【重要裁判例】長澤運輸事件(平成30年6月1日最高裁判所判決)を解説【同一労働同一賃金】

- 1. はじめに
- 2. 事件の概要
- 2.1. 被告(使用者側)
- 2.2. 原告(労働者側)
- 2.3. 判決(結論)
- 3. 問題となった賃金体系(定年前後の比較)
- 4. 裁判所の判断(第1審・第2審)
- 4.1. 第1審(東京地方裁判所)
- 4.2. 第2審(東京高等裁判所)
- 5. 最高裁判所の判決
- 6. 最高裁判所の判決の理由(労働契約法第20条が定める「その他の事情」について)
- 7. 判決の理由(個別の賃金について)
- 7.1. 【争点1】嘱託乗務員に「能率給」「職務給」が支給されない点
- 7.2. 【争点2】嘱託乗務員に「精勤手当」「家族手当」「住宅手当」「役付手当」が支給されない点
- 7.3. 【争点3】嘱託乗務員の「時間外手当」は、正社員の超勤手当よりも金額が低い点
- 7.4. 【争点4】嘱託乗務員には「賞与」が支給されない点
はじめに
長澤運輸事件(平成30年6月1日最高裁判所判決)は、輸送事業を営む会社において、定年後に再雇用された嘱託乗務員が、その賃金について、正社員との間に不合理な格差があるとして、会社を訴えたものです。
第1審(東京地方裁判所)では労働者側の全面勝訴となり、第2審(東京高等裁判所)では会社側の全面勝訴となるという結果になったことで、最高裁判所の下す判決がどのようなものになるのか、世間的にも注目を集める裁判となりました。
本稿では、長澤運輸事件について解説します。
事件の概要
被告(使用者側)
被告は、長澤運輸株式会社(以下、「会社」といいます)です。
同社は、セメント・液化ガス・食品などの輸送事業を営む会社で、当時の従業員数は66名でした。
原告(労働者側)
原告は、嘱託乗務員3名(以下、3名をまとめて「嘱託乗務員」といいます)です。
嘱託乗務員は、バラセメントタンク車の乗務員(正社員)として勤務しており、60歳で定年退職した後、会社に再雇用され、当初の雇用期間(1名は1年間、2名は6ヵ月間)の満了後、雇用期間を1年間とする有期労働契約を更新しました。
会社が策定した定年後の再雇用者の採用条件によれば、嘱託乗務員の年収は、定年退職前の79%程度になることが想定されるものでした。
乗務員は、仕事の内容が正社員のときと同じであるにもかかわらず、定年後に嘱託乗務員になったことにより、年収が大幅に引き下げられたことは、労働契約法第20条に違反し無効であるとして、訴訟を提起しました。
判決(結論)
判決では、「精勤手当」と「時間外手当」について、会社側に損害賠償(過失に基づく不法行為責任)が認められ、労働者側が一部勝訴した結果となりました。
問題となった賃金体系(定年前後の比較)
当時の会社における正社員と嘱託乗務員の賃金体系の違いは、次のとおりです。
| 正社員 | 嘱託社員 | |
| 1 | 基本給 | 基本賃金 |
| 2 | 能率給 | - |
| 3 | 職務給 | - |
| 4 | - | 歩合給 |
| 5 | - | 調整給 |
| 6 | 無事故手当 | 無事故手当 |
| 7 | 精勤手当 | - |
| 8 | 家族手当 | - |
| 9 | 住宅手当 | - |
| 10 | 役付手当 | - |
| 11 | 超勤手当 | 時間外手当 |
| 12 | 通勤手当 | 通勤手当 |
| 13 | 賞与 | - |
| 14 | 退職金 | - |
上記の賃金体系に対し、嘱託乗務員は、主に次の点について、正社員との間に不合理な差があることを主張しました。
主な争点
- 【争点1】嘱託乗務員に「能率給」「職務給」が支給されない点
- 【争点2】嘱託乗務員に「精勤手当」「家族手当」「住宅手当」「役付手当」が支給されない点
- 【争点3】嘱託乗務員の「時間外手当」は、正社員の超勤手当よりも金額が低い点
- 【争点4】嘱託乗務員には「賞与」が支給されない点
裁判所の判断(第1審・第2審)
第1審(東京地方裁判所)
第1審(東京地方裁判所)は、職務の内容と人材活用の仕組みが正社員と同じであるにもかかわらず、賃金についてのみ正社員との間で相違があるのは不合理であると判断し、嘱託乗務員の賃金水準を正社員よりも引き下げることは、労働契約法第20条に照らして違法であると判断しました。
第2審(東京高等裁判所)
第2審(東京高等裁判所)は、職務の内容と人材活用の仕組みが正社員と同じであることは認めつつも、定年の前後で賃金を引き下げることは、世間的にも広く行われていることであるため、不合理であるとまではいえず、嘱託乗務員の賃金を引き下げたことは違法ではないと判断しました。
最高裁判所の判決
最高裁判所は、嘱託乗務員に支給される賃金について、「精勤手当」と「時間外手当」を除き、賃金の引き下げは不合理ではないと判断しました。
最高裁判所の判決の理由(労働契約法第20条が定める「その他の事情」について)
