従業員が逮捕された場合の会社の基本対応(初動・給与・懲戒処分・解雇など)について解説
- 1. はじめに
- 2. 逮捕後に行われる手続
- 2.1.1. 逮捕段階
- 2.1.2. 勾留
- 2.1.3. 起訴
- 2.1.4. 保釈請求
- 2.1.5. 刑事裁判
- 3. 会社の初動対応(情報収集・情報管理)
- 3.1. 情報収集
- 3.1.1. 情報収集する内容
- 3.1.2. 情報収集の手段
- 3.2. 社内の情報管理体制の構築
- 4. 逮捕・勾留期間中の賃金(給与)・休職などの取り扱い
- 4.1. 従業員に対する賃金(給与)の支払い
- 4.2. 有給休暇の取得
- 4.3. 休職(起訴休職)
- 5. 懲戒処分(懲戒解雇など)の可否
- 5.1. 業務に関連する逮捕の場合
- 5.2. 業務に関連しない逮捕の場合(私生活上の犯罪)
- 5.3. 懲戒処分をする時期
- 6. 報道機関への対応
はじめに
従業員が、暴行や痴漢の容疑などによって逮捕されることにより、会社に出勤できず、業務を行うことができなくなる場合があります。
このような場合、会社は、当該従業員について、どのように対応すべきか判断に迷うことがあります。
この記事では、従業員が逮捕された場合における、会社の基本的な対応について解説します。
逮捕後に行われる手続
逮捕後においては、基本的に、次のとおり手続が進行します(別件での再逮捕・再勾留がある場合を除く)。
まずは、従業員が逮捕に伴い身柄拘束される期間と、当該従業員の業務内容とを踏まえて、逮捕によって、業務にどの程度の支障が生じるのかを予測することが必要となります。
逮捕段階
警察による逮捕後、被疑者は、48時間以内に警察から検察官に送致(送検)されます(送致されない場合は釈放)。
送致後、検察官は、24時間以内に勾留請求をするかどうかを判断します(勾留請求されない場合は釈放)。
勾留
「勾留」とは、逮捕された被疑者の逃亡や証拠の隠滅を防ぐために、刑事施設(拘置所など)に留置して身柄を拘束することをいいます。
検察官の勾留請求に対して、裁判官が勾留すべきと判断した場合には、10日間勾留されることとなります(身元引受をした場合を除く)。
起訴
捜査機関は、勾留中の10日間(さらに最大10日間の延長が可能)に捜査を行い、起訴が可能となれば、10日経過時に起訴され、起訴後も勾留が継続することになります。
一方、捜査の結果、不起訴が相当であると判断されると、釈放されます。
保釈請求
起訴後は、保釈請求が可能となります。
「保釈」とは、逃亡や証拠の隠滅のおそれがないなどの場合に、裁判所の許可によって勾留を解くことをいいます。
保釈請求をするには、身元引受人や保釈保証金を納付する必要があります。
刑事裁判
比較的簡易な自白事件の場合には、起訴日からおよそ1ヵ月後に第1回の公判期日が設定されます。
さらに、第1回の公判期日からおよそ1~2週間後に判決期日が設定され、判決をもって刑事手続が終了します(控訴の申立てがなされた場合を除く)。
会社の初動対応(情報収集・情報管理)
従業員が逮捕された直後における会社の初動対応としては、基本的に情報の収集、および情報の管理体制を構築することとなります。
情報収集
情報収集する内容
初動時において会社が把握すべき情報は、例えば次のとおりです。
初動時に把握すべき情報(例)
- 逮捕された日時
- 被疑罪名
- 事件の概要
- 従業員の認否の状況
- 勾留場所(留置場、拘置所の場所)
- 業務との関連性(取引先や顧客が関与しているかどうか)
- 弁護士の選任の有無(選任している場合には、弁護士の氏名・事務所名・連絡先など)
- 面会は可能か(接見禁止の処分の有無)
- 今後の刑事手続のスケジュール(見通し)
- 報道機関による報道の有無、可能性
情報収集の手段
逮捕直後において、被疑者(従業員)と直接コンタクトを取ることができない段階では、警察や家族などからの聴取により、上記の情報を把握します。
その際、すでに弁護士を選任している場合には、弁護士の氏名や連絡先などを確認し、上記の情報を把握します。
ただし、弁護士は被疑者(従業員)との間で守秘義務を負っていることから、本人の承諾がない限り、情報を伝えることができない立場にあることに留意する必要があります。
被疑者(従業員)から直接情報を得るためには、会社担当者が勾留場所に赴き、接見をする必要があります。
ただし、逮捕された者について、証拠隠滅のおそれがあることなどにより、「接見禁止の処分」が付されている場合があり、この場合には、弁護士を通じてしか接見をすることができませんので、会社の顧問弁護士などに接見を依頼する必要があります。
社内の情報管理体制の構築
従業員が逮捕された場合であっても、その段階で有罪が確定するものではありませんので、「逮捕=犯罪者」と決めつけて対応することは避けるべきです。
したがって、会社は、逮捕された従業員を犯罪者扱いするような対応を行うべきではなく、逮捕に関する情報については、従業員のプライバシーに十分に配慮し、秘密情報として厳重に管理する必要があります。
会社が必要以上に逮捕情報を伝達し、または漏洩することにより、プライバシーの侵害として会社に損害賠償責任が生じる可能性があります(従業員が刑事事件について被疑者とされたという事実は、その者の名誉・信用に関わることから、不用意に当該事実を公表した場合には精神的苦痛の賠償を求めることができる旨を示した裁判例として、最高裁判所平成6年2月8日判決)。
