60歳定年後に再雇用を拒否すること、労働条件を変更することはできるか?裁判例をもとに解説
はじめに
高年齢者の雇用に関する規制を定めた法律として、高年齢者雇用安定法があり、会社は同法に基づき、定年によって退職する従業員を継続雇用しなければならない義務が生じることがあります。
このとき、そもそも会社が再雇用を拒否することは可能なのかどうか(可能としても、どのような理由があれば、再雇用を拒否することが認められるのか)、あるいは、会社は再雇用に際してどこまで労働条件を変更することができるのか(もし労働条件に折り合いが付かない場合はどうなるのか)が問題になることがあります。
この記事では、定年後の再雇用について、会社が再雇用を拒否することの可否、および、再雇用後の労働条件を変更することの可否について、裁判例を踏まえて解説します。
なお、高年齢者雇用安定法の基本的な内容については、次の記事をご覧ください。
【高年齢者雇用安定法】定年・継続雇用に関する会社の義務(60歳・65歳・70歳)を整理して解説
定年後の継続雇用制度とは
高年齢者雇用安定法に基づき、65歳未満の定年の定めをしている会社は、「高年齢者雇用確保措置」として、次の3つの措置のうち、いずれかの措置を講じなければならないとされています(高年齢者雇用安定法第9条)。
高年齢者雇用確保措置の内容
- 65歳までの定年の引上げ
- 65歳までの継続雇用制度の導入
- 定年の定めの廃止
上記のうち、65歳まで定年を引上げ、または定年を廃止する場合には、基本的に60歳以降も同一の労働条件のまま雇用し続けることになりますので、従業員が自ら退職するか、または就業規則上の解雇事由に該当しない限りは、65歳まで従業員を雇用する必要があります。
一方、65歳までの継続雇用制度においては、一般的には、60歳で定年退職した後、半年や1年単位の有期労働契約により、嘱託社員などとして再雇用することが多いといえます。
継続雇用制度において、労務管理で問題になり得るのが、次の2点です。
継続雇用制度で生じ得る問題
- 再雇用の労働条件に関する問題…会社は再雇用に際してどこまで労働条件を変更することができるのか(もし労働条件に折り合いが付かない場合はどうなるのか)
- 定年後の再雇用拒否に関する問題…そもそも会社が再雇用を拒否することは可能なのかどうか(可能としても、どのような理由があれば、再雇用を拒否することが認められるのか)
以下、順に解説します。
再雇用後の労働条件に関する問題
基本的な考え方
再雇用制度では、満60歳の時点で一旦定年退職することにより、それまでの雇用関係(無期労働契約)を終了させ、その後、再雇用する際に、新たな労働条件(有期労働契約)を提示することが一般的です。
再雇用の際に締結される労働契約は、定年前とは関連しない、新たな労働契約の申し込みであって、必ずしも定年前の労働条件に拘束されるものではない(同一である必要はない)と解されます。
したがって、高年齢者雇用安定法に基づく継続雇用制度の下において、会社が提示する労働条件は、原則として、会社の裁量に委ねられています。
言い換えると、高年齢者雇用安定法は、会社に対して、定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付ける私法上の効力を有しないといえます。
そして、会社が提示した労働条件で折り合いが付かず(従業員が納得せず)、もし労働契約が成立せず、従業員が退職するとしても、会社は高年齢者雇用安定法における責任を果たしたことになると解されます。
参考裁判例
音響機械器具を製造販売する会社が、従業員に対し、定年後の再雇用の条件として、従前とは異なる業務内容(定年前は音響機器の設計・開発業務、再雇用後は人事総務部内の事務的業務)を提示した行為が、高年齢者雇用安定法の趣旨に反して違法であるとして、従業員が不法行為に基づく損害賠償などを請求した事案があります。
これに対し、裁判所は、高年齢者雇用安定法には、従業員が希望する労働条件での継続雇用を義務付ける定めはないうえ、会社による労働条件の提示にも、客観的にみて不合理な点はないことを理由に、労使間の定年再雇用契約が成立しなかったことにつき、会社に違法な行為があったと認める余地はないと判断しました(アルパイン事件/東京地方裁判所令和元年5月21日判決)。
再雇用後の労働条件の提示が違法となる場合
前述のとおり、会社が提示する労働条件の内容は、原則として、会社の裁量に委ねられていますが、だからといって、それがどのような内容の労働条件であっても違法にはならないということではありません。
裁判例では、「雇用確保措置義務は労働契約法制にかかる公序の一内容をなしているから、同法の趣旨に反する事業主の行為、例えば、再雇用について、極めて不合理であって、高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難いような労働条件を提示する行為は、違法性を有するものであり、事業主の高年齢者雇用確保措置義務の反射的効果として、高年齢者が有する65歳までの安定的雇用を享受できるという法的保護に値する利益を侵害する不法行為となる」と示しています(九州惣菜事件/福岡高等裁判所平成29年9月7日判決)。
参考裁判例(賃金が大幅に減額される場合)
