【2026年法改正】「カスタマーハラスメント」に関する裁判例を解説

- 1. はじめに
- 2. 顧客等の迷惑行為に対する差し止め請求
- 2.1.1. 東京高等裁判所平成20年7月1日決定
- 2.1.2. 大阪地方裁判所平成28年6月15日判決
- 3. インターネット・SNS上の書き込み
- 3.1.1. 横浜地方裁判所令和5年4月14日判決
- 3.1.2. 東京地方裁判所令和3年2月25日判決
- 4. 取引停止処分等が問題とされた事例
- 4.1.1. 名古屋高等裁判所平成23年2月17日判決
- 4.1.2. 東京地方裁判所令和元年11月29日判決
- 4.1.3. 東京地方裁判所令和4年1月12日判決
- 5. 従業員に対する安全配慮義務が問題となった事案
- 5.1.1. 甲府地方裁判所平成30年11月13日判決
- 5.1.2. 東京地方裁判所平成30年11月2日判決
- 5.1.3. 東京高等裁判所令和4年11月22日判決
はじめに
労働施策総合推進法が改正され、事業主に対し、カスタマーハラスメントについて雇用管理上の措置を講じることが義務付けられます。
本改正は、2026年10月1日に施行されます。
カスタマーハラスメントが発生した場合、事業主は、必要に応じて顧客等に対して迷惑行為の差し止めなどを請求する必要があり、事業主として適切な対応を怠った場合には、被害を受けた従業員から、安全配慮義務違反などによる責任を追及される可能性もあります。
本稿では、カスタマーハラスメントに関する裁判例を解説します。
なお、法改正の内容については、次の記事で解説しています。
【2026年改正】カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の義務化について解説【労働施策総合推進法】
顧客等の迷惑行為に対する差し止め請求
事業主は、顧客等の迷惑行為がカスタマーハラスメントに該当すると判断した場合、被害を最小限に留めるために、裁判所に対し、当該迷惑行為を差し止めるよう請求することがあります。
例えば、顧客等が、事業主が雇用する従業員に対し、多数回・長時間の面談や電話を強要し、または暴言などの精神的な攻撃を行う場合には、事業主は裁判所に対し、当該行為の差し止めを求めることができると解されます。
東京高等裁判所平成20年7月1日決定
顧客等に対する差し止め請求を認めた裁判例①
【事案の概要】
保険契約者が、保険会社の従業員の対応を不満として、保険会社が対応を弁護士に委任した後も、多数回、長時間(多い日で1日19回、最長で1回90分)にわたり電話をし続けた事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、①当該行為が権利行使としての相当性を超え、②法人の資産の本来予定された利用を著しく害し、かつ、従業員に受任限度を超える困惑・不快を与え、③業務に及ぼす支障の程度が著しく、事後的な損害賠償では当該法人に回復の困難な重大な損害が発生すると認められる場合は、その行為は業務遂行権に対する違法な妨害行為と評価することができ、当該法人は、当該妨害の行為者に対し、業務遂行権に基づき、当該妨害行為の差し止めを請求することができると判断しました。
大阪地方裁判所平成28年6月15日判決
インターネット・SNS上の書き込み
顧客等の迷惑行為として、インターネットやSNS上に、事業主の社会的評価を低下させる書き込みがなされることがあります。
このような場合、事業主は対抗手段として、発信者を特定した上で、不法行為に基づく損害賠償を請求することがあります。
横浜地方裁判所令和5年4月14日判決
インターネット上の書き込みに対する損害賠償請求を認めた裁判例
【事案の概要】
被告が、ラーメン店の経営者(原告)について、その取引先に対し、「反社会的勢力とのつながりがある」旨のダイレクトメッセージを送り付けたことで、取引が中止となりました。 また、被告は、SNS上で、原告のラーメンは「パクり」(一般に、他人のアイデアなどを盗む行為のことをいいます)である旨を投稿しました。 そこで、原告が、業務妨害と名誉毀損を理由に、被告に対して損害賠償を求めた事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、原告が反社会的勢力と関係があるとの疑念を抱かせる内容のメッセージを送信したことにより、取引先が、反社会的勢力と関係がある可能性を懸念し、原告との取引を断ったことから、被告がメッセージを送った行為によって、原告の業務が妨害されたと認定しました。 また、被告の「パクり」というSNS投稿をした行為は、原告が他人のアイデア等を盗んでいながら、独学でラーメンを作っていると謳う人物であるとの印象を与えるものであり、当該行為は、原告の社会的評価を低下させるとして名誉毀損を認定しました。 裁判所は、被告のダイレクトメッセージにより、原告が取引先との取引が中断する業務妨害の被害を受け、SNSへの投稿により名誉感情を侵害され、ラーメン専門店を経営する経営者として精神的な苦痛を受けたことを認め、被告に対し、慰謝料50万円の支払いを命じました。
東京地方裁判所令和3年2月25日判決
インターネット上の書き込みに対する損害賠償請求を認めなかった裁判例
【事案の概要】
賃借人(被告)が、インターネット上の口コミサイトに、自身が賃借している物件や賃貸人(原告)について、「管理人兼オーナーが、大変意地が悪く、人として全く信用できない」、「雨漏りしている」などの趣旨の書き込みをした事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、同サイトにおける表現の自由や、知る権利に奉仕しているという社会的機能や役割に鑑み、当該投稿が社会通念上許される限度を超え、違法であると評価することはできないという理由から、原告の損害賠償請求を認めませんでした。
