし、不起訴合意の記載があるからといって、裁判上の請求を完全に防止することができるものではありません。
例えば、不起訴合意の対象範囲の明確性、内容の不公平性などを指摘して、不起訴合意の効力を否定した裁判例もあります(東京地方裁判所平成30年5月22日判決)。
裁判例では、合意書締結以前の事由に基づく訴訟手続の一切についての不起訴を合意していたものの、①その対象となる権利または法律関係の範囲が広範であって、具体的に特定されていないこと、②合意書締結当時、紛争は顕在化していたとはいえず、不起訴合意の対象となる権利ないし法律関係の範囲について協議等がなされた形跡は窺われないこと、③不起訴等合意条項は会社の用意した合意書にあらかじめ印刷されていたものであるうえ、労働者のみが不起訴を確約する片面的な内容になっていることに鑑みて、訴えにかかる権利ないし法律関係について、民事裁判手続による権利保護の利益を放棄したとまでは認めることはできないと判断しました。
裁判例を踏まえると、不起訴合意の範囲については、できる限り明確に定めた上で、従業員の理解を十分に得ておくことが望ましいといえます。