【裁判例】1ヵ月単位の変形労働時間制を「無効」と判断した裁判例5選

はじめに

「1ヵ月単位の変形労働時間制」とは、1ヵ月以内の一定の期間において、その期間を平均して、1週間あたりの労働時間が法定労働時間(40時間)を超えないように、業務の繁閑に応じて柔軟に所定労働時間を定めることができる制度をいいます(労働基準法第32条の2)。

これにより、あらかじめ「特定された週」または「特定された日」においては、法定労働時間を超えて、所定労働時間を定めることができるようになります。

しかし、どのような運用であれば、「特定された週」または「特定された日」の要件を適切に満たすのかについては、法律による定めがないため、裁判例を参考にする必要があります。

本稿では、変形労働時間制を「無効」と判断した裁判例を5つ解説します。

【裁判例1】日本マクドナルド事件/名古屋地方裁判所令和4(2022)年10月26日判決

就業規則において、代表的なシフトパターンを記載していたものの、すべてのシフトパターンが記載されていないとして、変形労働時間制を無効と判断した事例です。

事案の概要

会社(被告)は、就業規則において、店舗マネージャーの労働時間について、次のように定めていました。

就業規則の記載内容

・所定労働時間は、毎月1日を起算日とする1ヵ月単位の変形労働時間制とし、1ヵ月を平均して1週間40時間以内とする。

・各社員に対して、前月末日までに、勤務割で、各週各日の始業・終業時刻を通知する。

各勤務シフトにおける各日の始業・終業時刻および休憩時間は、原則として次のとおりとする

  • Aシフト:午前5時から午後2時まで(休憩時間:午前9時より1時間)
  • Bシフト:午前9時から午後6時まで(休憩時間:午後1時より1時間)
  • Cシフト:午後3時から午前0時まで(休憩時間:午後8時より1時間)
  • Dシフト:午後8時から午前5時まで(休憩時間:午後11時より1時間)

・原則として、休憩時間は、6時間以下の場合は0分、それを超える勤務の場合は1時間とする。ただし、業務の都合上、交替で与えることがある。

勤務シフトは、4パターン(A、B、C、D)としていますが、就業規則上はあくまで「原則として」と定め、店舗ごとの例外を認めており、実際には、店舗ごとに存在するシフトパターンに基づいて運営されていたという実態がありました。

これに対し、労働者(原告)は、すべてのシフトパターンが就業規則に記載されていないことから、変形労働時間制は無効であると主張し、未払賃金を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、就業規則において、勤務にかかるシフトパターンがすべて記載されておらず、現に原告が勤務していた店舗においては、店舗独自の勤務シフトを使って勤務割が作成されていることに照らすと、会社が就業規則により各日、各週の労働時間を具体的に特定したものとはいえないことから、労働基準法第32条の2が定める、「特定された週」または「特定された日」の要件を充足せず、変形労働時間制は「無効」であると判断しました。

裁判において、会社は、大企業において、全店舗に共通する勤務シフトを就業規則で定めることは、事実上不可能であることを主張しました。

しかし、裁判所は、労働基準法第32条の2は、労働者の生活設計を損なわない範囲内において、労働時間を弾力化することを目的として変形労働時間制を認めるものであり、変形期間を平均して週40時間の範囲内であっても、使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更することは許容しておらず(昭和63年1月1日基発1号)、このことは使用者の事業規模によって左右されるものではないとしました。

【裁判例2】E事件/東京地方裁判所令和2(2020)年6月25日判決

就業規則において、単に「勤務表による」などと定めるだけでは足りず、各シフトを具体的にパターン別に類型化し、かつ作成手続や周知の方法(いつまでにどのような形で作成して告知するかなど)を明記する必要があると判断した事例です。