取引停止処分等が問題とされた事例
事業主が顧客等の迷惑行為に対する対抗手段として、契約書や約款などに基づき、取引を停止することがあります。
名古屋高等裁判所平成23年2月17日判決
取引停止を有効と判断した裁判例①
【事案の概要】
観客(原告)が、野球場の運営者(被告)の約款に基づき、野球場での応援団方式による応援が許可されず、また、入場券の販売拒否対象者に指定されたため、被告を訴えた事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、球場での観戦や応援団方式による応援は、生活上不可欠なものとは認められず、生活上必須のライフラインや公共交通サービスなどとは異なることを理由に、原告の訴えを認めませんでした。
東京地方裁判所令和元年11月29日判決
取引停止を有効と判断した裁判例②
【事案の概要】
動物病院が、獣医師に対して付きまとい行為などがあった飼主の診療を拒否したことなどにつき、飼主が、動物病院と獣医師に対し、診療義務違反を含む損害賠償を請求した事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、診療拒否には正当な理由があるため、診療義務違反は成立しないとし、請求を棄却しました。
東京地方裁判所令和4年1月12日判決
取引停止を有効と判断した裁判例③
【事案の概要】
注文した商品が配送されていないとの虚偽の申告をして、複数回金員を詐取しようとしたなどの問題がある個人(原告)に対し、宅急便の約款における「当店に対し暴行、脅迫等の犯罪行為又は不当要求を行う者(略)」に該当するとして、原告宛の荷物をすべて返送扱いにする措置をとった事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、約款に基づく措置に信義則違反や権利濫用などはなく、日用品等も当該運送事業者を利用せずとも購入可能であることなどを理由に、原告の請求を棄却しました。
従業員に対する安全配慮義務が問題となった事案
顧客等からの迷惑行為に対して、事業主が適切な対応をとらなかった場合には、被害にあった従業員から、事業主に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求されることもあります。
甲府地方裁判所平成30年11月13日判決
従業員に対する安全配慮義務に違反すると判断された事例①
【事案の概要】
教師(原告)が児童宅で飼い犬に噛まれる被害に遭ったところ、校長が、当該児童の保護者からのクレームに対して、原告に謝罪させるなどした事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、校長が、原告から提出された犬咬み事故に関する報告書の内容を確認し、原告を一方的に非難した行為について、原告に対し、職務上の優位性を背景に、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を逸脱し、多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ないと示し、不法行為による損害賠償義務を認めました。
東京地方裁判所平成30年11月2日判決
従業員に対する安全配慮義務に違反しないと判断された事例①
【事案の概要】
スーパーの客とトラブルになったレジ担当の従業員(原告)から、事業主(被告)に対して安全配慮義務違反の主張がされた事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、被告は、直ちに客を入店拒否にするなどの措置はしなかったものの、客からの当該従業員の退職要求には応じなかったことや、入店拒否措置の可能性を客に伝えていたことなどから、安全配慮義務違反を否定しました。
東京高等裁判所令和4年11月22日判決
従業員に対する安全配慮義務に違反しないと判断された事例②
【事案の概要】
一般社団法人(被告)が運営するコールセンターで、コミュニケーターとして勤務していた従業員(原告)が、顧客からの電話対応の業務でわいせつ発言や暴言等を受けたことにつき、原告は、被告がそうしたわいせつ発言や暴言等に触れさせないようにする安全配慮義務に違反したと主張し、被告に対して損害賠償を請求した事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、カスタマーハラスメントの被害を受けた原告に対し、雇用主である被告は従業員の心身の安全を確保するためのルールを定めて対応を行っており、被告に安全配慮義務違反はないとして、原告に対し損害賠償責任を負わないと判断しました。 被告は、コミュニケーターの対応手順(マニュアル)を作成し、周知しており、例えば、①わいせつ電話については、転送指示を待たずに直ちに上司に転送すること、②同じ日における同一人物からの2回目以降のわいせつ電話に対しては、コミュニケーターの判断で即切断すること、③電話で大声が出されるような場合は、ヘッドセット(電話の受話器)を外したり、転送したりすること、④電話によるメンタルヘルス相談や、面接によるカウンセリング等を無料で受けられること、⑤ストレスチェックを実施し、必要な場合に希望により産業医の面接指導が受けられることが認められていました。

