「通勤手当」に関する就業規則の規定例(記載例)とポイントを解説
- 1. 通勤手当とは
- 1.1. 通勤手当とは
- 1.2. 通勤手当と就業規則
- 2. 通勤手当に関する規定
- 3. 支給対象に関する規定
- 3.1. 通勤手当の支給対象者(1.)・通勤手段の範囲(2.)に関する規定例(記載例)
- 3.1.1. 【注1】通勤距離の下限
- 3.1.2. 【注2】通勤手段の範囲
- 3.2. 通勤の経路および方法(3.)に関する規定例(記載例)
- 3.2.1. 【注3】「経済的かつ合理的」の意味
- 4. 支給額に関する規定
- 4.1. 公共交通機関(電車、バス等)を利用する場合における規定例(記載例)
- 4.1.1. 【注4】通勤手当の上限額
- 4.1.2. 【注5】通勤定期乗車券
- 4.1.3. 【注6】中途入社・退職等の取り扱い
- 4.2. 自家用自動車またはバイクを利用する場合における規定例(記載例)
- 4.2.1. 【注7】自家用自動車による通勤を承認する際の手続
- 4.2.2. 【注8】ガソリン単価によって算出する場合
- 4.3. 自転車を利用する場合における規定例(記載例)
- 5. 手続に関する規定
- 6. 通勤手当の不正受給に関する規定
- 6.1.1. 【注9】通勤手当にかかる不正
通勤手当とは
通勤手当とは
「通勤手当」とは、一般に、従業員の通勤に要する費用を補助するために、会社が支給する賃金をいいます。
法律上、通勤に要する費用は、労務提供者である従業員が負担すべきであることから(持参債務)、本来は、会社が通勤手当を支給する義務はありません。
したがって、通勤手当を支給するとしても、その内容(通勤手当の金額、通勤手段など)は、会社が任意に定めることができます。
通勤手当と就業規則
賃金に関する事項は、就業規則における絶対的必要記載事項とされていることから、会社が通勤手当を支給する場合には、その内容を就業規則に定める必要があります(労働基準法第89条第二号)。
本稿では、通勤手当に関する就業規則の規定例(記載例)と、各規定のポイントについて解説します。
通勤手当に関する規定
通勤手当に関する規定として、就業規則に次の内容を定めることが考えられます。
通勤手当に関する規定
【支給対象に関する規定】
1.通勤手当の支給対象者
2.通勤手段の範囲
3.通勤の経路および方法
【支給額に関する規定】
4.通勤手当の額の算出方法
5.通勤手当の上限額
6.通勤手当の申請手続
【その他の規定】
7.不正受給に対する処分・返還など
以下、順に解説します。
支給対象に関する規定
通勤手当の支給対象者(1.)・通勤手段の範囲(2.)に関する規定例(記載例)
通勤手当の支給対象者・通勤手段の範囲に関する規定例(記載例)
(通勤手当の支給対象者)
第1条 通勤手当は、通勤にかかる費用に対する補助として、会社所在地を中心として、通勤距離が片道2キロメートル以上【注1】の区域に居住する従業員を対象として支給する。
(通勤手段の範囲)
第2条 通勤手当は、従業員が、公共交通機関(電車、バス等)または自家用自動車(バイク、原動機付自転車を含む)【注2】を利用して通勤する場合を対象として支給する。
【注1】通勤距離の下限
通勤距離の下限を設ける場合の規定例です。
実務上は、通勤距離が片道2km以上であることを支給要件とする規定が多いように思います。
なお、税法上、通勤距離が片道2km未満の場合に支給する通勤手当については、非課税限度額が設けられておらず、全額課税されます。
【注2】通勤手段の範囲
通勤手段に関する規定例です。
交通の便が良い都心や駅前に会社がある場合、会社に従業員用の駐車場がないなどの場合には、自家用自動車による通勤を認めないこともあります。
また、公共交通機関の利用に対して通勤手当を支給することとの均衡を考慮して、自転車通勤(例えば、健康のためにバスを利用せず、自転車を利用する場合など)に対して通勤手当を支給する例もあります。
通勤の経路および方法(3.)に関する規定例(記載例)
