年次有給休暇を取得(消化)する順序は、前年度分(繰越分)または今年度分(当年度分)のどちらから?事例をもとに解説

はじめに

年次有給休暇は、原則として、従業員が継続して勤務するごとに、毎年1回(初回は入社日から6ヵ月後)、法律で定められた日数が与えられます。

そして、与えられた年次有給休暇のうち、取得しなかった残りの日数については、翌年度に限り、繰り越すことが認められます。

したがって、年次有給休暇は、前年度分(繰越分)の年次有給休暇と、今年度分(当年度分)の年次有給休暇が、権利として併存することがあります。

この場合において、従業員が年次有給休暇を取得(消化)した場合、その年次有給休暇は、前年度分から取得したものとするのか、今年度分から取得したものとするのかが問題になることがあり、年次有給休暇を、前年度分または今年度分のどちらから取得したものとして取り扱うかによって、従業員にとって有利または不利になることがあります

本稿では、年次有給休暇の取得順序について解説します。

年次有給休暇の繰り越しと、時効との関係

年次有給休暇とは

「年次有給休暇」とは、労働契約上、本来は従業員が労働義務を負う日(就業日)であるものの、従業員の法律上の権利として、賃金を保障されたうえで休暇を取得する(=労働義務を免除される)ことを認める制度をいいます。

年次有給休暇は、法律上、従業員が雇入れの日(入社日)から6ヵ月間(次年度以降は1年間)継続して勤務し、かつ、その期間中の全労働日の8割以上を出勤することによって、下表の日数が与えられます(労働基準法第39条第1項・第2項)。

【年次有給休暇の付与日数】

勤続年数6ヵ月1年6ヵ月2年6ヵ月3年6ヵ月4年6ヵ月5年6ヵ月6年6ヵ月以降
付与日数10日11日12日14日16日18日20日

年次有給休暇の繰り越し

従業員が、与えられた年次有給休暇の日数について、次の付与日までにすべて取得することができなかった場合、未取得(未消化)の年次有給休暇は、その翌年度に繰り越すことが認められます。

例えば、4月1日に入社した従業員は、原則として、その6ヵ月後の10月1日に、10日の年次有給休暇が与えられます。

仮に、当該従業員が、次の年次有給休暇の付与日である翌年の10月1日までに、10日の年次有給休暇のうち7日を取得した場合には、残り3日(10日-7日)の年次有給休暇を翌年度に繰り越すことができ、翌年度に新たに与えられる11日の年次有給休暇と合わせて、計14日(3日+11日)の年次有給休暇を取得する権利をもつことになります。

年次有給休暇の時効

年次有給休暇を取得する権利は、法律上、「2年間」の時効によって消滅します(労働基準法第115条)。

労働基準法第115条(時効)

この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から2年間行わない場合においては、時効によって消滅する。

2年間の時効があることにより、年次有給休暇の繰り越しは、原則として、翌年度に限り、認められることになります(昭和22年12月15日基発第501号)。

年次有給休暇の繰越(昭和22年12月15日基発第501号)

:有給休暇をその年度内に全部をとらなかった場合、残りの休暇日数は権利放棄とみて差支えないか、または次年度に繰越して取り得るものであるか。

:法第115条の規定により2年の消滅時効が認められる。

そして、行政通達によると、例えば、会社が就業規則などによって、「年次有給休暇は翌年度に繰り越してはならない」などの規定を定めたとしても、従業員の年次有給休暇の権利は消滅しないと解されています(昭和23年5月5日基発686号)。

なお、法律の定めに関わらず、会社が独自の制度として、年次有給休暇を2年間で消滅させることなく、さらに翌年度以降に繰り越すことができる制度や、時効消滅した年次有給休暇を積み立てておくことができる制度などを設けることは、従業員にとって法律よりも有利な取り扱いであることから、問題ありません。

年次有給休暇を取得する順序

前述のとおり、年次有給休暇は、前年度分(繰越分)の年次有給休暇と、今年度分(当年度分)の年次有給休暇が、権利として併存することがあります。

従業員が年次有給休暇を取得した場合、その年次有給休暇は、前年度分から取得したものとするのか、または今年度分から取得したものとするのかという、年次有給休暇を取得する順序については、法律による定めがありません

法律による定めがない以上、年次有給休暇の取得順序は、就業規則や雇用契約書において定められた、労働契約の内容に従って決定されることとなります。

取得順序に関する定めがある場合

年次有給休暇の取得順序について、就業規則や雇用契約書において、前年度分または今年度分のどちらから取得したものとして取り扱うのかが明記されている場合には、その順序に従って運用することとなります。

ただし、実務上は、年次有給休暇の取得順序について就業規則に明記されていないことも多く、特に意識をせずに、年次有給休暇を「前年度分から取得したもの」と取り扱って運用していることも多いといえます。

取得順序に関する定めがない場合

年次有給休暇の取得順序に関する定めがない場合には、原則として、年次有給休暇は「前年度分(繰越分)」から行使されるものと解釈すべきとされています(厚生労働省労働基準局編/平成22年版労働基準法(上))。

ただし、これはあくまで法律の解釈に過ぎないため、法律上の強制力はありません。

基本的には、前年度分から取得しているものと解釈することが自然であり、従業員の意向にも沿うものであると考えます。

取得順序(消化の順番)による違い(事例)

ここからは、年次有給休暇の取得順序によって、具体的にどのような違いが生ずるのか、具体例で説明します。

事例

事例

【年次有給休暇の付与日数】

  • 入社日から6ヵ月が経過した日…10日付与(①)
  • 入社日から1年6ヵ月が経過した日…11日付与(②)
  • 入社日から2年6ヵ月が経過した日…12日付与(③)