会社は、まずは社内で対応にあたるチームを組織するなどして、担当者を限定することで、社内外で逮捕に関する噂が広がることなどのないように情報管理体制を構築する必要があります。
また、社内外(社員、取引先、顧客など)の者に対しては、初動の段階では、「一身上の都合により休職している」といった程度の説明に留めておくことが望ましいと考えます(重大犯罪によりすでに報道された場合などを除く)。
逮捕・勾留期間中の賃金(給与)・休職などの取り扱い
従業員に対する賃金(給与)の支払い
従業員が逮捕・勾留されている期間中の賃金(給与)は、現実に労務提供がなされていない以上、会社は支払う義務はありません(ノーワーク・ノーペイの原則)。
したがって、逮捕・勾留に伴う期間は、基本的に欠勤扱いとし、無給として取り扱うこととなります。
有給休暇の取得
逮捕・勾留期間中において、従業員から、または代理人弁護士を通じて、有給休暇を取得したい旨の申し出があることがあります。
逮捕・勾留されているからといって、有給休暇にかかる権利に制限が生じるものではありませんので、会社は、申し出があった日以降について、有給休暇を取得したものとして取り扱う必要があります。
ただし、申し出があった日より前(逮捕時など)に遡って、有給休暇の取得を認める必要はありません。
休職(起訴休職)
従業員が起訴された場合には、休職(起訴休職)を命じることを検討する必要があります。
刑事事件では、「無罪推定の原則」(有罪と宣告されるまでは、無罪と推定されるとする原則)が働くため、起訴された段階では、直ちに犯罪者として処罰することはできません。
起訴休職の制度は、従業員が起訴された場合に、判決が確定するまでの間に懲戒処分をなし得ないことを前提として、暫定的に従業員が起訴されたために業務に支障が生じることを理由に休職を命じる制度です。
起訴休職の期間について制限はありませんが、起訴休職の趣旨に照らして、最大でも刑事事件の判決が確定するまでと解されます。
刑事事件の判決が確定した後は、当該判決の内容に照らして妥当な懲戒処分を検討することになります。
ただし、起訴休職は、どのような場合にも当然に認められるものではなく、裁判例により、次の要件を満たす必要があると解されます(明治学園事件/福岡高等裁判所平成14年12月13日判決)。
起訴休職の要件(裁判例)
- 起訴された従業員が引き続き就労することにより、会社の対外的信用が失墜し、または職場秩序の維持に障害が生ずるおそれがあること
- 当該従業員の労務の継続的な給付や、企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあること
- 休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められた場合に行われる可能性のある懲役処分の内容と比較して、明らかに均衡を欠く場合ではないこと
懲戒処分(懲戒解雇など)の可否
従業員が逮捕されることにより、会社の業務に支障が生じ、職場の秩序を乱した場合には、会社は従業員に対する懲戒処分を検討する必要があります。
ただし、懲戒処分については、逮捕が業務に関連するものであるか、業務に関連しない私生活上のものであるかによって、取り扱いが異なります。
業務に関連する逮捕の場合
従業員が業務に関連して犯罪行為をした場合(業務上の横領、他の従業員への暴行など)には、その行為が就業規則に定める懲戒処分の事由に該当する場合には、就業規則に基づき懲戒処分をすることができます。
また、懲戒解雇については、懲戒解雇事由に該当する事実が認められる場合において、犯罪行為が会社の事業活動や社会的評価に相当な悪影響を与え、それが戒告、減給、降格などでは済まないほど重大であるときは、懲戒解雇が相当となる場合があります。
業務に関連しない逮捕の場合(私生活上の犯罪)
従業員が業務に関連しない私生活上の犯罪行為をした場合(窃盗、痴漢など)には、従業員の私生活上の自由が尊重され、その犯罪が、会社の事業活動や社会的評価に相当な悪影響を与えるおそれがあると客観的に評価されない限り、懲戒処分をすることはできないと解されています(日本鋼菅事件/最高裁判所昭和49年3月15日判決)。
したがって、私生活上の犯罪行為について懲戒処分をする場合には、本人の認否、犯罪の内容、これまでの前科・前歴・懲戒処分歴、会社の業務への支障の程度などを総合的に勘案し、慎重に検討する必要があります。
なお、懲戒解雇を有効と判断した裁判例として、過去に電車内の痴漢容疑で2度の逮捕歴があった従業員について、再び痴漢容疑で逮捕・勾留されたことから、会社の担当者が3回にわたり従業員に面会し、本人が痴漢容疑を認めていることを確認したうえで懲戒解雇をした事案があります(小田急電鉄事件/東京高等裁判所平成15年12月11日判決)。
懲戒処分をする時期
前述のとおり、刑事事件では、無罪推定の原則が働くため、起訴された段階で直ちに懲戒処分をすることは妥当ではなく、基本的には、懲戒処分は刑事事件の判決が確定した後において、判決の内容を踏まえて量刑を判断する必要があります。
報道機関への対応
従業員が逮捕され、その事実が報道された場合には、会社は報道機関への対応が必要となる場合があります。
また、報道機関による取材が行われる場合、無関係な(事情を知らない)従業員が取材に応じると、憶測に基づく事実と異なる回答をするおそれがあります。
会社は、報道機関への対応について、窓口となる部署・担当者を設置し、事実と異なる発言や失言をしないよう、弁護士などの監修のもと、想定問答を作成するなどの準備をする必要があります。