「退職勧奨」とは?退職勧奨が違法となる場合、裁判例を踏まえた注意点などを解説
- 1. はじめに
- 2. 退職勧奨とは?
- 2.1. 退職勧奨とは?
- 2.2. 退職勧奨の性質
- 3. 退職勧奨が違法になる場合のリスク
- 3.1. 損害賠償リスク
- 3.2. 強迫による取消リスク
- 4. 裁判所の判断基準
- 4.1. 参考裁判例①(下関商業事件/山口地方裁判所下関支部昭和49年9月28日判決)
- 4.1.1. 事例の概要
- 4.1.2. 参考となる裁判所の判断
- 4.2. 参考裁判例②(日本航空事件/東京地方裁判所平成23年10月31日判決)
- 4.2.1. 事例の概要
- 4.2.2. 参考となる裁判所の判断
- 4.3. 参考裁判例③(東京高等裁判所令和3年6月16日判決/労働判例1260号5頁)
- 4.3.1. 事例の概要
- 4.3.2. 参考となる裁判所の判断
- 5. 裁判例を踏まえた退職勧奨の注意点
- 5.1. 録音について
- 5.2. 退職勧奨を行う担当者について
- 5.3. 退職勧奨時の発言の内容について
はじめに
会社が従業員を解雇する場合、法的に高いハードルがあるため、解雇に伴うリスクを回避しつつ、従業員に退職を促すための手段として、退職勧奨があります。
本来、退職勧奨は単に従業員との合意退職を目指すものであり、その行為自体が違法なものではありませんが、退職勧奨の態様によっては、その退職勧奨が不法行為に該当し、法的なリスクを回避するために行った退職勧奨が、かえって大きなトラブルに発展するケースもあります。
そこで今回は、どのような退職勧奨を行うと違法となり得るのか、退職勧奨における会社のリスクと注意点について解説します。
退職勧奨とは?
退職勧奨とは?
「退職勧奨」とは一般に、会社が従業員に自発的な退職を促すために、退職に向けた働きかけ、説得、交渉などをすることをいいます。
会社からの働きかけがきっかけとなるものの、最終的には従業員自らの判断による任意の退職(合意退職)に帰結する点において、会社から一方的に(強制的に)労働契約を解消させる「解雇」とは異なります。
退職勧奨の性質
退職勧奨自体は、単に「退職を勧める」という事実行為に該当します。
「事実行為」とは、単に事実上の行為であって、法律上の効果を生じさせる法律行為とは異なるものです。
法律上の効果が生じない以上、それが違法なものとなる余地はありません。
したがって、従業員本人の自由意思が保障されている限り(事実行為に留まる限り)、退職勧奨が違法になることはありません。
反対に、会社が行った退職勧奨について、従業員本人の自由意思が保障されていない場合には、当該退職勧奨が違法となることとなります。
退職勧奨が違法になる場合のリスク
会社が行った退職勧奨について、従業員の自由意思が保障されておらず、当該退職勧奨が違法となる場合には、会社にとって次のようなリスクが生じます。
退職勧奨が違法となる場合のリスク
- 従業員から損害賠償を請求されるリスク【損害賠償リスク】
- 退職勧奨が強迫行為と認定された場合、当該勧奨に応じてなされた退職の意思表示が取り消されるリスク【取消リスク】
- 不当解雇として、訴訟によって解雇の無効を争われるリスク【訴訟リスク】
損害賠償リスク
退職勧奨の態様に違法性がある場合には、当該退職勧奨が不法行為に該当するとして、従業員から会社に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求されるリスクがあります(民法第709条)。
強迫による取消リスク
退職の意思表示に瑕疵があった場合には、従業員は民法第96条に基づいてこれを取り消すことができます。
【参考】
民法第96条(詐欺又は強迫)
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
例えば、会社が従業員に対し、「退職しないなら懲戒解雇せざるを得ない」などと述べ、従業員が退職の意思表示をした場合には、従業員の自由な意思に基づかずになされた退職として、強迫を理由として取り消されるリスクがあります(犯罪行為としての「脅迫」ではなく、民法上の「強迫」をいいます)。
裁判例では、「懲戒解雇処分や告訴のあり得べきことを告知し、そうなった場合の不利益を説いて同人から退職届を提出させることは、労働者を畏怖させるに足りる強迫行為というべきであり、これによってなした労働者の退職の意思表示は瑕疵あるものとして取り消し得るものというべきである」と示しています(ニシムラ事件/大阪地方裁判所昭和61年10月17日判決)。
また、別の裁判例では、会社が従業員に対し、税務調査で不手際があったことなどを理由として退職勧奨をし、その際、「退職願を提出しなければ懲戒解雇にする」、「懲戒解雇になれば退職金も出ないが、退職願を提出すれば退職金も支払う」などの発言をし、それを受けて、当該従業員が退職願を提出したものの、後日、従業員が取り消しを請求しました。
裁判所は、「使用者が労働者に対し退職を勧告するに当たり当該労働者につき真に懲戒解雇に相当する事由が存する場合はともかく、そのような事由が存在しないにもかかわらず、懲戒解雇の有り得ることやそれに伴う不利益を告げることは労働者を畏怖させるに足る違法な害悪の告知であるといわざるを得ず、かかる害悪の告知の結果なされた退職願は強迫による意思表示として取消し得るものというべきである」とし、退職の意思表示は強迫により取り消し得ると判断しました(澤井商店事件/大阪地方裁判所平成元年3月27日判決)。
