【労働基準法】「労働時間」の該当性について、行政通達・裁判例をもとに一挙に解説

はじめに

労働基準法では、労働者の労働時間について、法定労働時間制を土台として、時間外労働を行う場合の手続(36協定)や、割増賃金の支払い義務を定めています。

したがって、労務管理において、労働時間を適切に管理することは、法令遵守の観点から最重要といっても過言ではありません。

しかし、「ある時間が、はたして労働時間に該当するかどうか」については、法律に明記されていないことから、行政通達や裁判例などをもとに、個別に労働時間の該当性を判断する必要があります

本稿では、労働基準法の適用における労働時間の該当性について、行政通達・裁判例をもとに、一挙に解説します。

労働時間の定義

「労働時間」の定義について、労働基準法では定められていませんが、裁判例によると、「労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより、客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」と示されています(三菱重工業長崎造船所事件/最高裁判所平成12年3月9日判決)。

ある時間が労働時間に該当するかどうかは、就業規則等の内容により決定されるものではなく、たとえ就業規則等では、労働時間に該当しないと定められていたとしても、客観的にみて、その時間が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価される場合には、その時間は労働時間に該当します。

なお、使用者の指揮命令は、明示のものだけでなく、黙示の指示(黙認)を含みます(昭和25年9月14日基収2983号)。

就業に必要な準備時間

就業に必要な準備時間として、次のような時間がありますが、基本的には、当該準備時間は、労働時間に該当するものと解されます(平成29年1月20日基発0120第3号)。

【準備時間の例】

  • 着用を義務付けられた所定の服装に着替える更衣時間(作業服、保護具の着脱など)
  • 業務終了後に行う、業務に関連した後始末(清掃、機械点検、引継ぎなど)

裁判例では、作業服や保護具などの装着を義務付けられ、また、これを事業所内の所定の更衣所において行うものとされていた事案について、当該装着時間と、更衣所から準備体操場までの移動時間は、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるとして、労働時間に該当すると判断しました(三菱重工業長崎造船所事件/最高裁判所平成12年3月9日判決)。

一方で、更衣時間について、制服や作業着の着用が任意である場合、または自宅からの着用を認めているような場合には、労働時間に該当しないものと解されます(厚生労働省『労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い』)。

手待時間

「手待時間」とは、一般に、作業には従事していないものの、使用者から待機を義務付けられている時間のことをいい、例えば、次のような時間があります。

【手待時間の例】

  • 接客業(小売店、飲食店など)において、来客対応のために待機をしている時間
  • タクシーの運転者が、駅前などで乗客を待っている時間
  • トラックの運転者が、荷積み先で荷物を待っている時間

手待時間は、作業に従事していないことから、休憩時間との分別が困難ですが、基本的に、使用者の指示があった場合には、即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機などをしている時間は、休憩時間ではなく、労働時間に該当するものと解されます(平成29年1月20日基発0120第3号)。

裁判例では、飲食店において、「客がいない時などを見計らって、適宜休憩してよい」との約定があったとしても、現に客が来店した際には、即時その業務に従事しなければならなかった事情からすると、休憩時間について、完全に労働から離れることを保障する旨の約定をしたものといえず、当該手待時間は、労働時間に該当すると判断しました(すし処「杉」事件/大阪地方裁判所昭和56年3月24日判決)。

仮眠時間

「仮眠時間」とは、一般に、夜間の勤務において、仮眠室などで睡眠をとることが認められているものの、緊急事態などが発生した場合には、直ちに対応して業務を行うことが義務付けられている時間をいいます。

裁判例では、仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて、初めて労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができることから、仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には、労働基準法上の労働時間に該当すると判断しました(大星ビル管理事件/最高裁判所平成14年2月28日判決)。

一方で、警備員の仮眠時間について、当該時間中に実作業への従事の必要が生じることが皆無に等しいなど、実質的に警備員として相当な対応をすべき義務付けがなされていないと認めることができるような事情がある場合には、労働時間に該当しないと判断した裁判例があります(ビル代行事件/東京高等裁判所平成17年7月20日判決)。

また、週1回、交代で、夜間の緊急対応当番を決めているものの、当番の労働者は社用の携帯電話を持って帰宅した後は、自由に過ごすことが認められている場合には、当番日における待機時間は、労働時間に該当しないものと解されます(厚生労働省『労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い』)。

昼休み中の電話・来客当番

昼休みなど、休憩時間中において、労働者が電話対応や来客対応のための当番として待機する時間は、通常の業務と解されることから、当該時間は休憩時間ではなく、労働時間に該当するものと解されます(昭和23年4月7日基収1196号)。

教育・研修の時間

教育・研修時間について、労働時間の該当性を整理すると、次のとおりです。

労働時間に該当する教育・研修の時間

労働時間に該当する教育・研修の時間

  • 強制参加の教育・研修(参加することが業務上義務付けられている研修・教育訓練の受講、または使用者の指示により業務に必要な学習などを行った時間)(※1)
  • 強制参加の社外研修(使用者が指定する社外研修について、休日に参加するよう指示され、後日レポートの提出も課されるなど、実質的な業務の指示により参加する研修)(※2)
  • 安全衛生教育の時間(法律上、事業者の責任において実施されなければならないもの)(※3)
  • 安全・衛生委員会の会議の開催時間(※3)
  • 消防法に基づく教育(※4)
  • 見習看護師の受講時間(使用者が受講を義務付けている場合)(※5)

