「私生活上の非行」(犯罪行為・交通違反など)に対する懲戒解雇はできる?できない?ケース別に解説

はじめに
本来、従業員の私生活(プライベート)については、会社が干渉をするべきではなく、私生活上の行為について懲戒処分をすることは、私生活における行動の自由を不当に侵害することになりかねません。
しかし、実際には、従業員が私生活上で、喧嘩などの暴行・傷害、万引きなどの窃盗、電車内での痴漢、飲酒運転などの交通違反を行ったことなどにより、逮捕されたり、事件が報道された場合には、会社の社会的信用を低下させるなど、企業経営に影響を与えることがあり、私生活上の行為だからといって看過できないことがあります。
本稿では、従業員の私生活上の非行について、裁判例に照らして、どのような場合に懲戒解雇が有効となり得るのか、ケース別に解説します。
私生活上の非行に対する懲戒処分の限界
従業員は、労働契約に付随する義務として、信義則上、会社の利益や名誉・信用を毀損してはならない義務(誠実義務)を負っているものと解されます。
裁判例では、「営利を目的とする会社がその名誉、信用その他相当の社会的評価を維持することは、会社の存立ないし事業の運営にとって不可欠であるから、会社の社会的評価に重大な影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない」として、私生活上の非行に対する懲戒処分を認めています。
ただし、「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類、態様、規模、会社の経済界に占める地位、経済方針およびその従業員の会社における地位、職種等の諸般の事情から総合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない」として、私生活上の非行に対する懲戒処分の限界を示しています(日本鋼管事件/最高裁判所昭和49年3月15日判決)。
したがって、会社は、就業規則に定める懲戒事由に該当する場合であっても、従業員の私生活上の非行に対し、無制限に懲戒処分を行うことができるものではないことに留意しつつ、非行の内容、本人の認否、これまでの前科・前歴・懲戒処分歴、会社の業務への支障の程度などを総合的に勘案し、慎重に検討する必要があります。
私生活上の犯罪行為(痴漢を除く刑事犯罪)
私生活上の犯罪行為については、犯罪行為の重大性、再犯かどうか、従業員の社内における地位などによって、懲戒解雇の有効・無効が分かれることがあります。
懲戒解雇処分を有効と判断した裁判例として、国鉄職員が、以前犯した犯罪行為による休職中に政治活動に参加して再度犯罪行為を行い、公務執行妨害罪で懲役6ヵ月、執行猶予2年の判決を受けたため、当該職員に対して懲戒免職処分を下した事案について、懲役刑の程度、これまでの犯罪歴等を考慮し、懲戒免職処分を有効と判断しています(国鉄中国支社事件/最高裁判所昭和49年2月28日判決)。
一方、懲戒解雇処分を無効と判断した裁判例として、従業員が、酒に酔って夜半に他人の居宅にゆえなく入り込み、住居侵入罪に問われ、罰金2,500円に処せられたため、会社が懲戒解雇した事案について、私生活上の範囲内で行われたものであること、罰金刑の程度、従業員の職務上の地位(工員に過ぎず、指導的な地位でない)などを考慮して、懲戒解雇を無効と判断しています(横浜ゴム事件/最高裁判所昭和45年7月28日判決)。
懲戒解雇(または解雇)処分を有効と判断した裁判例
懲戒解雇(または解雇)処分を有効と判断した裁判例
- 佐藤首相訪米阻止闘争で、兇器準備集合罪、公務執行妨害罪に問われ、懲役2年あるいは1年3ヵ月の刑に処せられたため、懲戒解雇された事案(松下電器産業事件/大阪地方裁判所昭和49年4月30日判決)
- 沖縄返還協定締結反対デモで兇器準備集合罪、公務執行妨害罪に問われ、懲役10ヵ月、執行猶予2年の刑に処せられたため、普通解雇された事案(理想社事件/東京地方裁判所昭和51年7月20日決定)
- 酒に酔って、模造刀を持って他人の家のベランダによじ登り、逃走の際に家人を負傷させ、住居侵入、傷害、銃刀法違反に問われ、罰金10万円に処せられたため、懲戒解雇された事案(昌栄産業事件/横浜地方裁判所横須賀支部昭和51年10月13日判決)