事案の概要

タクシー会社(被告)の就業規則では、タクシー乗務員(原告)の所定労働時間について、次のように定めていました。

就業規則の記載内容

・従業員の始業・終業時刻および休憩時間は、附表第2のとおりとする

・配車職員は、毎月16日を起算日とする1ヵ月単位の変形労働時間制とし、各自の労働時間、休憩時間および休日については、月ごとに定める勤務表による。

しかし、実際には、「附表」は就業規則に付属しておらず、各勤務の始業・終業時刻、休憩時間、各勤務の組み合わせ、月ごとの勤務表の作成手続、周知方法、周知期日などは、いずれも不明でした。

実際には、シフトによっては、1日の所定労働時間が11時間であったり、17.5時間であったりしていました。

そこで、乗務員は、8時間(法定労働時間)を超える時間について、適切に割増賃金(残業代)が支払われていないとして、未払賃金を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、月ごとに勤務割表を作成する必要がある場合には、労働者に対し、労働契約に基づく労働日、労働時間数および時間帯を予測可能なものとするべく、就業規則において、少なくとも、各直勤務の始業・終業時刻および休憩時間、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続および周知の方法を記載する必要があるとしました。

これに対して、本件就業規則は、「配車職員の労働時間は毎月16日を起算日とする1ヵ月単位の変形労働時間制による」旨を記載するのみで、変形労働時間制をとる場合の各直勤務の始業・終業時刻、休憩時間、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続、周知の方法の記載を全く欠くものであったことから、労働基準法第32条の2の要件を満たすものとはいえず、変形労働時間制は「無効」であると判断しました。

【裁判例3】岩手第一事件/盛岡地方裁判所平成13(2001)年2月16日判決

就業規則の定めが、労働基準法が定める「特定された週」または「特定された日」の要件を満たすためには、勤務割が労働パターンの組み合わせのみによって決まることに加えて、その組み合わせの法則や、勤務割表の作成手続についても定めておくことを要するとして、変形労働時間制を無効と判断した事例です。

事案の概要

会社(被告)の就業規則では、1ヵ月単位の変形労働時間制を採用することを明記し、基本となる始業・終業時刻と休憩時間を定めているものの、法定労働時間を達成するために労働時間を短縮する日およびその労働時間などについて何らの定めがなく、会社が任意に決定・変更できる内容となっていたことから、労働者があらかじめ法定労働時間を超える日・週がいつとなるのか、またその日・週に何時間の労働をすることになるのかについて予測することが不可能でした。

就業規則の記載内容

(勤務時間)

第●条 社員の所定労働時間は、毎月21日を起算日とする1ヵ月単位の変形労働時間制とし、1週間の労働時間は1ヵ月を平均して40時間以内とする。

2 1日の労働時間は7時間10分以内とし、始業・終業時刻および休憩時間は、先番、後番の2交替制で次のとおりとする。

(先番)

始業時刻 午前8時45分

終業時刻 午後5時15分

休憩時間 午後12時から午後1時まで

(後番)

始業時刻 午前11時40分

終業時刻 午後7時35分

休憩時間 午後3時から午後4時まで

3 各変形期間内の特定の日については、1日の労働時間を短縮し、変形期間の法定労働時間を超えないように勤務割表を作成するものとする。

(勤務時間等の変更)

第●条 前条の始業・終業時刻および休憩時間は、季節または業務の都合により変更し、一定期間内の特定の日あるいは特定の週について労働時間を延長し、もしくは短縮することがある。この場合でも、1週間の労働時間は、1ヵ月を平均して40時間の範囲を超えないものとする。

2 前項の労働時間の延長、短縮および特定の日、特定の週については事前に勤務割表で明示するものとする。

(休日)

第●条 社員の休日は、次のとおりとする。

①~⑤(略)

⑥ 前各号の休日の他、変形期間ごとの勤務割表により、変形期間を平均して1週間の労働時間が40時間になるように休日として指定した日

裁判所の判断

裁判所は、少なくとも就業規則上、始業・終業時刻を異にするいくつかの労働パターンを設定し、勤務割がその組み合せのみによって決まるようにし、また、その組み合せの法則、勤務割表の作成手続や周知方法などを定めておくことが求められているとしました。

