「LGBTQ」に対応した就業規則(SOGIハラスメント・福利厚生制度)の規定例(記載例)を解説

はじめに

性的マイノリティと労務管理

国籍・性別・年齢などを問わない「多様性」を重んじる時代において、「LGBTQ」という言葉に象徴される、いわゆる「性的マイノリティ」の従業員について、労務管理上どのように対応すべきかが、会社の経営課題のひとつといえます。

しかし、このような従業員においても、各々の職場環境に対するニーズは多様であり、本人が抱える悩みや会社に望む対応も一様ではないところに対応の難しさがあります。

なお、「LGBTQ」とは、以下の5つの言葉の頭文字をとったものですが、「LGBTQ」という言葉を以下の5つに限らない、性的マイノリティの総称として用いられることもあります。

LGBTQの区分

  • 」レズビアン…同性を好きになる女性
  • 」ゲイ…同性を好きになる男性
  • 」バイセクシュアル…両性を好きになる方
  • 」トランスジェンダー…生物学的・身体的な性、出生時の戸籍上の性と性自認が一致しない方
  • 」クエスチョニング…性的指向や性自認について探している・迷っている方

コンプライアンス上のリスク

性的指向や性自認は、個人の人格や尊厳に関わる重要な要素です。

職場で人格や尊厳が傷つけられると、仕事への意欲や自信を失い、心身の健康が悪化し、場合によっては休職や退職に至ることがあります。

会社は、就業規則の不備や、性的指向や性自認に関する人事担当者の誤解や理解不足などを放置することにより、これらの問題への適時適切な対応を行うことができません。

これにより、人材の流出や、ハラスメントなどによる法的責任(損害賠償責任など)の発生、及びそれに伴う企業イメージの毀損など、コンプライアンス上のリスクにつながりかねない問題であることを認識する必要があります。

この記事では、「コンプライアンス(ハラスメントの防止など)」と、「性的マイノリティを対象とする福利厚生制度」という観点から、会社の就業規則において検討すべき事項を解説します。

「SOJIハラスメント」の防止に関する就業規則

「SOGI」とは?

SOGI」とは、「Sexual Orientation(性的指向)」と、「Gender Identity(性自認)」の頭文字をとった略称をいいます。

「性的指向」とは、恋愛感情・性的感情の対象となる性別に関する指向をいい、「性自認」とは、自分自身の性別に関する認識をいいます。

「SOGI」は、異性愛者や、性別に違和感のない人も含む、すべての人を対象に使用できる表現といえます。

SOGIハラスメントの禁止規定

SOGIハラスメント」とは、職場における性的指向・性自認に関する言動によって、従業員の就業環境を害する行為を意味します。

厚生労働省は、2018年1月に「モデル就業規則」を改訂し、「その他あらゆるハラスメントの禁止」の規定を新設したうえで、その禁止されるハラスメントの一例として、「性的指向・性自認に関する言動」を明記しました。

当該規定に違反してSOGIハラスメントが行われた場合、就業規則に違反するとして、懲戒処分の対象となり得ることから、ハラスメントの行われにくい職場環境や組織風土を形成することが期待できます。

モデル就業規則第15条

(その他あらゆるハラスメントの禁止)

第●条 第12条から前条までに規定するもの(筆者注:ハラスメントに関する規定)のほか、性的指向・性自認に関する言動によるものなど職場におけるあらゆるハラスメントにより、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない

「アウティング」の防止に関する就業規則

「アウティング」とは?

アウティング」とは一般に、従業員の性的指向・性自認などの機微な個人情報について、本人の許可を得ずに、他の従業員など第三者に暴露・公表することをいいます。

職場で同僚などからカミングアウトされた場合や、経営者、人事担当者、管理職(上司)などがその職務上、従業員が性的マイノリティであると把握する場合があります。

このような場合において、本人の同意なく、その情報を第三者(他の人事担当者、上司や部下、異動先部署などを含む)に伝えることは、たとえ善意であっても、アウティングに該当する可能性があることから、細心の注意が必要です。

アウティングの禁止規定

アウティングについても、ハラスメントと同様に、就業規則において禁止する必要があります。

前述のSOGIハラスメントと関連して、職場におけるアウティング(本人が公表していないセクシュアリティを、本人の承諾なく第三者に伝えること)を禁止する旨を、就業規則の服務規律などに規定することが考えられます。

服務規律の規定例(アウティング)

(服務規律)

第●条 従業員は、以下の事項を遵守しなければならない。

一、従業員の性的指向・性自認等の機微な個人情報について、本人の承諾を得ずに他の従業員や第三者に暴露・公表しないこと

福利厚生制度の拡充

性的マイノリティの従業員への福利厚生制度の適用

会社の労務管理においては、従業員の労働環境の改善、モチベーションの向上などを目的として、様々な福利厚生制度を設けることがありますが、性的マイノリティの従業員まで対象とする制度を設けている会社は、まだ少数派といえます。

特に、一般的な就業規則には、福利厚生制度の対象者として「女性」や「婚姻」(および法律婚に基づく「配偶者」、「子」)というキーワードが盛り込まれており、同性パートナーをもつ従業員や、事実婚状態にある従業員については、福利厚生制度の対象とされていないことがあります。

