「退職後(資格喪失後)」の傷病手当金の支給要件を解説【健康保険法】

はじめに

傷病手当金」とは、従業員(健康保険の被保険者)が、業務外の疾病または負傷によって労務不能となり休業し、会社から給与が支給されない場合に、休業期間中の生活を保障するために、健康保険から支給される給付金をいいます。

傷病手当金は、従業員(被保険者)が会社を通じて加入している健康保険(保険者)から支給されるため、傷病手当金は、原則として、現に在職し、健康保険に加入している者を対象としています。

したがって、従業員が会社を退職することによって被保険者の資格を失うと、その後に疾病または負傷によって労務不能となっても、原則として傷病手当金は支給されません。

ただし、傷病手当金の支給を受けている途中で会社を退職した場合や、疾病または負傷によってそのまま(休職することなく)退職した場合には、一定の要件を満たすことにより、退職後(被保険者の資格喪失後)も、退職前と同じ保険者から、傷病手当金の支給を受けることができる場合があります

本稿では、健康保険の被保険者の退職後(被保険者の資格喪失後)における傷病手当金の支給要件を解説します。

傷病手当金の制度に関する基本的な内容については、次の記事をご覧ください。

退職後(被保険者の資格喪失後)の傷病手当金の支給要件

退職後(被保険者の資格喪失後)の傷病手当金の支給要件

退職後(被保険者の資格喪失後)に傷病手当金が支給されるための要件は、次のとおりです(健康保険法第104条)。

退職後の傷病手当金の支給要件

  1. 被保険者の資格を喪失した日の前日まで、引き続き1年以上、被保険者であったこと【要件1】
  2. 被保険者の資格を喪失した際に、現に傷病手当金が支給されている、または傷病手当金の支給要件を満たしている状態にあること【要件2】

退職日まで引き続き1年以上被保険者であった者が、退職日に傷病手当金が支給されているか、または支給を受けていなくても傷病手当金の支給要件を満たしている状態であれば、退職後も引き続いて、傷病手当金が支給されます。

【要件1】被保険者期間の要件

退職後に傷病手当金が支給されるためには、被保険者の資格を喪失した日の前日まで、引き続き1年以上、被保険者であったことが要件とされています。

「被保険者の資格を喪失した日の前日」とは、退職日の当日をいいます

健康保険において、退職に伴って被保険者の資格を失う日(資格喪失日)は、原則として、「退職日の翌日」とされています(健康保険法第36条第二号)。

例えば、3月31日付で会社を退職した場合、被保険者の資格を喪失するのは、翌日の4月1日となります。

したがって、退職後に傷病手当金の支給を受けるためには、退職日の当日までに、被保険者期間が引き続き1年以上あることが必要となります。

また、この1年においては、引き続いて被保険者であったことが必要です。

1年の途中に被保険者ではない期間(空白期間)がある場合、被保険者期間は通算されません。

なお、途中で転職した場合で、勤務先に変更があった場合でも、引き続き健康保険の被保険者である場合には、原則として、被保険者期間は通算されます(ただし、国民健康保険(国保)の被保険者期間は通算されません)。

【要件2】退職時の要件

退職後に傷病手当金が支給されるためには、被保険者の資格を喪失した際に、「現に傷病手当金が支給されている」または「傷病手当金の支給要件を満たしている」状態にあることが要件とされています。

退職日までに、傷病手当金の支給を受けたことがなくても、退職日において傷病手当金の支給要件を満たしている状態にあれば、退職後に傷病手当金が支給されます。

「支給要件を満たしている状態」とは、傷病手当金の要件を満たしているものの、傷病手当金の支給が行われていない(支給が停止している)状態をいいます

例えば、次のような場合が該当します(昭和27年6月12日保文発第3367号)。

  • 事業主から報酬を受けていることにより、傷病手当金の支給が一時停止されている場合
  • 出産手当金が支給されていることにより、傷病手当金の支給が一時停止されている場合

なお、退職日に年次有給休暇を取得し、会社から報酬(給与)を受けたことにより傷病手当金の支給が一時停止されていたときでも、退職日において支給要件を満たしていれば、退職後に傷病手当金が支給されます。

この場合、傷病手当金が支給されなかったのは、報酬(給与)を受けたことによって傷病手当金の支給が一時停止されていただけであって、傷病手当金の受給権が消滅するものではないからです。

退職後の傷病手当金の支給要件を満たすための留意点

退職後(被保険者の資格喪失後)の傷病手当金の支給要件を満たすためには、特に次の点に留意する必要があります。

退職後の傷病手当金の支給要件を満たすための留意点

  1. 退職日までに、労務不能の状態が連続4日以上あること(待期が完了していること)
  2. 退職日の当日において労務不能であること

退職日までに、労務不能の状態が連続4日以上あること(待期が完了していること)