惣菜類を製造販売する会社の従業員が、定年時に会社の継続雇用制度に基づき再雇用を希望したところ、会社から提示されたパートタイムとしての労働条件を拒否した事例で、従業員が不法行為に基づく損害賠償などを請求した事案があります。
定年前後の労働条件の違いとしては、従業員の定年時の賃金は月額約33万円であったのに対して、会社が提示した再雇用後の労働条件は、週3日もしくは4日の勤務、勤務時間は実働6時間、賃金は時給900円であり、月額に換算すると約8万円でした(定年前の賃金の約25%まで減額される)。
裁判所は、月額賃金が約75%減少することにつながる短時間労働者への転換を正当化する合理的な理由はなく、会社が提示した労働条件は、継続雇用制度の導入の趣旨に反し、裁量権を逸脱または濫用したものであり、違法性があると判断しました(九州惣菜事件/福岡高等裁判所平成29年9月7日判決)。
参考裁判例(業務内容が大幅に変更される場合)
継続雇用の労働条件の提示が違法とされる判断基準を示した裁判例として、高年齢者雇用安定法による無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして容認できないほど低額の給与水準となる場合(①)、あるいは、社会通念に照らして受け入れがたい職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合(②)は違法となる、とした裁判例があります(裁判例では、(①)に違法性はなく、(②)に違法性があると判断しました)(トヨタ自動車事件/名古屋高等裁判所平成28年9月28日判決)。
定年後に再雇用しない(再雇用拒否)ことに関する問題
会社には、高年齢者雇用安定法に基づき、従業員を65歳まで雇用する義務があることから、65歳未満の定年の年齢を定めている場合に、定年後再雇用をしないことは、原則として認められないと解されます。
したがって、定年に達する高年齢者については、希望者全員を再雇用することが原則となります。
裁判例でも、他にやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない場合には、定年後の再雇用を拒否することは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、違法とする判決が多数あります(津田電気計器事件/最高裁判所平成24年11月29日判決、学校法人南山学園(南山大学)事件/名古屋地方裁判所令和元年7月30日判決など)。
そして、会社が不当に再雇用を拒否したと認められる場合には、再雇用規程などに基づく雇用関係が存続しているものと解され、会社は定年時に遡って、賃金の支払義務を負うと判断されることが一般的です。
例外的に再雇用を拒否することが認められる場合
「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針(平成24年11月9日厚生労働省告示第560号)」第2の2では、継続雇用制度を導入する場合には、希望者全員を対象とする制度とすることを原則としています。
ただし、例外として、心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないことなど、就業規則に定める解雇事由または退職事由(年齢にかかるものを除く)に該当する場合には、継続雇用しないことができるとしています。
健康上の問題を理由とする再雇用拒否
再雇用に伴い、健康上の不安を抱える従業員がいる場合でも、当然に再雇用を拒否することができるものではなく、まずはできる限り健康面に配慮しつつ、健康状態に見合った労働条件を提示することができないかどうか、検討する必要があります。
健康上の問題を理由として、定年後の再雇用を拒否する場合には、一般的に正社員を解雇する場合と同様に当てはめて、解雇に相当する客観的に合理的な理由が必要になります。
具体的には、そもそも休職して治療しても復職の目途が立たないような状態であること、または実際に休職した上で、休職期間が満了しても復職できない状態であることなどの事情が必要となります。
勤務状況が著しく不良であることを理由とする再雇用拒否
勤務状況が著しく不良であることを理由として、定年後の再雇用を拒否する場合にも、一般的に正社員を解雇する場合と同様に当てはめて、解雇に相当する客観的に合理的な理由が必要になります。
例えば、コールセンターの電話オペレーターをしていた従業員について、勤務態度が著しく不良であることを理由に会社が再雇用を拒否した事案について、裁判所は、「従業員の視聴者に対する電話対応には被告が策定したルール及び就業規則違反が度々認められ、かつそのことを会社から指摘され繰り返し注意・指導を受けるも自己の対応の正当性を主張することに終始してこれを受入れて改善しようとする意思が認められなかったのであり、被告における評価が極めて低かったこと(近年の評価は被評価者中、最下位であった)も併せ考慮するならば、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由に該当し、継続雇用しないことについて、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるというほかはない」と判断し、再雇用拒否を適法と判断しました(一般財団法人NHKサービスセンター事件/横浜地方裁判所川崎支部令和3年11月30日判決)。