- 私立中学の教諭が、勤務時間外に、不法就労の外国人労働者の救済活動として就労あっせんをして対価を得ていたところ、かかる行為が不法就労あっせん罪とされて逮捕勾留され、罰金刑が確定したことを理由に解雇された事案(明治学園事件/福岡高等裁判所平成14年12月13日判決)
懲戒解雇(または解雇)処分を無効と判断した事例
懲戒解雇(または解雇)処分を無効と判断した裁判例
- 印刷工が、路上に放置された自転車を横領したことを理由に解雇されたが、起訴猶予により事件が終了し、新聞等でも報道されなかった事案(日本経済新聞社事件/東京地方裁判所昭和45年6月23日判決)
- 社宅で行った酒席での喧嘩を理由に解雇された事案(東部生コンクリート事件/高知地方裁判所昭和53年11月13日判決、平塚自動車学校事件/横浜地方裁判所横須賀支部昭和57年3月4日判決)
私生活上の犯罪行為(痴漢)
痴漢行為については、社会的に厳しい非難がなされるものの、裁判例の傾向としては、再犯または悪質性の高い場合を除いて、一度の痴漢行為をもって直ちに懲戒解雇処分とすることは、有効と認められる可能性が低いといえます。
懲戒解雇を有効と判断した裁判例として、過去に電車内の痴漢容疑で2度の逮捕歴があった従業員が、再び痴漢容疑で逮捕・勾留された事案について、会社の担当者が3回にわたり従業員に面会し、本人が痴漢容疑を認めていることを確認したうえで行った懲戒解雇を有効と判断しています(小田急電鉄事件/東京高等裁判所平成15年12月11日判決)。
一方、懲戒解雇を無効と判断した裁判例としては、駅係員が、電車内の痴漢行為により条例違反で逮捕、起訴され諭旨解雇された事案について、非違行為の態様や、法定刑では軽微な20万円の罰金であること、かつ、本件行為についてマスコミによる報道がされたことはなく、その他本件行為が社会的に周知されることはなかったことなどを踏まえ、本件行為が会社企業秩序に対して与えた具体的な悪影響の程度は大きなものではなかったとして、諭旨解雇を無効と判断しています(東京メトロ(諭旨解雇・本訴)事件/東京地方裁判所平成27年12月25日判決)。
また、市の教職員が痴漢行為をした事案について、市の教職員全体に対する信頼を損なうとともに社会に与える影響は大きいものの、本件は痴漢行為としても比較的軽微なものにとどまるものであり、また、本件刑事事件以外に前科前歴がないことなどに照らすと、教育委員会が本件非違行為に対する処分として懲戒免職処分を選択したことは重きに失し、その内容は社会通念上著しく妥当性を欠くものとして無効と判断しています(東京高等裁判所平成25年4月11日判決)。
社内不倫
裁判例の傾向としては、不倫行為をした従業員および不倫相手の地位、職務内容、交際の態様、会社の規模、業態等に照らして、当該社内不倫が、職場の風紀・秩序を乱し、正常な企業運営を阻害したか、会社に損害を与えたかどうかなどが、裁判所の判断に影響を与えているといえます。
懲戒解雇処分を有効と判断した裁判例として、バス運転手(既婚の男性)と車掌(未成年の女性)が不倫関係になり、女性が中絶手術を受けるなどしたため、バス運転手を普通解雇した事案では、バス運転手と女性車掌の不倫関係が、それ自体職場の秩序を著しく乱す行為であり、これによって現に当該女性車掌を退職させ、他の女性従業員に対して不安と動揺を与え、さらに求人についての悪影響等をもたらしたことなどを理由に、懲戒解雇を有効と判断しています(長野電鉄事件/東京高等裁判所昭和41年7月30日判決)。
また、女子短期大学の講師が婚外子を出産した上、別れ話を校内にまで持ち込んだ事案では、キリスト教精神に基づく教育を目指している女子短期大学の専任講師としての立場を重視し、婚外子の出産という行為は、大学にとっては、その教育方針に反するものであるばかりか、その品位を著しく低下させ、明らかに学生らに対し悪影響を及ぼす事柄であって、これを単に私生活上の行為であるとして看過することはできないとして、懲戒解雇を有効と判断しています(大阪女学院事件/大阪地方裁判所昭和56年2月13日決定)。
一方、懲戒解雇処分を無効と判断した裁判例として、妻子ある同僚男性と不倫関係となった女性従業員が、不倫の事実が社内だけでなく取引関係者にまで知られることになったため、企業側が女性従業員に懲戒解雇処分をした事案において、裁判所は、女性従業員による不倫行為は、就業規則に定める「素行不良」に該当し得るものの、女性従業員および不倫相手の地位、職務内容、交際の態様、会社の規模、業態等に照らして、「職場の風紀・秩序を乱し、その企業運営に具体的な影響を与えた」とまでは認められないとして、女性従業員に対する懲戒解雇を無効と判断しています(旭川地方裁判所平成元年12月27日判決)。
