労働災害に対する「災害補償」とは?労働基準法と労災保険法の違いを比較しながら解説

労働基準法に基づく災害補償とは

従業員が業務上負傷し、または疾病にかかることを、一般に「労働災害」といいます。

会社は、労働災害があった場合には、従業員に対し、労働基準法に基づき災害補償を行うことが義務付けられています(労働基準法第8章)。

災害補償の義務は、原則として、労働災害の発生について会社側に過失(落ち度)があるかどうかを問いません。

労働基準法に定められる災害補償には、「療養補償」、「休業補償」、「障害補償」、「遺族補償」、「葬祭料」の5種類があります。

なお、災害補償を受ける権利は、従業員の退職によって変更されることはありません(労働基準法第83条)。

災害補償と労災保険との関係

労災保険による給付

会社が行うべき災害補償を担保するための社会保障として、労働者災害補償保険(以下、「労災保険」といいます)があります。

労災保険は、会社が保険料を負担することにより、労働災害があった場合には労災保険から給付を行うことで、会社の資力に関わらず、従業員への災害補償が確実に履行されることを担保するための保険です。

基本的には、労災保険によって、労働基準法に定める災害補償と同等の給付が行われることをもって、その限りにおいて、会社は災害補償を行う責任を免れる(補償のための費用を直接負担する必要がなくなる)こととなります(労働基準法第84条第1項)。

通勤災害

労災保険では、通勤途中で発生した事故による負傷など、通勤災害についても、保険給付の対象となりますが、通勤災害は労働災害とは異なり、会社には責任が及ばないことから、会社は労働基準法に基づく災害補償を行う義務はありません。

療養補償

労働基準法による療養補償

従業員が業務上負傷し、または疾病にかかった場合には、会社は、「療養補償」として、必要な療養(診察や治療など)を行わせ、または療養にかかった費用(従業員が立て替えた診療費など)を負担しなければならないとされています(労働基準法第75条)。

労災保険による療養補償給付

従業員が業務上負傷し、または疾病にかかった場合には、労災保険から「療養補償給付」が支給されます(労災保険法第13条)。

療養補償給付には、「療養の給付(原則)」と「療養の費用(例外)」があります。

「療養の給付」とは、従業員に対して、労災指定医療機関で医療の現物給付を行うことをいいます。

これにより、従業員は、医療機関の窓口で自己負担をすることなく診察や治療を受けることができ、労災指定医療機関は、診療費を直接、労災保険を管掌する政府に対して請求します。

療養補償給付では、原則として療養の給付(現物給付)によることとし、例外として、やむを得ず労災指定医療機関以外で診療を受けた(この場合、従業員が診療費を一時立て替える必要がある)などの場合に、療養の費用を償還する(現金給付)こととしています。

療養補償給付の範囲は、次のうち、政府が認めるものとされています(労災保険法第13条第2項)。

療養補償給付の範囲

  1. 診察
  2. 薬剤または治療材料の支給
  3. 処置、手術その他の治療
  4. 居宅における療養上の管理、およびその療養に伴う世話その他の看護
  5. 病院または診療所への入院、およびその療養に伴う世話その他の看護
  6. 移送

休業補償

労働基準法による休業補償

会社は、従業員が、業務上の負傷または疾病による療養のため、働くことができないために賃金を受けない場合においては、「休業補償」として、その療養中において平均賃金の100分の60を支払わなければならないとされています(労働基準法第76条)。

「平均賃金」とは、原則として、算定事由発生日の直近3ヵ月間に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で割った金額をいいます(労働基準法第12条)。

また、算定事由発生日とは、業務上の死傷の原因となった事故の発生日、または診断によって疾病の発生が確定した日をいいます(労働基準法施行規則第48条)。

労災保険による休業補償給付

従業員が、業務上の負傷または疾病による療養のため、働くことができないために賃金を受けない場合においては、労災保険から「休業補償給付」が支給されます(労災保険法第14条)。

休業補償給付の額は、原則として、休業1日につき、給付基礎日額の100分の60に相当する額とされています。

「給付基礎日額」とは、原則として、前述の平均賃金に相当する額とされています(労災保険法第8条)。

なお、所定労働時間の一部について働くことができない(一部労働不能)の場合には、給付基礎日額から、一部労働した時間に対して支払われた賃金を控除して得た額に対して、100分の60に相当する額が支給されます。

休業補償給付の待期期間

休業補償給付には、通算3日間の待期期間が設けられており、賃金を受けない日の第4日目から支給されることとなります。

この待期期間は、連続しているか、または断続しているかを問いません。

労災保険による休業補償給付が行われない3日間の待期期間に対しては、会社は、労働基準法に基づき、従業員に対して休業補償を行う必要があります。

傷病補償年金(労災保険のみ)

傷病補償年金」とは、業務上の負傷または疾病により、長期間の療養によっても治癒せず、さらに療養を続ける必要がある場合に、休業1日ごとに補償される休業補償給付に代えて、年金として1年ごとの補償に切り替えて行われる給付をいいます(労災保険法第12条の8第3項)。

