病気(私傷病)により労務不能となった従業員を解雇する場合の留意点を解説

はじめに

従業員が、その労働力を十分に提供するためには、心身ともに健康であることが不可欠です。

そこで、従業員が病気やケガによって働くことができなくなった場合に備えて、就業規則では、解雇事由として、「精神または身体の障害により業務に耐えられないとき」などと定められていることが一般的です。

しかし、実際には、どの程度、労務を提供できなくなれば、有効に解雇をすることができるのか、その判断は非常に難しいといえます。

この記事では、従業員が病気やケガによって労務を提供できなくなった場合において、会社が従業員を解雇する際の留意点について解説します。

労働契約における基本的な考え方

会社と従業員との間には、労働契約が締結されており、労働契約の本質は、従業員が労務を提供し、会社はその対価として賃金を支払うことにあります。

そこで、もし従業員が病気やケガによって労務を提供できなくなった場合には、会社に賃金を支払う法律上の義務はなくなり、これを「ノーワーク・ノーペイの原則」といいます。

そして、従業員は労働契約上の義務を履行していない状態(契約の不履行)になるため、それに伴って労働契約も継続することができなくなります。

したがって、従業員が病気やケガによって労務を提供できなくなった場合には、基本的に、会社は労働契約を終了させるために、従業員を解雇することができる立場にあると解されます。

しかし、実際には、解雇に関する法律上の規制があることから、労務を提供できなくなった従業員を直ちに解雇することには法的なリスクを伴うことがあります。

そこで、会社の基本的な対応姿勢としては、従業員を直ちに解雇するのではなく、まずは休職制度などを利用しつつ、解雇について慎重に判断するための期間を設けるべきであると考えます。

「私傷病」と「業務に起因する傷病(労災)」

一言に病気やケガといっても、労務管理においては、それが業務に起因して生じたものであるのか、または、それ以外の私傷病であるのかによって、法律上の規制が大きく異なります

したがって、対応に当たっては、まずは従業員の傷病がいずれに属するものであるかを見極めることが重要となります。

業務に起因する負傷・疾病(労災)の場合

「業務に起因する負傷・疾病」とは、例えば、業務中に物を運搬していてケガをした場合など、会社における業務に起因して生じた病気やケガをいいます。

この場合、法律によって、会社は、従業員が業務上の負傷・疾病にかかり、療養のために休業する期間中、およびその後30日間は解雇してはならないことが定められており、これを「解雇制限」といいます(労働基準法第19条)。

したがって、業務に起因する負傷・疾病については、基本的に直ちに解雇するという選択肢はありません。

なお、通常は労災保険による給付によって、治療費や休業中の賃金が補償されることになります。

解雇制限については、次の記事をご参照ください。

業務上の負傷・疾病(労災)による解雇制限と打切補償について労働基準法を解説

私傷病の場合

「私傷病」とは、会社の業務に起因しない、精神上または身体上の病気やケガをいいます。

私傷病については、業務に起因する負傷・疾病とは異なり、法律による解雇制限はありません。

したがって、基本的には、労働契約の不履行の問題として、就業規則に定める解雇事由に該当する場合には解雇をすることが可能です。

しかし、実際には、民事上の問題として、会社が行った解雇について後に争われる可能性があり、会社が解雇権を濫用したと認められる場合には、不当解雇となり、法律上解雇が無効となるリスクがあります。

私傷病による解雇をする場合の留意点

解雇予告手続の必要性

私傷病により労務を提供できなくなった従業員について、会社が解雇をする場合には、法律によって、解雇までに次のいずれかの手続を行う必要があります(労働基準法第20条)。

解雇の予告手続

  • 解雇をする30日以上前に「解雇予告」をすること
  • 平均賃金の30日分以上の「解雇予告手当」を支払うこと

つまり、会社が従業員を解雇する場合には、前もって(30日以上前に)解雇日を予告しておく必要があり、もし直ちに(予告をしないで)解雇しようとする場合には、解雇予告手当を支払う必要があります。

解雇権の濫用の問題

一般に、会社が従業員を解雇する場合には、労働契約法に基づき、解雇権の濫用の問題が生じることがあります。

労働契約法第16条(解雇)

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

私傷病により労務を提供できなくなった従業員を解雇するとしても、その解雇をすることに客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるかどうかが問われます。

その判断要素の例として、例えば、労働契約上、従業員の職種や業務内容が限定されていない場合には、会社は人事異動によって、他の就労可能な職種や業務に従事させることにより、解雇を回避することができると考えられています。

このとき、人事異動による解決などを十分に検討せず、労務不能に陥った従業員を直ちに解雇することは、解雇権の濫用に該当するおそれがあります。

裁判例では、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」と示しています(片山組事件/最高裁判所平成10年4月9日判決)。