【事例】

②から③の間に、3日の年次有給休暇を取得したとする。

入社日から1年6ヵ月が経過した日(②)の時点において、①で付与された年次有給休暇(10日)のうち未取得の日数は、翌年度に繰り越すことができますので、新たに②で付与される年次有給休暇(11日)と合わせて、最大で、計21日(①+②)の年次有給休暇をもつことになります。

「前年度分(繰越分)」から取得する場合

入社日から1年6ヵ月経過日(②)以降における年次有給休暇

事例として、入社日から1年6ヵ月が経過した日(②)以降において、3日の年次有給休暇を取得したとします。

このとき、①で付与された、「前年度分(繰越分)」の年次有給休暇である10日から、3日の年次有給休暇が差し引かれます

したがって、年次有給休暇について、①の残日数は、7日(10日-3日)となり、これに②の11日を加えた、計18日(①7日+②11日)が、従業員がその後取得できる年次有給休暇の日数となります。

入社日から2年6ヵ月経過日(③)時点における年次有給休暇

入社日から2年6ヵ月経過日(③)の時点では、新たに12日の年次有給休暇が与えられると同時に、①で付与された年次有給休暇(残り7日)は、2年の時効が到来することによって、権利が消滅することとなります。

一方で、②で付与された年次有給休暇については、まだ1日も取得されていませんので、そのまま翌年度に繰り越されます。

結果として、③の時点において従業員がその後取得できる年次有給休暇の日数は、計23日(②11日+③12日)ということになります。

「今年度分(当年度分)」から取得する場合

入社日から1年6ヵ月経過日(②)以降における年次有給休暇

事例として、入社日から1年6ヵ月が経過した日(②)以降において、3日の年次有給休暇を取得したとします。

このとき、②で付与された、「今年度分(当年度分)」の年次有給休暇である11日(②)から、3日の年次有給休暇が差し引かれます

したがって、年次有給休暇について、②の残日数は、8日(11日-3日)となり、これに①の10日を加えた、計18日(①10日+②8日)が、従業員がその後取得できる年次有給休暇の日数となります。

入社日から2年6ヵ月経過日(③)時点における年次有給休暇

入社日から2年6ヵ月経過日(③)の時点では、新たに12日の年次有給休暇が与えられると同時に、①で付与された年次有給休暇(10日)は、1日も取得されることのないまま、2年の時効が到来することによって、権利が消滅することとなります。

一方で、②で付与された年次有給休暇については、すでに3日が取得されていることから、残り8日(11日-3日)が翌年度(③)に繰り越されることとなります。

結果として、③の時点において従業員がその後取得できる年次有給休暇の日数は、20日(②8日+③12日)ということになります。

入社日からの勤務年数付与日数取得日数前年度分(繰越分)から取得した場合の残日数今年度分から取得した場合の残日数
6ヵ月10日(①)-(※)
1年6ヵ月11日(②)3日18日(①7日+②11日)18日(①10日+②8日)
2年6ヵ月12日(③) (①は時効消滅)23日(②11日+③12日)20日(②8日+③12日)

(※)厳密には、年次有給休暇の取得義務(年5日)があることから、取得日数が0日ということはあり得ませんが、ここでは事例を単純にするために、取得義務についてはあえて省略しています。

年次有給休暇の取得義務については、次の記事をご覧ください。

有給休暇の取得義務(年5日の時季指定)とは?取得期間・対象者などを解説

どちらから取得する方が従業員にとって有利・不利か

結論として、今年度分から取得する方が、当年度分の年次有給休暇をすべて取得してから、初めて前年度分の年次有給休暇が取得されることになるため、従業員にとって年次有給休暇の日数が少なくなりやすい(不利になりやすい)傾向があります(ただし、毎年与えられるすべての年次有給休暇を取得する場合には、特に影響はありません)。

勤続年数の長い従業員ほど、与えられる年次有給休暇の日数が多くなりますので、その分、今年度分の年次有給休暇をすべて取得することは難しくなります。

年次有給休暇の取得を抑制する観点からは、年次有給休暇を今年度から取得する方が、会社にとって有利になる傾向があります。

一方で、前年度分から年次有給休暇を取得する運用による方が、従業員の利益に配慮する観点からは、従業員の満足度を高めることにつながるといえます。

就業規則の規定例(記載例)(今年度分から消化する場合)

年次有給休暇の取得順序について、特に今年度分から消化する場合には、就業規則や雇用契約書などにおいてルールを明記し、従業員の合意を得ておくことが望ましいといえます。

ここでは、今年度の年次有給休暇の消化を先に行う場合の、就業規則の規定例(記載例)をご紹介します。

就業規則の規定例(記載例)

(年次有給休暇の繰越しと充当)

第●条 年次有給休暇は、翌年度に限り、繰り越すことができる。

2 年次有給休暇は、まず今年度の年次有給休暇から取得していくものとし、今年度の年次有給休暇をすべて取得した後に、前年度の年次有給休暇を取得していくものとする。

なお、これまで前年度分から年次有給休暇を取得していた会社が、就業規則を変更して、今年度分から年次有給休暇を取得することとするのは、就業規則の不利益変更に該当する可能性があります。

就業規則の不利益変更を行う際には、できる限り弁護士などの法律の専門家に相談することが望ましいと考えます。

また、有利・不利など目先の損得勘定で運用を決めてしまうと、従業員の不信感を募らせ、モチベーションを低下させてしまうおそれがありますので、年次有給休暇の取得順序は、慎重な検討を要するテーマであると考えます。