(※1)平成29年1月20日基発0120第3号

(※2)厚生労働省『労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い』

(※3)昭和47年9月18日基発602号

(※4)昭和23年10月23日基収3141号

(※5)昭和33年10月10日基収6358号

労働時間に該当しない教育・研修の時間

労働時間に該当しない教育・研修の時間

  • 任意参加の教育・研修(労働者の出席が義務付けられておらず、欠席しても、就業規則上の制裁など、不利益に取り扱われないもの)(※1)
  • 就業後の勉強会(就業後の夜間に行うため、使用者が弁当の提供はしているものの、参加の強制はせず、また、参加しないことについて不利益な取り扱いをしない勉強会)(※2)
  • 就業後の自主訓練(労働者が、会社の設備を無償で使用することの許可を得た上で、自ら申し出て、一人でまたは先輩社員に依頼し、使用者からの指揮命令を受けることなく勤務時間外に行う訓練)(※2)

(※1)八尾自動車興産事件/大阪地方裁判所昭和58年2月14日判決、昭和26年1月20日基収2875号、平成11年3月31日基発168号

(※2)厚生労働省『労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い』

出張に伴う移動時間

出張に伴う移動時間について、労働時間の該当性を整理すると、次のとおりです。

労働時間に該当する移動時間

労働時間に該当する移動時間

  • 移動中における物品の監視など、使用者から別段の指示がある場合(※1)
  • 上司と同行し、移動中に仕事の打ち合わせなどを行う場合
  • 出張前または出張後において、会社に立ち寄った後の移動時間(現場へ向かう移動の前に会社に立ち寄ることを、実質的に指導されていたものと評価することができる場合)(※2)

(※1)昭和33年2月13日基発90号

(※2)総設事件/東京地方裁判所平成20年2月22日判決

労働時間に該当しない移動時間

労働時間に該当しない移動時間

  • 出張先への往復に要した時間(※1)
  • 前泊のための休日の移動時間(遠方に出張するため、就業日の前日に当たる休日に、自宅から直接出張先に移動して前泊する場合)(※2)
  • 出張前または出張後において、会社に立ち寄った後の移動時間(会社に立ち寄ることについて、労働者自身で決めたものであり、使用者からの指示がないもの)(※3)

(※1)日本工業検査事件/横浜地方裁判所昭和49年1月26日決定

(※2)厚生労働省『労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い』

(※3)阿由葉工務店事件/東京地方裁判所平成14年11月15日判決

その他の時間

健康診断の受診時間

一般健康診断は、一般的な健康の確保をはかることを目的として、事業者にその実施義務を課したものであり、業務遂行との関連において行なわれるものではないことから、その受診のために要した時間については、労働時間に該当するものではないと解されます。

一方、特殊健康診断(特定の有害な業務に従事する労働者について行う健康診断)は、事業の遂行に伴って、法令上の要請から実施しなければならない性質のものであり、所定労働時間内に行なわれることを原則とし、かつ、特殊健康診断の実施に要する時間は、労働時間に該当するものと解されます(昭和47年9月18日基発602号)。

交通混雑の回避、駐車スペースの確保のための早出出勤

交通混雑の回避や、会社の専用駐車場の駐車スペースの確保などの理由により、労働者が自発的に始業時刻より前に会社に到着し、始業時刻までの間、業務に従事しておらず、業務の指示も受けていないような場合には、当該時間は労働時間に該当しないものと解されます(厚生労働省『労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い』)。

福利厚生活動への参加

福利厚生活動の一環として、就業時間外において、任意参加の趣味の会の活動に参加した時間は、労働時間に該当しないものと解されます(八尾自動車興産事件/大阪地方裁判所昭和58年2月14日判決)。

懇親会への参加

会社が主催する懇親会など、社内行事への参加が労働時間に該当するかどうかについて、裁判所は、懇親会などの社内行事を行なうことが、事業運営上緊要なものと認められ、かつ、労働者に対して、懇親会などの社内行事への参加が強制されている場合に限り、社内行事に参加した時間が労働時間に該当すると示しています(福井労基署長事件/名古屋高等裁判所昭和58年9月21日判決)。

したがって、単に社員同士の懇親を深めることを目的とした、任意参加の社内行事は労働時間に該当しないものと解されます。

取引先の接待

裁判例では、ゴルフコンペへの出席が労働時間に該当するかどうかについて争われた事案について、裁判所は、ゴルフコンペへの出席が業務の遂行と認められるためには、その出席が、単に事業主の通常の命令によってなされ、あるいは、出席費用が事業主より出張旅費として支払われる等の事情があるのみでは足りず、その出席が、事業運営上緊要なものと認められ、かつ事業主の積極的特命によってなされたと認められるものでなければならないと判断しました(榛麓会ゴルフコンペ事件/前橋地方裁判所昭和50年6月24日判決)。