労災保険における「通勤災害」とは?対象となる通勤の範囲、保険給付の内容などを解説

労災保険の対象(業務災害・通勤災害)

労災保険とは

労災保険」(正式名称は「労働者災害補償保険」)とは、業務中に発生した「業務災害」に対して会社が行うべき災害補償を担保するため、または、通勤途上に発生した「通勤災害」に対する給付を行うための保険制度をいいます。

労災保険は、「業務災害」および「通勤災害」を対象としています。

労災保険の保険料率は業種によって異なり、保険料は全額会社が負担するため、従業員の負担はありません。

業務災害に対する保険給付

会社は、業務中に業務災害が発生した場合には、従業員に対し、労働基準法に基づき災害補償を行うことが義務付けられています(労働基準法第8章)。

業務災害があった場合には、労災保険による給付を行うことで、会社の資力に関わらず、従業員への災害補償の確実な履行が担保されます。

そして、労災保険によって、労働基準法に定める災害補償と同等の給付が行われることをもって、その限りにおいて、会社は災害補償を行う責任を免れる(補償のための費用を直接負担する必要がなくなる)こととなります(労働基準法第84条第1項)。

業務災害については、次の記事をご覧ください。

労働災害に対する「災害補償」とは?労働基準法と労災保険法の違いを比較しながら解説

通勤災害に対する保険給付

労災保険では、通勤途上で発生した事故による負傷など、通勤災害についても、保険給付の対象としています。

なお、通勤災害は業務災害とは異なり、会社にはその責任が及ばないことから、会社は通勤災害に対しては、労働基準法に基づく災害補償を行う義務はありません。

通勤の定義

通勤とは

通勤は、従業員にとって、労務を提供するために必然的に伴うものであることから、労災保険では、通勤災害に対しても保険給付が行われます。

ここで、労災保険における「通勤」とは、従業員が、就業に関する移動を「合理的な経路および方法」により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くとされています(労災保険法第7条第2項)。

なお、住居から直接出張先に向かう際の移動中の事故については、原則として、その移動は業務の性質を有するものとして、業務災害に該当すると解されます(昭和34年7月15日基収2980号)。

合理的な経路および方法

労災保険における通勤災害は、従業員が、就業に関する移動を「合理的な経路および方法」により行う場合を対象としています。

「合理的な経路および方法」とは、住居と就業の場所との間を往復する場合に、一般に用いるものと認められる経路および方法をいいます(平成18年3月31日基発第0331042号)。

「合理的な経路」は、通勤のために通常利用する経路であれば、それが複数あったとしても(例えば、当日の交通事情により迂回した経路など)、当該経路はいずれも合理的な経路といえます。

また、通勤手当の支給などのために、会社に届け出ている経路である必要はありません。

ただし、特段の合理的な理由もなく、著しく遠回りとなる経路や、鉄道線路を歩行するといった不相当な手段を用いる経路は、合理的な経路とはいえません。

また、「合理的な方法」は、移動の際に、一般に従業員が用いると認められる方法をいい、通常用いられる交通方法(公共交通機関、自動車、自転車、徒歩など)は、一般に合理的な方法といえます。

通勤経路の逸脱・中断

原則

従業員が、通勤の途中で、その経路を逸脱し、または中断した場合には、原則として、その逸脱または中断の間、およびその後の移動は、保険給付の対象になりません(労災保険法第7条第3項)。

逸脱とは

「逸脱」とは、通勤の途中において、就業または通勤とは関係のない目的で、合理的な経路をそれることをいいます。

中断とは

「中断」とは、通勤の経路上において、通勤とは関係のない行為をすることをいいます。

例えば、通勤の途中で、映画館に入る場合や、居酒屋やバーで飲酒をする場合などがこれに該当します。

ただし、通勤経路の近くにあるトイレに立ち寄る場合、帰途に経路の近くにある公園で短時間休息する場合、経路上の店でタバコや雑誌等を購入する場合、駅構内でジュースの立飲みをする場合など、経路の途中で通常行われるような「ささいな行為」を行う場合には、逸脱、中断に該当しないと解されます。

例外

例外として、逸脱または中断が、「日常生活上必要な行為」をやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合には、逸脱または中断の間を除き、逸脱または中断後に合理的な経路に復した後の移動は通勤となります(労災保険法第7条第3項但書)。

「日常生活上必要な行為」とは、厚生労働省令で定められる次の行為をいいます(労災保険法施行規則第8条)。

日常生活上必要な行為

  • 日用品の購入、その他これに準ずる行為
  • 職業訓練、学校教育法に規定する学校において行われる教育、その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
  • 選挙権の行使、その他これに準ずる行為
  • 病院または診療所において、診察または治療を受けること、その他これに準ずる行為
  • 要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹、ならびに配偶者の父母の介護(継続的にまたは反復して行われるものに限る)

通勤災害に対する保険給付(療養・休業が生じた場合)

療養給付

療養給付」とは、従業員が通勤災害によって負傷し、または疾病にかかり、医療機関にかかった場合に行われる給付をいいます(労災保険法第22条)。

療養給付には、「療養の給付(原則)」と「療養の費用(例外)」があります。

「療養の給付」とは、従業員に対して、労災指定医療機関で医療の現物給付(診察、薬剤または治療材料の支給、処置、手術その他の治療など)を行うことをいいます。

これにより、従業員は、医療機関の窓口で自己負担をすることなく(後述の一部負担金を除く)診察や治療を受けることができ、労災指定医療機関は、診療費を直接、労災保険を管掌する政府に対して請求します。

