【2023年法改正】「デジタルマネー(電子マネー)」による給与(賃金)の支払いについて解説
- 1. はじめに
- 2. 改正される法律と施行日
- 2.1. 改正される法律
- 2.2. 施行日
- 3. 賃金の支払方法の原則と例外(労働基準法)
- 3.1. 賃金の支払方法の原則
- 3.2. 賃金の支払方法の例外
- 3.3. デジタルマネーによる給与の支払いの位置付け
- 4. 給与支払いの対象となるデジタルマネー(電子マネー)の種類
- 4.1. デジタルマネー(電子マネー)の種類
- 4.1.1. 1.第三者型前払式支払手段
- 4.1.2. 2.ポストペイ式(後払い式)
- 4.1.3. 3.資金移動業
- 4.2. 給与の支払いの対象となるデジタルマネー(電子マネー)の種類
- 5. 「資金移動業者」とは?
- 5.1. 資金移動業者とは?
- 5.2. 資金移動業者の特徴
- 6. 「指定資金移動業者」とは?
- 6.1. 「指定資金移動業者」とは?
- 6.2. 指定を受けるための要件
- 7. 導入・運用する際の手続
- 7.1. 就業規則の整備
- 7.2. 労使協定の締結
- 7.3. 従業員に対する説明
- 7.4. 従業員の同意(同意書)
はじめに
一般的に、会社から従業員に対する給与(賃金)の支払いは、従業員の指定する銀行口座に振り込むことによって行われています。
これに対して、2023(令和5)年4月1日施行の法改正により、一定の要件を満たす場合には、給与を「デジタルマネー(電子マネー)」で支払うことが認められることとなりました。
これは、デジタルマネーによる決済が普及している昨今、給与を引き出すためにATMや銀行の窓口に並ぶ労力や、給与の引き出しや送金にかかる手数料の負担を考慮すると、いわば第二の財布ともいえるデジタルマネーの口座に直接給与が支払われることで、給与を引き出すことなく(チャージをすることなく)速やかにキャッシュレス決済や送金が可能になるというメリットがあります。
これにより、働き手の利便性を向上し、デジタル社会の推進を図ることが期待されています
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改正される法律と施行日
改正される法律
改正される法律(条文)は、「労働基準法施行規則(第7条の2)」です。
施行日
施行日は、2023(令和5)年4月1日です。
ただし、実際には、2023(令和5)年4月1日以降、まずはデジタルマネーを取り扱う資金移動業者から厚生労働大臣に指定申請を行います。
その後、審査基準を満たし、指定を受けた資金移動業者(指定資金移動業者)についてのみ、デジタルマネーによる給与を取り扱うことが認められることから、法律の施行日と、会社における実際の運用開始までにはタイムラグがあります。
賃金の支払方法の原則と例外(労働基準法)
賃金の支払方法の原則
労働基準法では、賃金は原則として、「通貨」によって支払わなければならないと定められています(労働基準法第24条第1項)。
「通貨」とは、いわゆる現金のことであり、貨幣と紙幣(日本銀行券)をいいます。
賃金の支払方法の例外
一方、従業員が同意した場合には、賃金を従業員の指定する「銀行口座」または「証券総合口座」に振り込むことが認められています(労働基準法施行規則第7条の2)。
この取り扱いは、今回の法改正によって変更されるものではなく、給与を従業員の指定するデジタルマネーの口座に振り込むことは、通貨払いの原則に対する例外的な方法に該当することから、会社は従業員の同意を得た場合に限り、給与をデジタルマネーによって支払うことが可能となります(会社からデジタルマネーによる給与の支払いを強制することはできません)。
デジタルマネーによる給与の支払いの位置付け
法改正により、給与をデジタルマネーにより支払うことが会社に義務付けられるものではなく、会社にとっては、あくまで給与の支払方法の選択肢が増えたに過ぎません。
また、もし従業員から、デジタルマネーによる給与の支払いを希望されたとしても、会社にこれに応じる義務はありません。
給与支払いの対象となるデジタルマネー(電子マネー)の種類