傷病補償年金は、療養の開始後1年6ヵ月を経過した日、または同日後において、傷病が治癒しておらず、かつ傷病等級(第1級から第3級)に該当する場合に支給されます。

なお、傷病等級に該当しない場合は、引き続き休業補償給付が支給されます。

傷病補償年金の額は、傷病等級に応じて、次のとおりです。

【傷病補償年金の額】

傷病等級年金額障害の状態
第1級給付基礎日額の313日分常時介護を要する状態
第2級給付基礎日額の277日分随時介護を要する状態
第3級給付基礎日額の245日分常態として労働不能の状態

障害補償

労働基準法による障害補償

従業員が業務上負傷し、または疾病にかかり、その後の療養によって治った場合において、その身体に障害が存するときは、会社は、その障害の程度に応じて、「障害補償」を行わなければならないとされています(労働基準法第77条)。

なお、ここでいう「治った場合(治癒)」とは、完治(労働災害が発生する前と同じ状態まで治ること)を意味するものではなく、症状固定を意味します。

症状固定とは、これ以上治療を続けたとしても、症状の改善が見込まれない状態のことをいいます。

障害補償の額は、障害等級(労働基準法別表第二)ごとに定められる日数に、平均賃金を乗じて得た額とされています。

なお、各等級に応じた身体障害の内容は、労働者災害補償保険法施行規則の別表第一「障害等級表」に定められています。

【障害等級と障害補償の日数】

障害等級障害補償の日数障害等級障害補償の日数
第1級平均賃金の1,340日分第8級平均賃金の450日分
第2級平均賃金の1,190日分第9級平均賃金の350日分
第3級平均賃金の1,050日分第10級平均賃金の270日分
第4級平均賃金の920日分第11級平均賃金の200日分
第5級平均賃金の790日分第12級平均賃金の140日分
第6級平均賃金の670日分第13級平均賃金の90日分
第7級平均賃金の560日分第14級平均賃金の50日分

労災保険による障害補償給付

従業員が業務上負傷し、または疾病にかかり、その後の療養によって治った場合において、その身体に障害が存するときは、労災保険から、その障害の程度に応じて、「障害補償給付」が支給されます(労災保険法第15条第1項)。

障害等級には、その障害の程度に応じて、第1級(最も重い)から第14級(最も軽い)まであります。

障害補償給付は、障害等級第1級から第7級に該当する場合は、「障害補償年金」として支給され、障害等級第8級から第14級に該当する場合は、「障害補償一時金」として支給されます。

年金として支給される場合には、障害が残り続ける限り、継続して支給されることに対して、一時金として支給される場合には、一度の支給をもって補償が終了する点に違いがあります。

障害補償年金の額(年金として支給)

障害等級障害補償年金の額
第1級給付基礎日額の313日分
第2級給付基礎日額の277日分
第3級給付基礎日額の245日分
第4級給付基礎日額の213日分
第5級給付基礎日額の184日分
第6級給付基礎日額の156日分
第7級給付基礎日額の131日分

障害補償一時金の額(一時金として支給)

障害等級障害補償一時金の額
第8級給付基礎日額の503日分
第9級給付基礎日額の391日分
第10級給付基礎日額の302日分
第11級給付基礎日額の223日分
第12級給付基礎日額の156日分
第13級給付基礎日額の101日分
第14級給付基礎日額の56日分

介護補償給付(労災保険のみ)

介護補償給付」は、障害補償年金または傷病補償年金を受ける権利を有する者が、その障害(障害等級または傷病等級が第2級以上の一定の障害)により、常時または随時介護を要する状態にあり、かつ、現に常時または随時介護を受けているときに、当該介護を受けている間にわたって支給されます(労災保険法第12条の8第4項)。

ただし、障害者支援施設や病院などに入所・入院している期間は支給されません。

介護補償給付の支給額は、次のとおりです(2023(令和5)年4月1日現在)。

介護補償給付の支給額

  • 月単位で、原則として実費を支給する(常時介護を要する状態の場合は172,550円、随時介護を要する状態の場合は86,280円を上限とする)
  • 親族などによる介護を受けた日がある月で、介護費用の実費が最低保障額(常時介護を要する状態の場合は77,890円、随時介護を要する状態の場合は38,900円)未満のときは、当該最低保障額を支給する

遺族補償

労働基準法による遺族補償

従業員が業務上死亡した場合には、会社は、その遺族に対して、平均賃金の1,000日分の「遺族補償」を行わなければならないとされています(労働基準法第79条)。

労災保険法による遺族補償給付

従業員が業務上死亡した場合には、その遺族に対して、労災保険から「遺族補償給付」が支給されます(労災保険法第16条)。

遺族補償給付には、「遺族補償年金」または「遺族補償一時金」があります。

遺族補償年金

遺族補償年金を受けることができる遺族は、死亡した者の配偶者、子、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹であって、死亡の当時、その収入によって生計を維持していた者(以下、「受給資格者」といいます)とされています。

ただし、妻以外の者については、死亡の当時、一定の年齢要件(例えば、子の場合は18歳到達後、最初の3月31日までの間にあることなど)または障害要件に該当することが必要です。