通勤の経路および方法に関する規定例(記載例)
(通勤の経路および方法)
第3条 通勤手当の支給にかかる通勤の経路および方法は、最も経済的かつ合理的【注3】であると会社が認めたものに限る。また、同じ経路において通勤方法が2つ以上ある場合は、原則として、交通費が最低となる通勤方法を基準として、通勤手当を支給する。
【注3】「経済的かつ合理的」の意味
裁判例では、「経済的」であるとは、基本的に他の経路と比較して運賃等が低額であること、「合理的」であるとは、基本的に他の経路と比較して所要時間が短いことを指すものと示しています(東京地方裁判所平成30年10月24日判決)。
そして、何をもって、最も経済的かつ合理的であるかの判断は、双方の要素の差の程度を比較考量して決める他ないとしています。
同裁判例では、従業員が、最短経路によれば、通勤時間が10分短縮できるとして、同経路に基づく通勤手当を請求した事案に対して、他の経路の定期券代金相当額(3ヵ月分)との差が1万円以上に上ることに照らすと、必ずしも所要時間の差を重視すべきとはいえず、従業員が請求する最短経路は、最も経済的かつ合理的な経路とはいえないとして、従業員の請求を認めませんでした。
支給額に関する規定
通勤手当の額の算出方法(4.)、通勤手当の上限額(5.)に関する規定例(記載例)は、次のとおりです。
公共交通機関(電車、バス等)を利用する場合における規定例(記載例)
公共交通機関(電車、バス等)を利用する場合の規定例(記載例)
(公共交通機関を利用する場合の通勤手当)
第4条 通勤手当は、通勤のために公共交通機関(電車、バス等)を利用する従業員に対し、月額50,000円を上限【注4】として、通勤に要する1ヵ月分の通勤定期乗車券相当額【注5】を毎月支給する。ただし、新幹線などの特急料金および有料座席料金は支給対象としない。
2 前項に関わらず、賃金計算期間の途中に入社、退職、休職もしくは復職した従業員、またはテレワーク勤務等により、実際の出勤日数が一賃金計算期間内において10日以内となる従業員に対しては、1日あたりの往復交通費の実費に、出勤日数を乗じて得た額を支給する。【注6】
3 通勤定期乗車券を発行しない公共交通機関を利用する場合は、回数乗車券(往復分)に、一賃金計算期間における出勤日数を乗じて得た額を算出して、通勤手当を支給する。
4 第1項に定める通勤手当の上限額は、公共交通機関の運賃の改定、物価その他の経済情勢等を勘案して、増額または減額することがある。
【注4】通勤手当の上限額
通勤手当の上限額は、会社が任意に定めることができます。
ただし、税法上、通勤距離に応じて定められた一定額(非課税限度額)を超えると、通勤手当に対して課税されることから、非課税限度額の範囲内で支給することが一般的です。
上限額を特に定めず、税法上の非課税限度額の範囲内で支給する場合には、「通勤手当は、税法上の非課税限度額の範囲内で支給する」などと規定します。
【注5】通勤定期乗車券
通勤定期乗車券は、1ヵ月分の定期券代を支給する場合、3ヵ月または6ヵ月分の定期券代を分割して支給する場合(この場合、定期券代は、従業員が購入時にいったん立て替えることとなる)、3ヵ月または6ヵ月分の定期券代をまとめて前払いする場合(この場合には、定期券代を従業員が立て替える必要がなくなる)などがあります。
ただし、複数月分の定期券代を前払いする場合には、途中退職や休職をした場合などにおける払い戻しや通勤手当の返還について、手続を定めておく必要があると考えます。
【注6】中途入社・退職等の取り扱い
賃金計算期間の途中で入退社する場合など、出勤日数が少ない場合の取り扱いについて定めておく必要があります。
上記規定例のほか、暦日数によって日割り計算して支給することも考えられます。
自家用自動車またはバイクを利用する場合における規定例(記載例)
自家用自動車またはバイクを利用する場合の規定例(記載例)
(自家用自動車またはバイクを利用する場合の通勤手当)