傷病手当金は、連続3日間の労務不能期間(待期期間)が経過し、4日目以降に支給が開始されます。

退職後に傷病手当金の支給を受けるためには、前述のとおり、被保険者の資格を喪失した際に支給要件を満たしている必要があることから、退職日までに労務不能の状態が4日以上連続していないと(待期が完了していないと)、退職後に傷病手当金は支給されません(昭和32年1月31日保発第2号の2)。

なお、退職日までに、療養のため労務に服することのできない状態が3日間連続しているだけでは、現に傷病手当金の支給を受けているわけではなく、また、支給を受け得る状態にもないため、資格喪失後に傷病手当金の支給を受けることはできません(昭和32年1月31日保発第2号の2)。

退職日の当日において労務不能であること

退職後の傷病手当金は、被保険者の資格を喪失した際に支給要件を満たしている必要があるため、退職日当日において、疾病または負傷による療養のために労務不能であることが求められます。

したがって、退職日当日に、たとえ半日でも出勤した場合には、退職日当日において労務不能とはみなされなくなるため、退職後に傷病手当金は支給されません(昭和32年1月19日保文発第340号)。

例えば、退職日当日に引継ぎ、挨拶回り、後片付けなどの理由などによって出社した場合には、退職後に傷病手当金は支給されません。

退職後における「労務不能」の判断

退職後における「労務不能」の判断

傷病手当金の要件として、業務外の疾病または負傷によって労務に服することができない(労務不能)ことが求められます。

在職中に支給される傷病手当金は、被保険者が労務不能かどうかの判定は、医師の所見をもとに、原則として、当該被保険者が現在従事している業務内容を基準に判断します。

一方、退職後に支給される傷病手当金は、被保険者であった者が前の会社(職場)で当時従事していた業務内容を基準に、労務不能かどうかを判定します(昭和2年4月27日保理発第1857号)。

再び仕事に就いた場合

在職中に支給される傷病手当金は、休職と復職を繰り返す場合でも、支給期間内である限り、休業した日について支給されます。

一方、退職後に支給される傷病手当金は、一度労務に服することが可能な状態になった場合には、その後、再び労務不能に陥ったとしても、傷病手当金は支給されません(昭和26年5月1日保文発第1346号)。

退職後の傷病手当金の支給期間

傷病手当金の支給期間は、同一の疾病または負傷およびこれにより発した疾病に関しては、その支給を開始した日から通算して1年6ヵ月間とされています(健康保険法第99条第4項)

従業員が支給期間の途中で退職した場合(被保険者資格を喪失した場合)には、被保険者資格の喪失前後を通算して、被保険者として本来受けることができるはずであった期間について、継続して傷病手当金を受給することができます(健康保険法第104条)。

例えば、従業員が退職日する時点で、すでに3ヵ月分の傷病手当金の支給を受けているときは、退職後は、残りの1年3ヵ月分を限度として傷病手当金の支給を受けることができます。

また、被保険者の資格を喪失した際に支給要件を満たしていて(例えば、報酬を受けていたため傷病手当金が支給停止されていたとき)、退職後に傷病手当金の支給を受ける場合には、被保険者資格を喪失した日から傷病手当金の支給期間が起算されます。

退職後に雇用保険の求職者給付(基本手当)を受ける場合

退職後においては、雇用保険から求職者給付(基本手当)の支給を受ける場合があります。

求職者給付(基本手当)の支給を受けるためには、求職者に労働の意思があり、かつ労働の能力があること(身体的に働くことができる状態であること)が要件とされていることから、傷病手当金を求職者給付(基本手当)と同時に受給することはありません。

退職後の傷病手当金の申請方法

退職した被保険者本人が傷病手当金の支給申請書を作成し、医師の証明を受けた後、保険者である(協会けんぽまたは健康保険組合)に提出します。

申請時点で会社を退職していることから、申請に際して会社の証明などは必要ありません。

傷病手当金の請求期限(時効)

傷病手当金は1日単位で給付が行われるため、時効も1日単位で起算します。

傷病手当金は、労務不能であった日ごとに、その翌日(消滅時効の起算日)から2年を経過する日まで請求することができます(健康保険法第193条第1項)。

例えば、2025年3月1日に労務不能であれば、翌日3月2日から2年間が請求期限となりますので、2027年3月1日までに申請しないと時効にかかり、傷病手当金の支給を受けることができなくなります。