年次有給休暇の「前借り付与」はできるか?適法・違法となる場合をケース別に解説

年次有給休暇の付与日数(原則)

法律上、入社日から6ヵ月間継続して勤務し、かつ全労働日の8割以上出勤した従業員に対しては、10日の年次有給休暇(以下、「有給休暇」といいます)が与えられます(労働基準法第39条第1項)。

有給休暇が付与されるための要件

  • 入社日から6ヵ月間継続して勤務したこと
  • 当該期間における全労働日の8割以上出勤したこと

この要件に基づき、原則として、入社日から6ヵ月を経過した日が、初めて有給休暇が付与される日となり、この有給休暇が付与される日のことを、「基準日」といいます。

例えば、4月1日に入社した従業員は、原則として、その6ヵ月後である10月1日が基準日となり、当該基準日に10日の有給休暇が付与されます。

また、基準日はその後も同様に10月1日とされるため、当該従業員については、その翌年の10月1日が次回の有給休暇の付与日となり(付与される有給休暇の日数は11日)、それ以降も基準日が変わることはありません(労働基準法第39条第2項)。

【図】有給休暇の付与日数(原則)

勤続年数6ヵ月1年6ヵ月2年6ヵ月3年6ヵ月4年6ヵ月5年6ヵ月6年6ヵ月以降
付与日数10日11日12日14日16日18日20日

有給休暇の「前借り付与」とは

有給休暇の「前借り付与」とは

有給休暇の「前借り付与」とは、一般に、会社が従業員の希望に応じて、その必要とする日数分の有給休暇を基準日が到来する前に付与することを認め、その後、基準日には前借りをした日数を控除して有給休暇を付与することをいいます(有給休暇の「先取り」といわれることもあります)。

有給休暇の前借り付与は、法律や行政通達によって認められている正式な運用ではないため、それを適法になし得るかどうかは、法律の解釈によって判断せざるを得ません。

前借り付与の例

例えば、4月1日に入社した従業員は、前述のとおり、原則として、その6ヵ月後である10月1日が基準日となり、当該基準日に10日の有給休暇が付与されますが、このことは、入社日から10月1日までの6ヵ月間は、有給休暇がない(0日)ことを意味します。

もし、当該従業員が基準日(10月1日)までの間に、病気などによって会社を休んだ場合には、通常は「欠勤」扱いになり、当該欠勤日については、原則として賃金が支払われません(病気休暇など、特別な休暇が設けられている場合はこの限りではありません)。

そこで、当該従業員の希望に応じて、基準日(10月1日)に与えられる予定の有給休暇を、基準日よりも前に付与する(前借りする)ことにより、有給休暇を取得し、欠勤扱いにしない(賃金を保障する)ことが、法律上、適法になし得るのかどうかが問題になることがあります。

「前借り付与」は原則として認められない

基本的な考え方として、有給休暇は基準日において、法定の日数を付与する必要があり、前借りした日数を会社が任意に差し引くことにより、これを下回る日数を付与することは(たとえ合計すれば法定の日数に達しているとしても)原則として認められないと解されます。

労働基準法では、従業員が継続勤務した期間に応じて、付与される有給休暇の日数が法定されています。

そして、労働基準法の性質は「強行法規」であることから、当事者間の合意によって、法律で定められた内容を下回る(従業員にとって不利になる)取り扱いをすることはできないものと解されます(これに対し、当事者間の合意によって、法律で定められた内容と異なる取り扱いをすることができる法律のことを「任意法規」といいます)。

したがって、会社と従業員との間で、たとえ合意があったとしても、基準日において、法定の日数を下回る日数(前借り分を差し引いた日数)を付与することはできないものと解されます。

例えば、4月1日に入社した従業員について、その6ヵ月経過日よりも前に、2日の有給休暇を前借りし、その後、基準日(10月1日)には、法定の付与日数である10日から2日を差し引いた残りの8日を付与することは、基準日における付与日数が法定の日数を下回ることから、認められない(労働基準法に抵触するおそれがある)と解されます。

会社が法定の日数を上回る有給休暇を付与している場合

会社によっては、就業規則などに基づき、法定の日数を上回る有給休暇を付与している場合があります。

例えば、法律上は入社後6ヵ月継続勤務すると10日間の有給休暇が付与されるところ、会社がこれを上回る12日間の有給休暇を付与している場合です。

労働基準法は、前述のとおり強行法規であるため、法律を下回ることは認められませんが、法律を上回る(従業員にとって有利になる)分には問題ありません。

行政通達においても、従業員に対して法律を上回る年次有給休暇を与えることは、差支えないとされています(昭和22年12月15日基発501号)。

この場合、法定の日数を上回る有給休暇については、労働基準法の定めに関わらず、その取り扱いを労使間で取り決め、前借り付与をすることが認められるものと解されます。

したがって、前述の例では、基準日において法定の日数(10日)の付与を行いつつ、法定の日数を上回る2日に限っては、有給休暇の前借り付与の対象とし、従業員の希望に基づき、基準日よりも前に付与するとしても問題はないと考えます。

