疾病・感染症による「就業制限(就業禁止)」とは?法令(労働安全衛生法・感染症予防法)の内容と就業規則の規定例(記載例)を解説

はじめに

会社の労務管理においては、従業員が疾病・感染症に罹患したことにより、法令に基づく就業制限の対象となる場合があります。

また、法令に基づく就業制限の対象とならない場合でも、会社は感染の拡大防止のために、従業員に休業を命じなければならない場合があり、その際に賃金(休業手当)を支払うべきかどうかが問題になることがあります。

この記事では、労働安全衛生法、感染症予防法に基づく就業制限の内容と、従業員が休業する場合の賃金(休業手当)、および関連する就業規則の規定例を解説します。

労働安全衛生法に基づく就業制限(就業禁止)

労働安全衛生法の内容

労働安全衛生法では、疾病に罹患した従業員の就業について、次のように定めています。

労働安全衛生法第68条

(病者の就業禁止)

第68条 事業者は、伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるものにかかった労働者については、厚生労働省令で定めるところにより、その就業を禁止しなければならない。

労働安全衛生法では、会社(事業者)が就業禁止にしなければならない対象として、「伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるもの」にかかった者としています。

このうち、「厚生労働省令」とは、「労働安全衛生規則」のことを意味します。

そこで、これを受けて、労働安全衛生規則第61条では、「伝染性の疾病その他の疾病」について、次のように定めています。

労働安全衛生規則第61条

第61条 事業者は、次の各号のいずれかに該当する者については、その就業を禁止しなければならない。ただし、第一号に掲げる者について伝染予防の措置をした場合は、この限りでない。

一 病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病にかかった者

二 心臓、腎臓、肺等の疾病で労働のため病勢が著しく増悪するおそれのあるものにかかった者

三 前各号に準ずる疾病で厚生労働大臣が定めるものにかかった者

2 事業者は、前項の規定により、就業を禁止しようとするときは、あらかじめ、産業医その他専門の医師の意見をきかなければならない。

病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病(第一号)

「病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病にかかった者」とは、行政通達(平成12年3月30日基発第207号)では、「伝染させるおそれが著しいと認められる結核にかかっている者」をいうとされています。

それ以外の感染症については、特に定めがありません。

なお、第1項ただし書きにおける「伝染予防の措置」とは、「ツベルクリン皮内反応陽性者のみに接する業務に就かせることをいうこと」とされています(平成12年3月30日基発第207号)。

また、労働安全衛生法の「伝染性の疾病」とは、「法定伝染病については、伝染病予防法 (後述の感染症予防法)によって予防の措置がとられることから、本号の対象とならない」とされており(昭和24年2月10日基発第158号、昭和33年2月13日基発第90号)、感染症予防法に該当する感染症であれば、労働安全衛生法上の就業禁止とは取り扱わず、感染症予防法上の定めに委ねられることになります。

心臓、腎臓、肺等の疾病(第二号)

第1項第二号は、心臓、腎臓、肺等の疾病にかかり、その病勢増悪(例えば、体動により息ぎれ、浮腫、チアノーゼ、高度の発熱、意識そう失等の症状が容易に発現する程度の心、血管、腎、肺および気管支肝等の疾患にかかっていること)が明らかであるため労働することが不適当であると認められた者をいうこととされています(平成12年3月30日基発第207号)。

前各号に準ずる疾病(第三号)

現在、特に厚生労働大臣による定めはありません。

感染症予防法に基づく就業制限(就業禁止)

感染症予防法の内容

前述の労働安全衛生法では、感染症のうち結核に罹患した従業員については、労働安全衛生法に基づく就業制限の対象となりますが、その他の感染症については、同法に基づく就業制限の対象とはなりません。

感染症については、感染症予防法(正式名称は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」)によって、就業制限が課される場合があります。

現在、感染症予防法によって、次のとおり就業制限の対象となる感染症が定められています。

感染症予防法第18条

(就業制限)

第18条 都道府県知事は、一類感染症の患者及び二類感染症、三類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の患者又は無症状病原体保有者に係る第12条第1項の規定による届出を受けた場合において、当該感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、当該者又はその保護者に対し、当該届出の内容その他の厚生労働省令で定める事項を書面により通知することができる。

2 前項に規定する患者及び無症状病原体保有者は、当該者又はその保護者が同項の規定による通知を受けた場合には、感染症を公衆にまん延させるおそれがある業務として感染症ごとに厚生労働省令で定める業務に、そのおそれがなくなるまでの期間として感染症ごとに厚生労働省令で定める期間従事してはならない。