裁判所の判断基準
退職勧奨の有効性については、法律によって何らかの基準が定められているものではありません。
最終的には、退職勧奨が違法であるかどうかは、個々の事案に応じて、裁判所の判断に委ねられることとなります。
裁判例の全体的な傾向をみると、退職勧奨については、退職勧奨の回数、時間、期間、対象者がその勧奨に明確に異議を言っていたにもかかわらず、なお退職勧奨を継続したのかなどの事実関係を総合的にみて、自由意思が保障されていたのか否かが判断されるといえます。
参考裁判例①(下関商業事件/山口地方裁判所下関支部昭和49年9月28日判決)
事例の概要
この事例は、公務員に定年制度が存在しなかった時代に、下関市教育委員会による高年齢者に対する退職勧奨の方針に基づいて行われた、市立下関商業高等学校の教員2名に対する退職勧奨の違法性が争われた事件です。
参考となる裁判所の判断
第一審判決では、「被勧奨者の意思が確定しているにもかかわらずさらに勧奨を継続することは、不当に被勧奨者の決意の変更を強要するおそれがあり、特に被勧奨者が二義を許さぬ程にはっきりと退職する意思のないことを表明した場合には、新たな退職条件を呈示するなどの特段の事情でもない限り、一旦勧奨を中断して時期をあらためるべき」と示しています。
本裁判例では、1回目の退職勧奨以降、従業員が一貫して退職勧奨に応じないことを表明していました。
特に市の教育委員会による最初の退職勧奨は約2時間に及び、そこでは退職勧奨の理由を詳細に説明し、他方で被勧奨者も退職する意思がないことを理由を示して明確に表明していて、それ以上交渉を続ける余地はなかったと判断されました。
そして、最初の退職勧奨以降も、退職勧奨が10回程度に及んだこと、その時間も短いもので20分、長いもので1時間30分に及んでいたことなどの事情から、当該退職勧奨は違法であると判断されました。
参考裁判例②(日本航空事件/東京地方裁判所平成23年10月31日判決)
事例の概要
この事例は、客室乗務員の雇止めと退職勧奨の適法性が争われたもので、1年間の有期雇用契約を締結していた客室乗務員について、会社が2回目の契約更新をしないで雇止めとしたところ、その雇止めの効力が争われ、また、上長による退職勧奨の適法性が争われた事例です。
参考となる裁判所の判断
この事例では、従業員が明確に自主退職しない意思を示しているにもかかわらず、「いつまでしがみつくつもりなのか」、「辞めていただくのが筋です」などと、強く、かつ直接的な表現を用い、また、「懲戒免職とかになったほうがいいんですか」と懲戒免職の可能性を示唆するなどしていました。
このような行為は、従業員に直接的に退職を求めているものであり、当時の従業員と上長の職務上の関係や、面談が長時間に及んでいると考えられることなどの諸事情を併せて考慮すると、上記言動は、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱している違法な退職勧奨と認めるのが相当であると判示しました。
結果として裁判所は、雇止めは適法(有効)としつつも、当該退職勧奨は違法と判断し、20万円の損害賠償を認めました。
参考裁判例③(東京高等裁判所令和3年6月16日判決/労働判例1260号5頁)
事例の概要
本事例は、退職を拒否する従業員に対して、複数人で1時間にわたり繰り返し「男ならけじめをつけろ」「退職願を書け」「他の会社に行け」などと述べて、その場で自主退職の手続きをするように繰り返し退職勧奨を行った事例です。
参考となる裁判所の判断
裁判所は、従業員に考慮の機会を与えないままその場で退職願の作成等の手続きをさせようとしたものであり、従業員の自由な意思決定を困難にする違法なものであるため慰謝料を20万円と判断しました。
裁判例を踏まえた退職勧奨の注意点
録音について
裁判例の中には、上司などによる退職勧奨の態様が詳細に記載されているものがあり、これは、従業員が退職勧奨の際の面談を録音していたものと思われます。
今ではスマートフォンなどを用いて、従業員が面談内容を秘密裏に録音することが容易になり、それが裁判では有力な証拠となり得ます。
会社は、退職勧奨を行う担当者の発言や質疑応答の内容が、録音されている可能性があることを考慮し、事前にマニュアルの作成や想定問答を用意しておくなど、事前の準備を入念に行う必要があるといえます。
また、事前準備を行う際は、できる限り弁護士などの専門家の監修の下で行うことが望ましいといえます。
退職勧奨を行う担当者について
会社側の担当者が何とか従業員を退職させようとして焦るあまり、退職することがあたかも義務であるかのような言動を繰り返し行ってしまうことにより、従業員の自由な意思決定を抑圧していると判断されることがあります。
したがって、退職勧奨を行う際の発言には、極めて慎重になる必要があるといえます。
退職勧奨を行う際には、担当者1名で対応することを避け、担当者同士で発言内容を相互に確認し、場合によっては、行き過ぎた発言をその場で制止できるようにしておくなどの体制づくりが必要であるといえます。
退職勧奨時の発言の内容について
後日、損害賠償請求されるリスクを回避するため、退職勧奨時の会社側の言動が侮辱的な内容になっていないか、または、退職する以外に選択肢がないことを示すものになっていないかなどを中心に、言動の内容に注意する必要があります。
この点についても、どのような発言を行ってはならないのか、事前に弁護士などの専門家に意見を求め、あらかじめ避けるべき発言をリストアップしておくなどの対応をしておくとよいといえます。