デジタルマネー(電子マネー)の種類
「デジタルマネー」とは、硬貨や紙幣のような実体をもたず、デジタルデータに変換された通貨として、決済などに利用することができる経済的価値の総称をいいます。
クレジットカードや電子マネーの他、仮想通貨(暗号資産)などもデジタルマネーのひとつですが、ここでは法定通貨と同じ価値を持ち、日常的な決済手段として用いられているデジタルマネーを前提に解説します。
日常的な決済手段として用いられているデジタルマネーには、主に次の3つの種類があります。
デジタルマネーの種類
- 第三者型前払式支払手段
- ポストペイ式(後払い式)
- 資金移動業
1.第三者型前払式支払手段
「第三者型前払式支払手段」とは、利用者があらかじめチャージをした金額の範囲内で、決済に利用することができるデジタルマネー(いわゆる電子マネー)をいいます。
例えば、「Suica」「PASMO」などの交通系や、「nanaco」「WAON」などの流通・商業系の電子マネーがあります。
これらは、サービスの利用を前提として、単に前払いをしているものに過ぎないため、原則として、入金した金額を出金または送金することは想定されていません。
2.ポストペイ式(後払い式)
「ポストペイ式」とは、いったんクレジットカード会社が代行して支払いを行い、利用者は後日まとめて(後払いで)決済するデジタルマネーをいいます。
電子マネーをクレジットカードと紐づける「iD」「QUICPay」などがこれに該当します。
3.資金移動業
「資金移動業」とは、決済だけでなく、送金や出金を可能とするデジタルマネー(資金移動マネー)を発行する類型をいい、スマートフォンやQRコードを用いた決済を行うことができるものが主流で、例えば、「PayPay」「LINE Pay」「メルペイ」などがあります。
ウォレットやアカウントにチャージをして、その残高の範囲内で、決済、送金、出金が可能となるサービスであり、決済時には、カードやスマートフォンを用いたキャッシュレス決済やQRコード決済をすることができます。
給与の支払いの対象となるデジタルマネー(電子マネー)の種類
デジタルマネーによる給与の支払いが認められるためには、デジタルマネーによる支払いが、現金や銀行振込による支払いと同視できることが必要であり、そのためには現金への換金や出金が可能であることが必須となります。
そこで、デジタルマネーによる給与の支払いが認められるのは、上記の3種類のうち、資金移動業者(後述)が発行するデジタルマネー(資金移動マネー)のみが対象となります。
したがって、送金・出金ができない方法(第三者型前払式支払手段)や、現金化できない方法(ポイントや仮想通貨)で給与を支払うことは認められません。
「資金移動業者」とは?
資金移動業者とは?
「資金移動業者」とは、資金決済法に基づき、内閣総理大臣(財務局長に委任)の登録を受けることで、「為替取引」を行うことができる事業者をいいます。
「為替取引」とは、現金以外の方法によって資金を移動する取引をいい、送金や決済など資金移動にかかる取引を総称したものです。
従来は、銀行のみが為替取引を営むことができるとされていましたが、2012(平成22)年4月1日に施行された資金決済法によって、新たに登録制の下で、銀行以外の事業者も為替取引を行うことが認められることとなりました(2022(令和4)年12月時点で、84事業者)。
資金移動業者の特徴
資金移動業者は、為替取引と関連しない資金を受け入れることはできず、したがって、銀行と異なり、預金を受け入れることはできません。
そこで、決済や送金に利用しない資金を滞留させないよう、資金移動業者は、利用者から受け入れた資金が100万円を超える場合には、為替取引との関連性を確認し、為替取引に用いられる蓋然性が低いと判断するときは払い出しを行うなどの措置を講じることが求められています(資金移動業に関する内閣府令第30条の2)。
資金移動業の本来の目的は、消費者と販売者などの間で金銭を移動させることであり、金銭を資金移動業者の下に滞留させる(預金する)ことは、金融機関の役割と重複することから、このような規制が設けられています。
「指定資金移動業者」とは?
「指定資金移動業者」とは?