最高裁判所は、労働契約法第20条が定める「その他の事情」の解釈として、「定年退職後の再雇用者であるかどうか」は、その他の事情に該当するものであると判断し、処遇の差が不合理であるかどうかの検討の際に考慮されるべきであることを明らかにしました。
たとえ正社員と嘱託乗務員とが同じ職務の内容であるとしても、それをもって賃金の相違が不合理であると直ちに結論付けることは妥当ではなく、「その他の事情」として、定年退職後の再雇用者であるかどうかなど、有期雇用労働者の置かれている立場も踏まえて総合的に検討することが必要となります。
その理由は、次のとおりです。
定年退職後の再雇用の性質
- 日本の雇用制度は、年功的な処遇を前提としていることが多く、正社員については定年まで長期間雇用することを前提として処遇を決めていることが多いこと
- 上記に対して、定年後の再雇用において、嘱託乗務員を長期間雇用することは、一般的にはあまり想定されていないといえること
- 定年後に再雇用された場合、嘱託乗務員は、要件を満たせば老齢年金の受給が予定されていること
判決の理由(個別の賃金について)
第1審と第2審では、定年後、再雇用される場合に賃金が引き下げられることが、世間的にもよく行われていることであるといった、広く大まかな視点で判断しており、「賃金の総額でみて年収水準の引き下げがどこまで許されるか」という論調であったといえます。
これに対して、最高裁判所は、「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である」と示しました。
これにより、総額で年収水準をみて、その差が不合理であるかどうかを判断するのではなく、賃金について、各種の手当などを個別的に検討しながら、それぞれその内容が不合理であるかどうかを判断していく必要があります。
賃金ごとに個別に検討した結果、裁判所は次のように判断しました。
【争点1】嘱託乗務員に「能率給」「職務給」が支給されない点
裁判所は、会社は、能率給や職務給を支給しない代わりに、以下のような工夫をしており、嘱託乗務員の収入が安定するように配慮しているとして、「不合理ではない」と判断しました。
判断理由(能率給・職務給)
- 基本賃金の額を、正社員の基本給よりも高くしている
- 嘱託乗務員に支給している歩合給の係数を、正社員の能率給の係数よりも高くしている
- 老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始するまでの間、2万円の調整給を支給している
【争点2】嘱託乗務員に「精勤手当」「家族手当」「住宅手当」「役付手当」が支給されない点
裁判所は、「精勤手当」については、1日も休まずに出勤することを奨励する手当であるため、嘱託乗務員であってもその必要性は変わらないはずであり、正社員と同じように支給するべきであるとして、「不合理である」と判断しました。
裁判所は、「家族手当」と「住宅手当」は、従業員に対する福利厚生や生活保障の趣旨で支給されるものであることから、従業員の生活に関する諸事情を考慮するとしました。
そして、正社員は、嘱託社員と異なり、幅広い世代の従業員がいることから、正社員に対してのみ生活費の補助として家族手当や住宅手当を支給することも認められるため、「不合理ではない」と判断しました。
裁判所は、「役付手当」は、正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるため、嘱託社員に対してこれを支給しなくても、「不合理ではない」と判断しました。
【争点3】嘱託乗務員の「時間外手当」は、正社員の超勤手当よりも金額が低い点
裁判所は、前述の精勤手当を支給しないことが不合理であると判断されたことを受けて、「精勤手当を計算の基礎に含めて計算した時間外手当を支給しないことは、労働契約法第20条に違反する」として、上告人らの時間外手当の計算の基礎に精勤手当が含まれなかったことによる損害の有無および額につき、さらに審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すこととしました。
【争点4】嘱託乗務員には「賞与」が支給されない点
裁判所は、次の事情をもとに、賞与を支給しないことは「不合理ではない」と判断しました。
判断理由(賞与)
- 賞与は、労働者の意欲向上、生活費の補助など、様々な意味を含んでいる(筆者注:賞与は会社に長く勤めてもらうために政策的に支給する意味合いもあり、その意味では、長く勤めることを予定していない嘱託乗務員には支給しないという判断も認められ得るということ)
- 嘱託乗務員は、定年退職のときに退職金の支給を受けており、さらに近いうちに年金の支給を受けることが予定されている
- 収入も定年退職前の79%ほどになり、収入の安定にも気を配った給与体系になっている