また、遺族の身分に応じて受給順位が定められており、受給資格者のうち最先順位の者が、「受給権者」となり、遺族補償年金を受給します。

遺族補償年金の支給額は、受給権者と、その受給権者と生計を同じくしている受給資格者の合計数(下表では、「遺族の数」といいます)に応じて、次のとおりです。

遺族の数遺族補償年金の額
1人給付基礎日額の153日分
2人給付基礎日額の201日分
3人給付基礎日額の223日分
4人以上給付基礎日額の245日分

遺族補償一時金

従業員の死亡の当時、遺族補償年金の受給資格者となる遺族がいない場合には、その他の遺族に対し、「遺族補償一時金」として、原則として給付基礎日額の1,000日分が支給されます。

葬祭料

労働基準法による葬祭料

従業員が業務上死亡した場合には、会社は、葬祭を行う者に対して、平均賃金の60日分の「葬祭料」を支払わなければならないとされています(労働基準法第80条)。

労災保険法による葬祭料

従業員が業務上死亡した場合には、労災保険から、葬祭を行う者に対して、「葬祭料」が支給されます。

葬祭料の支給額は、原則として、315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額とされています(労災保険法第17条)。

比較表

労働基準法による災害補償と、労災保険法による給付を比較すると、次のとおりです。

補償対象労働基準法労災保険法
業務上の負傷または疾病により療養する場合【療養給付】
必要な療養、または必要な療養の費用
【療養補償給付】
療養の給付(原則)、または療養の費用(例外)
療養のために休業する場合 (日ごとの補償)【休業補償】
休業1日につき平均賃金の100分の60(休業1日目から)
【休業補償給付】
休業1日につき給付基礎日額の100分の60(休業4日目から)
療養のために休業する場合 (年ごとの補償)なし【傷病補償年金】
療養の開始後1年6ヵ月を経過した日(または同日後)において、傷病が治癒しておらず、傷病等級(第1級から第3級)に該当する場合に、傷病等級に応じて、給付基礎日額の313日分(第1級)から245日分(第3級)
業務上の負傷または疾病により障害が残った場合【障害補償】
障害の程度に応じて、平均賃金の1,340日分(第1級)から50日分(第14級)
【障害補償給付】
[障害補償年金]
障害等級第1級から第7級に該当する場合、給付基礎日額の313日分(第1級)から131日分(第7級)
[障害補償一時金]
障害等級第8級から第14級に該当する場合、給付基礎日額の503日分(第8級)から56日分(第14級)
介護を要する場合なし【介護補償給付】
障害補償年金または傷病補償年金を受ける権利を有する者が、常時または随時介護を受けているとき、原則として介護に要する実費支給(上限は172,550円(常時介護)または86,280円(随時介護))
業務上死亡した場合【遺族補償】
遺族に対して、平均賃金の1,000日分
【遺族補償年金】
遺族の数に応じて、給付基礎日額の153日分(1人)から245日分(4人以上)
業務上死亡した場合【葬祭料】
葬祭を行う者に対して、平均賃金の60日分
【葬祭料】
葬祭を行う者に対して、315,000円+給付基礎日額の30日分

分割補償(労働基準法)

会社は、支払能力があることを証明し、補償を受けるべき従業員の同意を得た場合には、障害補償または遺族補償について、分割して6年にわたり毎年補償することが認められます(労働基準法第82条)。

打切補償(労働基準法)

業務上の負傷または疾病により、療養補償を受けている従業員が、その療養開始から3年を経過しても傷病が治らない場合には、会社から平均賃金の1,200日分を支払うことによって、その後の補償を打ち切ることが認められており、これを「打切補償」といいます(労働基準法第81条)。

なお、会社が打切補償を支払った場合には、労働基準法に定める解雇制限が適用されなくなるという効果があります(労働基準法第19条第1項)。

解雇制限と打切補償との関係については、次の記事をご覧ください。

業務上の負傷・疾病(労災)による解雇制限と打切補償について労働基準法を解説

従業員に故意または重大な過失がある場合

労働基準法

従業員が重大な過失によって業務上負傷し、または疾病にかかり、かつその過失について所轄労働基準監督署長の認定を受けた場合においては、会社は休業補償または障害補償を行わなくてもよいとされています(労働基準法第78条)。

なお、重大な過失がある場合の補償責任の免除は、あくまで休業補償または障害補償についてのみ認められており、療養補償、遺族補償、葬祭料を行う義務について免れることはできません。

労災保険法

全部不支給

従業員が、故意に負傷、疾病、障害、死亡またはその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わないとされています(労災保険法第第12条の2の2第1項)。

全部または一部の支給制限

従業員が、故意の犯罪行為もしくは重大な過失により、負傷、疾病、障害、死亡もしくはこれらの原因となった事故を生じさせ、または負傷、疾病、障害の程度を増進させ、もしくはその回復を妨げたときは、政府は、保険給付の全部または一部を行わないことができるとされています(労災保険法第12条の2の2第2項前段)。

また、正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害の程度を増進させ、またはその回復を妨げたときも同様とされています(労災保険法第12条の2の2第2項後段)。