資金移動業者であれば、すべての事業者がデジタルマネーによる給与の支払いを取り扱うことができるものではありません。
資金移動業者がデジタルマネーによる給与の支払いを取り扱うためには、資金移動業者(第二種)から厚生労働大臣に指定申請を行い、審査の基準を満たし、厚生労働大臣の指定を受けた場合に限り、デジタルマネーによる給与の支払いを取り扱うことが認められます(労働基準法施行規則第7条の3)。
厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者のことを、「指定資金移動業者」といいます。
指定を受けるための要件
資金移動業者が厚生労働大臣の指定を受けるためには、賃金の確実な支払いができることが求められており、そのために次の要件を満たす必要があります(労働基準法施行規則第7条の2第1項第三号)。
指定資金移動業者の要件
- 口座残高が100 万円を超えることがないようにするための措置、または100 万円を超えた場合でも速やかに100 万円以下にするための措置を講じていること
- 破綻等した場合に、口座残高の全額を速やかに弁済できる仕組みを有していること
- 第三者の不正利用等に関して、その損失を補償する仕組みを有していること
- 最後に口座残高が変動した日から、少なくとも10 年間は口座残高が有効であること
- 資金移動が1円単位でできること
- ATMを利用すること等により、通貨で、1円単位で賃金の受取ができ、かつ、少なくとも毎月1回はATMの利用手数料等の負担なく賃金の受け取りができること
- 業務の実施状況および財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制を有すること
- 1.から7.の他、賃金の支払にかかる業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有すること
導入・運用する際の手続
会社がデジタルマネーによって給与を支払う場合には、その導入・運用の際に次の手続が必要となります。
導入・運用する際の手続
- 就業規則の整備
- 労使協定の締結
- 従業員への説明
- 従業員の同意(同意書)
給与のデジタルマネー(電子マネー)払い|就業規則、労使協定、同意書の規定例(記載例)を解説
就業規則の整備
就業規則には、労使協定に基づき、従業員の同意を得た場合には、デジタルマネーによる給与の支払いを行うことなどを規定します。
労使協定の締結
会社がデジタルマネーにより給与を支払うためには、会社と、従業員の過半数代表者との間で、労使協定を締結する必要があります。
労使協定には、主に次の内容を記載する必要があります(令和4年11月28日基発1128第4号)。
労使協定の記載事項
- 口座振込み等の対象となる従業員の範囲
- 口座振込み等の対象となる賃金の範囲およびその金額
- 取扱金融機関、取扱証券会社および取扱指定資金移動業者の範囲
- 口座振込み等の実施開始時期
従業員に対する説明
会社は、給与をデジタルマネーによって受け取ることを希望する従業員については、個別に同意を得る必要があり、その同意を得る前提として、制度の内容や留意事項などの説明を行う必要があります。
説明の際には、主に次の内容を説明し、従業員の理解を得る必要があります。
この説明事項は、前述の資金移動業者が厚生労働大臣の指定を受けるための要件と同様の内容とされています(労働基準法施行規則第7条の2第1項)。
従業員への説明事項
- 給与のデジタル払いの制度の趣旨
- 資金移動業者口座の資金
- 資金移動業者が破綻した場合の保証
- 資金移動業者口座の資金が不正に出金等された場合の補償
- 資金移動業者口座の資金を一定期間利用しない場合の債権
- 資金移動業者口座の資金の換金性
特に、給与のデジタル払いの制度の趣旨として、資金移動業者の口座は預金をするためではなく、主に決済や送金に用いるためにあることについて従業員の理解を得て、あくまで日常の決済などに用いる見込額を受け取るようにする必要があります。
また、資金移動業者の破綻時の保証については、厚生労働大臣の指定する資金移動業者が破綻した場合には、当該口座の残高が保証機関から速やかに弁済されることとなりますが、その際の弁済方法の詳細は、資金移動業者ごとに異なることがあるため確認が必要です。
従業員の同意(同意書)
制度の利用について、従業員の同意を得たことを証するために、同意書の提出を求める必要があります。
従業員の同意は、「書面」または「電磁的記録(電子メールなど)」による必要があり、口頭での確認だけでは足りないことに留意する必要があります(令和4年11月28日基発1128第3号)。
同意書には、主に次の内容を記載する必要があります(令和4年11月28日基発1128第4号)。
同意書の記載事項
- 口座振込を希望する賃金の範囲・金額
- 資金移動業者名
- 資金移動サービスの名称
- 資金移動業者口座の口座番号(アカウントID)および名義人
- 開始希望時期
- 代替口座として指定する銀行口座または証券総合口座の情報
従業員がデジタルマネーによる「口座振込等を希望する賃金の範囲・金額」については、例えば賃金の一部を資金移動業者口座で受け取り、残りを銀行口座で受け取ることも可能です。
また、口座振込を希望する賃金の範囲として、定期給与、賞与、退職金のうちいずれかを選択することや、あるいは定期給与のうち10万円をデジタルマネーで受け取るなどの場合も想定されます。
また、「代替口座として指定する銀行口座または証券総合口座の情報」とは、賃金の支払いの際に、指定資金移動業者の口座の受入上限額(100万円)を超えたことにより、超過した分の金銭を従業員が受け取る場合や、あるいは、指定資金移動業者の破綻時に当該指定資金移動業者と保証委託契約を結んだ保証機関から弁済を受ける場合などに利用が想定される口座の情報をいいますが、これを指定資金移動業者が直接把握する場合においても、会社にも把握しておくことが求められることから、同意書への記載が必要とされています(令和4年11月28日基発1128第4号)。