そして、法定労働時間を超える日・週をいつとするのか、またその日・週に何時間の労働をさせるのかについて、使用者が全く無制限に決定できるような内容となっている就業規則の定めは、労働基準法第32条の2が求める「特定された週」または「特定された日」の要件を欠き、「無効」であると判断しました。

【裁判例4】JR西日本(広島支社)事件/広島高等裁判所平成14(2002)年6月25日判決

使用者が任意に勤務変更できると解釈し得るような就業規則の条項は、労働基準法が定める「特定」の要件を満たさないと判断した事例です。

事案の概要

会社(被告)の就業規則では、一度決定された勤務時間の変更について、「業務上の必要がある場合は、指定した勤務を変更する」と規定しているだけでした。

就業規則の記載内容

(勤務種別の指定)

第●条 社員の勤務は、別表に規定する勤務種別の中から指定する。

2 業務上の必要がある場合は、2種以上の異なった勤務種別を組み合わせて指定する。

(勤務の指定および変更)

第●条 社員の勤務は、前条に基づき、次の各号により指定する。ただし、業務上の必要がある場合は、指定した勤務を変更する

裁判所の判断

裁判所は、勤務変更が、勤務時間の延長、休養時間の短縮およびそれに伴う生活設計の変更などにより、労働者の生活利益に対して少なからぬ影響を与えることが多いのは確かであるから、使用者は、勤務変更をなし得る旨の変更条項を就業規則で定めるに際し、労働基準法第32条の2が「特定」を要求した趣旨を没却せぬよう、当該変更規定において、勤務変更が勤務指定前に予見できなかった業務の必要上、やむを得ない事由に基づく場合のみに限定して認められる例外的措置であることを明示すべきであるとしました。

さらに、労働者の生活利益に対する十分な配慮の必要性からすれば、労働者から見てどのような場合に勤務変更が行われるかを予測することが可能な程度に、変更事由を具体的に定めることが必要であるとしました。

そして、会社(被告)の就業規則にある「業務上の必要がある場合は、指定した勤務を変更する」と規定するだけの一般的・抽象的な規定のように、使用者が任意に勤務変更し得ると解釈し得るような条項では、その解釈いかんによっては、会社が業務上の必要さえあればほとんど任意に勤務変更をなすことも許容される余地があり、労働者にとって、いかなる場合に勤務変更命令が発せられるかを同条項から予測することは、著しく困難であるといわざるを得ないため、労働基準法第32条の2の要求する「特定」の要件を充たさないものとして、「無効」であると判断しました。

【裁判例5】ダイレックス事件/長崎地方裁判所令和3(2021)年2月26日判決

所定労働時間に加えて、残業時間も加算されて勤務割が作成されていた事案において、変形労働時間制の総枠を超えるものとして、無効と判断した事例です。

事案の概要

会社(被告)の就業規則には、毎月1日を起算日とする1ヵ月単位の変形労働時間制を採用すること、所定労働時間は1ヵ月を平均して1週間40時間とすること、所定労働時間・所定労働日ごとの始業・終業時刻は、事前に作成する稼働計画表により通知することが定められていました。

そして、各店舗の店長は、店舗の全従業員分について、前月末頃に、翌月分の稼働計画表を掲示していましたが、その計画表には、当月の各日における出勤日と公休日の区別、出勤日について出社・退社時間、休憩時間が記載されていました。

そして、稼働計画表により設定された労働時間の合計は、1ヵ月の所定労働時間に、あらかじめ30時間が加算されたもの(暦日数が31日の場合は207時間、30日の場合は201.25時間など)でした。

裁判所の判断

裁判所は、変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1ヵ月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならない(例えば、1ヵ月の暦日数が31日の場合、労働時間の総枠は177.1時間となる)が、会社の稼働計画表では、原告の労働時間は、1ヵ月の所定労働時間にあらかじめ30時間が加算されて定められている(例えば、1ヵ月の暦日数が31日の場合に207時間とされるなど)ことから、1ヵ月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならないとする法の定めを満たさないものとして、会社の定める変形労働時間制は「無効」であると判断しました。