療養給付は、原則として療養の給付(現物給付)によることとし、例外として、やむを得ず労災指定医療機関以外で診療を受けた(この場合、従業員が診療費を一時立て替える必要があります)などの場合に、療養の費用を償還する(現金給付)こととしています。

なお、通勤災害の場合には、従業員は、原則として、療養給付を受ける際に「一部負担金」として200円を負担する必要があります(労災保険法第31条第2項)。

休業給付

休業給付」とは、従業員が、通勤災害による負傷または疾病にかかる療養のため、働くことができないために賃金を受けない場合に行われる給付をいいます(労災保険法第22条の2)。

休業給付の額は、原則として、休業1日につき、給付基礎日額(労働基準法第12条に定める平均賃金に相当する額)の100分の60に相当する額とされています。

また、休業給付には、通算3日間の待期期間(連続か断続かは問わない)が設けられており、賃金を受けない日の第4日目から支給されます。

傷病年金

傷病年金」とは、通勤災害による負傷または疾病により、長期間の療養によっても治癒せず、さらに療養を続ける必要がある場合に、休業1日ごとに支給される休業給付に代えて、年金として1年ごとの支給に切り替えて行われる給付をいいます(労災保険法第23条)。

傷病年金は、療養の開始後1年6ヵ月を経過した日、または同日後において、傷病が治癒しておらず、かつ傷病等級(第1級から第3級)に該当する場合に支給されます(給付基礎日額の313日分(1級)から245日分(第3級))。

なお、傷病等級に該当しない場合は、引き続き休業給付が支給されます。

通勤災害に対する保険給付(障害が残った場合)

障害給付

障害給付」とは、従業員が通勤災害によって負傷し、または疾病にかかり、その後の療養によって治った場合において、その身体に障害が存するときに、その障害の程度に応じて行われる給付をいいます(労災保険法第22条の3)。

なお、ここでいう「治った場合(治癒)」とは、完治(通勤災害が発生する前と同じ状態まで治ること)を意味するものではなく、症状固定を意味します。

症状固定とは、これ以上治療を続けたとしても、症状の改善が見込まれない状態のことをいいます。

障害給付は、障害等級第1級から第7級に該当する場合は、「障害年金」として支給され(給付基礎日額の313日分(1級)から131日分(第7級))、障害等級第8級から第14級に該当する場合は、「障害一時金」として支給されます(給付基礎日額の503日分(8級)から56日分(第14級))。

介護給付

介護給付」とは、障害年金または傷病年金を受ける権利を有する者が、その障害(障害等級または傷病等級が第2級以上の一定の障害)により、常時または随時介護を要する状態にあり、かつ、現に常時または随時介護を受けているときに、当該介護を受けている間にわたって行われる給付をいいます(労災保険法第24条)。

ただし、障害者支援施設や病院などに入所・入院している期間は支給されません。

介護給付の支給額は、月単位で、原則として実費を支給する(常時介護を要する状態の場合は172,550円、随時介護を要する状態の場合は86,280円を上限とする)こととされています(2023(令和5)年10月1日現在)。

通勤災害に対する保険給付(死亡した場合)

遺族給付

遺族給付」とは、従業員が通勤災害によって死亡した場合に、その遺族に対して行われる給付をいいます(労災保険法第22条の4)。

遺族給付には、「遺族年金」または「遺族一時金」があります。

遺族年金

遺族年金を受けることができる遺族は、死亡した者の配偶者、子、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹であって、死亡の当時、その収入によって生計を維持していた者(以下、「受給資格者」といいます)とされています(給付基礎日額の153日分(遺族が1人)から給付基礎日額の245日分(遺族が4人以上))。

ただし、妻以外の者については、死亡の当時、一定の年齢要件(例えば、子の場合は18歳到達後、最初の3月31日までの間にあることなど)または障害要件に該当することが必要です。

遺族一時金

従業員の死亡の当時、遺族年金の受給資格者となる遺族がいない場合には、その他の遺族に対し、原則として、給付基礎日額の1,000日分の「遺族一時金」が支給されます。

葬祭料

葬祭料」とは、従業員が通勤災害によって死亡した場合に、葬祭を行う者に対して行われる給付をいいます。

葬祭料の支給額は、原則として、315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額とされています(労災保険法第22条の5)。

交通事故による通勤災害(第三者行為災害)

第三者行為災害とは

通勤災害が、交通事故など第三者の故意・過失によって生じたときは、従業員は、労災保険による給付を受ける権利をもつと同時に、当該第三者に対する損害賠償請求権を取得することとなります。

このような場合、労災保険による保険給付と、第三者による損害賠償の両方が行われることになると、同一の事由による損害に対して、二重の填補がなされることとなるため、両者間で調整が行われることとなります。

届出

保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じたときは、保険給付を受ける者は、その事実、第三者の氏名・住所(第三者の氏名・住所が分からないときは、その旨)、および被害の状況を、遅滞なく、「第三者行為災害届」によって所轄労働基準監督署長に届け出なければならないとされています(労災保険法施行規則第22条)。