そこで、性的マイノリティの従業員についても、一般の従業員と同様の処遇にするために、就業規則上の福利厚生制度の対象者を見直すことが必要になります。

慶弔休暇(特別休暇・結婚休暇)

一般的な就業規則では、次のような規定が設けられていることがあります。

一般的な就業規則

(特別休暇の付与)

第●条 従業員が次の各号に掲げる事由に該当したときは、特別休暇を与えます。

一、本人が結婚するとき…5日

二、配偶者が出産するとき…2日

三、配偶者、子、または父母が死亡したとき…5日

この規定では、「結婚」が法律婚を意味すると解され、また、「配偶者」についても法律婚に基づく相手方を意味すると解されることから、同性パートナーの事実婚などを制度の対象にするには、例えば次のような規定に改訂する必要があります。

性的マイノリティの従業員を対象とした就業規則

(特別休暇の付与)

第●条 従業員が次の各号に掲げる事由に該当したときは、特別休暇を与えます。

一、本人が結婚するとき…5日

二、配偶者が出産するとき…2日

三、配偶者、子、または父母が死亡したとき…5日

2 前項第一号の「結婚」とは、従業員が自治体のパートナーシップ証明書の付与を受けたとき、パートナーシップ契約を締結したとき、海外で同性婚をしたとき、または事実上の婚姻関係にあることを会社が認めたときを含みます。

3 第1項第二号および第三号の「配偶者」とは、前項の規定に基づいて、会社が婚姻状態にあると認めた関係にある、その相手を含みます。また、第1項第三号の「子」とは、当該配偶者と共に養育する実子または養子(事実上、養子縁組と同様の事情にある子を含む)をいいます。

同性パートナーが事実上の婚姻関係にあることをどのように認定するのかは、会社が独自に判断基準を設けることができます。

例えば、事実上の婚姻関係にあることの確認方法としては、各自治体のパートナーシップ証明書(同性パートナー同士を婚姻に相当する関係であると認めて、自治体が独自に発行する証明書)や、パートナーとの同居を確認できる住民票、各種保険契約を両名で契約している保険証書などが考えられます。

家族手当(配偶者手当・子供手当)

従業員に扶養する家族がいる場合に、家族手当(配偶者手当、子供手当)を支給することがあります。

例えば、一般的な就業規則では、次のような規定が設けられていることがあります。

一般的な就業規則

(家族手当の支給)

第●条 次の家族を有する従業員については、家族手当を支給することとします。

一、配偶者…月額●円

二、子供…月額●円(1人につき)

これに対して、性的マイノリティの従業員を対象とするには、例えば次のような規定に改訂する必要があります。

性的マイノリティの従業員を対象とした就業規則

(家族手当の支給)

第●条 次の家族を有する従業員については、家族手当を支給することとします。

一、配偶者…月額●円

二、子供…月額●円(1人につき)

2 前項第一号の「結婚」とは、従業員が自治体のパートナーシップ証明書の付与を受けたとき、パートナーシップ契約を締結したとき、海外で同性婚をしたとき、または事実上の婚姻関係にあることを会社が認めたときを含みます。

3 第1項第一号の「配偶者」とは、前項の規定に基づいて、会社が婚姻状態にあると認めた関係にある、その相手を含みます。また、第1項第二号の「子供」とは、当該配偶者と共に養育する実子または養子(事実上、養子縁組と同様の事情にある子を含む)をいいます。

育児・介護休業法の適用

育児・介護休業法に基づく育児休業、看護休暇、所定外労働の制限、深夜業の制限などの制度における「配偶者」とは、婚姻関係にある配偶者、内縁関係にある配偶者(男女)を対象とし、「子」はその間にある子を対象としています。

そこで、同性のパートナーや、そのパートナーとの間の子については、法律上は制度の対象とならないため、前述の規定例を参考にして、「配偶者」や「子」の範囲を拡大する必要があります。

労働基準法の適用

例えば、労働基準法は、1歳に満たない子を養育する女性従業員から請求があったときは、休憩時間のほか1日について2回、1回について30分の「育児時間」を与えることを義務付けています(労働基準法第67条)。

この法律の趣旨としては、授乳の機会確保や母体保護が目的であり、したがって、本来は、(生物学的な性別としての)女性に向けた制度です。

労働基準法は、あくまで法律の定める最低基準であることから、このような制度の対象者を拡大することは法的に問題ありません。

福利厚生制度を運用する際の留意点

性的マイノリティの従業員が福利厚生制度の利用を申請する際には、人事担当者や直属の上司などに対して、自身の性的指向や性自認を伝えることになりますが、その際、そのことを人事担当者や直属の上司限りに(できるだけ必要最小限の範囲に)留めてほしいとの意向がある場合があります。

このような意向に十分配慮しておかないと、性的マイノリティの従業員に福利厚生制度を適用する際に、意図しないカミングアウトの強制や、アウティングが発生してしまうおそれがあります。

したがって、会社が性的マイノリティの従業員のための福利厚生制度を運用する際には、その申請の受付担当者を限定する、情報管理を徹底する、必要な研修を実施するなど、適切な運用体制を併せて構築していくことが求められるといえます。