休職制度の必要性

以上を踏まえると、実際には、解雇に相当する合理的な理由があるかどうかについて、すぐに見極めて判断することは困難であり、医師の診断などを踏まえつつ、解雇権の濫用に該当しないかどうかを判断するために、ある程度の期間を要するといえます。

また、手続な要請から30日以上前に予告をする必要があることから、それならば、1ヵ月の休職期間を設けたうえで、休職期間満了をもって退職するとしても、結果として同じことであるといえます。

そこで、実務的には、解雇権の濫用を防止するという狙いのもと、まずは従業員を休職させ、解雇まで一定期間の猶予を与えつつ、医師の診断などを踏まえて解雇を検討することが、対応として適切であると考えます。

言い換えれば、休職期間の満了をもって従業員を退職させることにより、解雇権の濫用に該当するリスクを相当程度低減することができるといえます。

休職制度を利用する場合の留意点

休職制度とは

休職」とは、一般に、従業員が私傷病などによって、長期間にわたって労務を提供することができない場合(労務不能の場合)に、従業員としての身分を保ったままで、会社が一定期間の就労を免除する取り扱いをいいます。

法律上、休職制度を設けることは、会社に義務付けられていません

休職制度を設けるかどうか、また、設けるとしても、その内容(休職事由や休職期間など)をどのような内容とするのかは、会社が任意に定めることができます。

休職制度の詳細については、次の記事をご覧ください。

就業規則における「休職制度」の規定例(記載例)と運用上のポイントを解説

休職期間の設定

休職制度自体が任意の制度である以上、休職の期間など、制度設計については、会社が決定することができます。

休職期間は、一般的には、会社の規模が大きくなるほど休職期間は長く、規模が小さくなるほど休職期間は短くなる傾向があるといえます。

実務上、大企業では2年程度、中小企業では6ヵ月から1年程度と定めている就業規則を目にすることが多いという感覚です(従業員の勤続年数によって、休職期間の取り扱いを変える例もあります)。

復職に関する留意点

私傷病による休職において、最も慎重に判断しなければならないのは、復職の可否です。

復職が可能であるにも関わらず、会社が合理的な理由なくこれを認めなかった場合には、会社が従業員を解雇したものと同視され、解雇権の濫用の問題が生じることがあります。

復職の可否を判断する際には、主に次の内容に留意する必要があります。

復職の可否を判断する際のポイント

  • 医師の診断を踏まえ、治癒しているかどうか
  • 業務を変更・軽減すれば復職できるかどうか

医師の診断を踏まえ、治癒しているかどうか

復職の要件となる「治癒」とは、従前の職務を通常程度行なえる健康状態に復したときと解されますが、その判断においては、医師の診断が重要となります。

医師の診断を無視して復職を認めないことは、後にその判断を否定されるリスクが高いため、会社は主治医の診断や、必要に応じて会社の指定する医師(産業医)などの意見を踏まえた上で判断する必要があります。

業務を変更・軽減すれば復職できるかどうか

復職に伴って業務を軽減するなど、一定の配慮をすれば復職できると認められる場合は、復職を拒否することが解雇権の濫用に該当することがあります。

裁判例では、精神疾患による休職中に復職を申し出たシステム開発の従業員について、再発を恐れた会社に復職を拒否され、休職期間満了とともに退職扱いとなった事案について、「職種の限定はなく、配置の可能性が高い業務への復職の意思を表示し、かつ就労可能ならば、債務の本旨に従った労務提供があると解することができる」とし、退職日以降の賃金請求権を失わないと判断しました(キヤノンソフト情報システム事件/大阪地方裁判所平成20年1月25日判決)。

休職期間の満了による退職

休職期間の満了時に復職できない場合には、休職期間の満了をもって退職することとなりますが、就業規則によって、休職期間満了時に自動的に退職扱いとする旨を定めておくことによって、休職期間満了に伴い、手続を要することなく、自動的に労働契約を終了させることができます。

このような取り扱いの有効性については、行政通達において、「期間満了の翌日など一定の日に労働契約が自動終了することを就業規則に定めて明示し、かつ、その取り扱いについて規則どおり実施し、例外的な運用や裁量がなされていないならば、終期到来による労働契約の終了となり解雇の問題は生じない」とされています(昭和27年7月25日基収1628号)。

また、裁判例でも、「自然退職の規定は、休職期間満了日になお休職事由が消滅していない場合に、期間満了によって当然に復職となったと解した上で改めて使用者が当該従業員を解雇するという迂遠な手続を回避するものとして合理性を有する」と示しています(エールフランス事件/東京地方裁判所昭和59年1月27日判決)。

なお、就業規則に自動的に退職する旨を定めていない場合には、休職期間の満了をもって解雇をすることになりますので、前述の解雇予告手続が必要になると解されます。