就業制限の対象となる感染症

感染症予防法によって、就業制限の対象となる感染症は、次のとおりです。

類型感染症の名称
1類感染症エボラ出血熱/クリミア・コンゴ出血熱/痘そう/南米出血熱/ペスト/マールブルグ病/ラッサ熱
2類感染症急性灰白髄炎/結核/ジフテリア/重症急性呼吸器症候群/中東呼吸器症候群/鳥インフルエンザ
3類感染症コレラ/細菌性赤痢/腸管出血性大腸菌感染症/腸チフス/パラチフス
新型インフルエンザ等感染症

一方、4類・5類の感染症については就業制限の対象とされておらず、例えば、季節性インフルエンザは就業制限の対象にはなりません。

また、第2項にある「厚生労働省令」とは、「感染症予防法施行規則」をいい、同法第11条第2項においては、就業制限される業務内容や制限期間について具体的に定められています。

会社の判断に基づく就業制限(就業禁止)

前述の労働安全衛生法、感染症予防法に基づく就業制限の対象にならない感染症(風疹、季節性インフルエンザ、ノロウイルスによる感染性胃腸炎など)に罹患した従業員や、感染症に罹患している疑いがある段階の従業員については、問題なく出社をさせてもいいのか、という問題があります。

会社は、従業員に対する「安全配慮義務」を負っており(労働契約法第5条)、社内で感染症が拡大することを防止し、できる限り従業員が安全に働くことができるように配慮する義務があります。

この義務を怠ったことによって、感染症の集団感染を引き起こした場合には、企業としての社会的信用が低下するおそれもあります。

そこで、法令による就業制限の対象とならない場合でも、必要に応じて従業員に休業を命じ、集団感染を防止するよう努める必要があります。

就業制限・休業命令をした場合の賃金(給与)

休業手当の問題

会社が、疾病・感染症に罹患した従業員に対して休業を命じる場合には、「休業手当」の問題が生じることがあります。

休業手当」とは、会社の責めに帰すべき事由による休業に対して、従業員に平均賃金の60%以上を支払うことが義務付けられる手当をいいます(労働基準法第26条)。

法令による就業制限がある場合

感染した従業員が、法令による就業制限の対象となった場合、会社はその休業する期間に対して賃金を支払う義務はなく、また、休業手当の対象にもなりません

従業員が法令の定めによって就業制限の対象となり、就労できないことについては、休業手当の要件である「責めに帰すべき事由」が会社に存しないためです。

法令による就業制限がない場合

従業員が、法令による就業制限の対象とはならない場合、例えば季節性のインフルエンザなどに罹患した場合に、会社が集団感染などを防止するために当該従業員に休業を命じる場合には、会社は休業手当の支払いが必要となると考えられます。

休業手当は、経営判断に基づく休業であって、その休業が不可抗力によるやむを得ないものとはいえない場合には支払いが必要となると考えられます。

法令に基づく就業制限では、従業員本人が就業制限を受けており、労務を提供できないことから、休業手当の支払いは不要である一方、集団感染を防止するために、経営上の判断により従業員に休業を命じる場合は、休業手当の支払いが必要となります。

ただし、通常は、従業員が、疾病・感染症に罹患した場合には、無理に出社をせず、有給休暇を取得するなどして、自主的に休暇を申し出るケースも多いといえます。

実際に休業手当が問題となりやすいのは、感染が疑われる状況にも関わらず従業員が出社する意向を示したり、その家族に感染者が出るなどして感染リスクがある場合に、会社が休業を命じる場合といえます。

疾病・感染症による就業制限(就業禁止)に関する就業規則の規定例(記載例)

疾病・感染症による就業制限に関する就業規則の規定例は、次のとおりです。

就業規則の規定例(記載例)

(病者等に対する就業禁止等)

第●条 会社は、次の各号のいずれかに該当する従業員については、就業を禁止する。

一、病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病にかかった者

二、心臓、腎臓、肺等の疾病で労働のため病勢が著しく憎悪するおそれのある疾病にかかった者

三、前各号の他、感染症法等の法令に定める疾病にかかった者

2 前項の規定にかかわらず、会社は、従業員の心身の状況が業務に適しないと判断した場合、その就業を禁止することがある。

3 第1項の就業の禁止の間は無給とする。【注】  

(報告義務)

第●条 従業員は、伝染性の疾病に感染した場合、またはその疑いがある場合には、直ちに所属長に報告しなければならない。

2 従業員の同居の家族または同居人が伝染性の疾病に感染した場合、もしくはその疑いがある場合、または住居付近において伝染性の疾病が発生した場合、直ちに所属長に報告しなければならない。

【注】

法令に基づく就業制限の場合(第1項)は、会社から賃金を支払う義務はありませんので、無給と定めます。

この場合、従業員に対しては、会社が加入している健康保険から、「傷病手当金」が支給されることがあります。