交通違反(飲酒運転など)
交通違反のうち飲酒運転については、トラック、バス、タクシー運転手など、業種的に飲酒運転が厳格に禁止される場合と、私生活上の飲酒運転のみを理由とする場合では、懲戒解雇の有効性は異なります。
懲戒解雇処分を有効と判断した事例として、大手運送会社の運転手が、業務終了後に自家用車を運転し、酒気帯び運転で検挙された事案について、物損等の発生の有無にかかわらず、懲戒解雇を有効と判断しています(ヤマト運輸(懲戒解雇)事件/東京地方裁判所平成19年8月27日判決)。
懲戒解雇(または解雇)処分を有効と判断した事例
懲戒解雇(または解雇)処分を有効と判断した事例
- バス運転手が休日に自家用車で酒酔い運転をし、罰金4万5千円に処せられた事案(千葉中央バス事件/千葉地方裁判所昭和51年7月15日決定)
- タクシー運転手が職場の後輩に酒を勧め、酒酔い運転となると知りつつ車両を運転させ、かつ同車に同乗して事故が発生した事案(笹谷タクシー事件/最高裁判所昭和53年11月30日判決)
懲戒解雇(または解雇)処分を無効と判断した事例
懲戒解雇(または解雇)処分を無効と判断した事例
- 休日に飲酒運転による死亡事故を起こし、禁固10カ月、執行猶予3年の確定判決を受けたことを理由に懲戒解雇された事案(住友セメント事件/福岡地方裁判所小倉支部昭和48年3月29日判決)
- 業務外の道路交通法違反で、略式命令により罰金を受けたことを理由に解雇された事案(鳥取市農協事件/鳥取地方裁判所昭和49年5月24日決定)
- 自動車事故において、事故の相手方が会社に対し、加害者である従業員を説得、指示して事故を誠意をもって解決するよう善処して欲しい旨を強く要望していたにも関わらず、従業員が誠意をもって相手方と話し合い、事故を自主的に解決することをせず、会社の指示を無視するような態度に出たとして、職務上の指示、命令違反等を理由に懲戒解雇された事案(昭和電極事件/神戸地方裁判所尼崎支部昭和52年5月12日判決)
- X庁の職員が酒酔い運転をしたケースで、走行距離が94メートル程度と短いこと、人損事故も物損事故も発生させていないこと、動機に悪質性がないこと、懲戒処分歴がないことなどから、懲戒免職処分を無効と判断した事案(X庁懲戒免職処分取消請求事件/東京地方裁判所平成26年2月12日判決)
無許可兼業
副業によって本業に支障が生じているかのように見受けられる場合であっても、そのことをもって、直ちに解雇が有効となるものではありません。
懲戒解雇処分を有効と判断した事例として、毎日6時間にわたるキャバレーでの無断就労を理由とする解雇について、兼業は深夜に及ぶものであって余暇利用のアルバイトの域を超えるものであり、社会通念上、会社への労務の誠実な提供に何らかの支障を来す可能性が高いことから、解雇を有効と判断しています(小川建設事件/東京地方裁判所昭和57年11月19日判決)。
一方、懲戒解雇処分を無効と判断した裁判例として、大学教授が無許可で語学学校の講師などの業務に従事し、講義を休講したことを理由として行われた懲戒解雇について、副業は夜間や休日に行われており、本業への支障は認められず、解雇を無効と判断しています(東京都私立大学教授事件/東京地方裁判所平成20年12月5日判決)。
多重債務・破産など
従業員が私生活において、多額の借金を抱えていたり、自己破産することがあります。
基本的には、従業員個人の借金や破産それ自体によって、会社の名誉や信用が低下することはありませんので、当該理由のみをもって懲戒処分をすることは、無効と認められる可能性が高いといえます(学校法人B(教授懲戒解雇)事件/東京地方裁判所平成22年9月10日判決)。
なお、貸金業者から取り立ての電話が会社にかかってくる場合でも、法律により、このような取り立てをすることは禁止されているため(貸金業法第21条第1項第3号)、取り立てを行っている貸金業者の側に問題があるケースといえますので、従業員が借金の取り立てを受けていることを理由とする懲戒処分は不当と解されます。