有給休暇の「分割付与」の要件を満たす場合

有給休暇の前借り付与と一部類似する制度として、有給休暇の「分割付与」があります。

有給休暇の分割付与は、行政解釈によって限定的に認められている運用ですが、前借り付与が分割付与の要件を満たす範囲内で運用される場合には、その限りにおいて前借り付与をすることが認められると考えます。

有給休暇の分割付与とは

有給休暇の「分割付与」とは、入社初年度の有給休暇について、法定の基準日(入社日から6ヵ月経過日)よりも前に、本来基準日に付与される有給休暇の日数のうち、一部を分割して付与し、基準日にはその残りの日数を付与することをいいます。

例えば、4月1日に入社した従業員について、入社日に2日の有給休暇を分割付与し、法定の基準日である10月1日には、法定の付与日数である10日から2日を差し引いた、残りの8日を付与することをいいます。

有給休暇の分割付与は、法律によって定められた制度ではなく、行政通達(平成6年1月4日基発1号)を根拠として、解釈上、限定的に認められている制度です。

有給休暇の分割付与の要件

有給休暇の分割付与は、行政通達に基づき、次の要件を満たす場合に限り、認められます(平成6年1月4日基発1号)。

有給休暇の分割付与の要件

  1. 分割付与の対象となる有給休暇は、「入社初年度」に生じる有給休暇に限られること
  2. 分割付与した際の残りの有給休暇の日数は、入社後6ヵ月を経過する日までに、すべて付与すること
  3. 2回目の有給休暇は、分割付与した初回の付与日から起算して、1年以内に付与すること
  4. 出勤率の算定においては、基準日が法定よりも前倒しされることによって短縮された期間については、すべて出勤したものとして取り扱うこと

分割付与をする場合の留意点としては、分割付与はあくまで入社初年度の有給休暇に限られること、および分割付与した場合には、分割付与した日(前述の例では入社日)から起算して1年後が次の基準日となる(翌年以降の基準日が全体的に前倒しになる)ことに留意する必要があります。

分割付与については、次の記事をご覧ください。

年次有給休暇の「分割付与」とは?行政通達に基づく要件と留意点(2年目の基準日・出勤率の算定)を解説

有給休暇の前借り付与は従業員の権利か

従業員からみて、有給休暇の前借りを請求することが権利として認められるかどうかについては、もともと前借り付与は法律や通達によって正式に認められている運用ではないこと、および、前述のとおり前借り付与は労働基準法に抵触するおそれがあることから、従業員に前借りを請求する権利はないと考えます。

したがって、もし従業員から、有給休暇の前借り付与について希望があったとしても、会社にはこれに応じる法律上の義務はないと解されます。

有給休暇の前借り付与による労務トラブル

前述のとおり、有給休暇の前借り付与は、法定を上回る日数について認める場合、あるいは分割付与として認める場合には認められますが、これに伴って労務トラブルが生じることも想定されます。

特に問題が生じやすいのが、有給休暇を前借りした後、本来の基準日が到来する前に(前借り分を精算する前に)従業員が退職する場合です。

このような場合、一度前借り付与して取得した有給休暇を、事後的に欠勤扱いとして処理することによって、支払った給与を返還するように求めるなどの対応をすると、無用な労務トラブルを生み出すきっかけとなりかねません。

従業員が退職した場合における会社の対応としては、基準日よりも前に取得させた有給休暇については、特別の休暇を付与したものとして処理しておくのが妥当であると考えます。

最後に(法律の解釈について)

本稿の内容は、労働基準法が強行法規であるという観点から、有給休暇の前借り付与は原則として認められないという解釈に基づいています。

この点、あくまで法律の解釈であることから、解釈の仕方によっては、従業員に実質的な不利益が生じない(前借り分を含めると、法定の日数に達している)点に着目して、前借り付与をすることは法律上問題がないとする見解もあります。

明確な見解を示した裁判例がない以上、後者の見解を否定するものではありませんが、仮に後者の解釈に基づき、前借り付与を行うのであれば、少なくとも前借り付与をした後、基準日までに退職した従業員に対して精算を求めるなど、従業員にとって実質的な不利益が生じ得る運用を行うべきではないと考えます。

問題の生じにくい労務管理を目指すのであれば、病気などやむを得ない事情によって欠勤する場合には、前借り付与によるのではなく、別に特別の休暇を付与することなどを検討していただく方がよいのではないかと考えます。