第5条 自家用自動車またはバイク(原動機付自転車を含む)を使用して通勤する従業員に対する通勤手当は、次のとおり支給する。なお、会社は自家用自動車による通勤を承認するに際して、従業員に運転免許証、保険加入証明書等の提示を求め、重大な事故・違反歴の有無などを確認することがある。【注7】
(距離に応じて定額で定める場合の規定例)
一、通勤距離(片道)2Km以上10Km未満…月額4,000円
二、通勤距離(片道)10Km以上15Km未満…月額7,000円
三、通勤距離(片道)15Km以上25Km未満…月額12,000円
(ガソリン単価によって算出する場合の規定例)
片道通勤距離(km)×2×賃金計算期間における出勤日数×20円【注8】
【注7】自家用自動車による通勤を承認する際の手続
会社が自家用自動車による通勤を認めるかどうかの判断に際し、従業員に運転免許証や保険加入証明書の提示を求め、重大な事故・違反歴の有無などを確認することを定めておくことが考えられます。
【注8】ガソリン単価によって算出する場合
1kmあたりのガソリン代を、「ガソリン単価の相場÷標準的な燃費」の計算によって算出する方法です。
ガソリン単価の相場は、経済情勢等に応じて常に変動し、地域差もありますので、通勤手当を算出するために用いるガソリン単価は、適時(1年ごとなど)見直す必要があると考えます(車両の燃費についても同様)。
例えば、ガソリン単価の相場を1リッターあたり160円とし、車両の燃費を1リッターあたり8kmと設定した場合には、1kmあたりのガソリン代を20円として、通勤手当を支給します。
自転車を利用する場合における規定例(記載例)
自転車を利用する場合の規定例(記載例)
(自転車を利用する場合の通勤手当)
第6条 自転車を使用して通勤する従業員に対する通勤手当は、次のとおり支給する。
一、通勤距離(片道)2Km以上4Km未満…月額500円
二、通勤距離(片道)4Km以上6Km未満…月額1,000円
三、通勤距離(片道)6Km以上…月額1,500円
自転車の場合には、規定例のように、距離に応じて金額を変動させる場合、または距離に関わらず一律に定める場合(例えば、一律に月額500円とする)、駐輪場代の実費のみを補助する場合などがあります。
手続に関する規定
通勤手当の申請手続(6.)に関する規定例(記載例)は、次のとおりです。
通勤手当の申請手続に関する規定例(記載例)
(通勤手当の申請)
第7条 従業員が通勤手当の支給を受ける場合は、会社に対し、所定の申請書を提出し、通勤経路、通勤手段などを申請し、承認を受けなければならない。
(届出義務)
第8条 通勤手当を受給する従業員は、住居、通勤経路もしくは通勤方法を変更し、または通勤のため負担する運賃の額に変更があった場合には、変更があった日から1週間以内に会社に届け出なければならない。
2 従業員が前項の届出を怠ったときは、会社は通勤手当の差額について返還を求めると共に、本就業規則に基づき、懲戒処分を行うことがある。
通勤手当の不正受給に関する規定
不正受給に対する処分・返還など(7.)に関する規定例(記載例)は、次のとおりです。
不正受給に対する処分・返還に関する規定例(記載例)
(不正受給に対する処分)
第9条 通勤手当の支給を受ける従業員が、前条に定める届出を怠ったとき、または不正の届出により通勤手当を不正に受給したときは、会社はその返還を求める【注9】と共に、本就業規則に基づき、懲戒処分を行うことがある。
【注9】通勤手当にかかる不正
例えば、従業員が、バスで通勤していると虚偽の申請をして、通勤手当を受給していたものの、実際には、バスを利用せずに自転車や徒歩で通勤し、通勤手当を不正に受給していたことが発覚するようなことがあります。
この場合には、従業員が不正に受給した通勤手当は、法律上、「不当利得」に当たるため、会社は通勤手当の返還を請求することができると考えられます(民法第703条)。
なお、会社の有する通勤手当の返還請求権は、民法の定めに従い、請求権の時効は10年間(不当利得に係る債権は一般債権)となります(民法第167条)。