【裁判例】パワーハラスメントの加害者に対する懲戒解雇について争われた裁判例5選

- 1. はじめに
- 2. 【懲戒解雇・有効】豊中市不動産事業協同組合事件/大阪地方裁判所平成19年8月30日判決
- 2.1. 事案の概要
- 2.2. 裁判所の判断
- 3. 【懲戒解雇・有効】N社(パワハラ・懲戒解雇)事件/東京地方裁判所平成28年11月16日判決
- 3.1. 事案の概要
- 3.2. 裁判所の判断
- 4. 【懲戒解雇・無効】Z社(パワハラ・懲戒解雇)事件/大阪地方裁判所平成29年12月25日決定
- 4.1. 事案の概要
- 4.2. 裁判所の判断
- 5. 【懲戒解雇・無効】国立大学法人群馬大学事件/前橋地方裁判所平成29年10月4日判決
- 5.1. 事案の概要
- 5.2. 裁判所の判断
- 6. 【普通解雇・無効】医療法人錦秀会事件/大阪地方裁判所平成30年9月20日判決
- 6.1. 事案の概要
- 6.2. 裁判所の判断
- 7. 【降格処分・有効】M社(パワハラ・降格処分)事件/東京地方裁判所平成27年8月7日判決(参考)
- 7.1. 事案の概要
- 7.2. 裁判所の判断
はじめに
職場において、パワーハラスメントが行われた場合、会社は、再発防止のために、加害者の従業員に対して懲戒処分を行うことがあります。
懲戒処分のうち、最も重いものとして、懲戒解雇があり、情状が特に重い場合や、改善可能性がない場合には、懲戒解雇を検討すべき場合もあります。
パワーハラスメント自体はあってはならないことですが、裁判例によっては、懲戒解雇を無効と判断したものがあり、会社は、量定の判断にあたっては、裁判例を踏まえて慎重に検討する必要があります。
本稿では、パワーハラスメントの加害者に対する懲戒解雇処分について、参考となる裁判例をご紹介します。
【懲戒解雇・有効】豊中市不動産事業協同組合事件/大阪地方裁判所平成19年8月30日判決
事案の概要
事業協同組合Yに、事務局長として勤務していたXは、事務職員に対して、侮辱的な内容を大声で怒鳴り続けた上、暴行を加え加療7日の傷害を負わせたことを理由に、諭旨免職処分(期限までに退職届が提出されなかった場合は、懲戒解雇とする処分)となり、さらに退職届を提出しなかったために、懲戒解雇とした事案です。
Xの事務職員に対するパワーハラスメントの内容は、次のとおりです。
パワーハラスメントの内容(一例)
- 事務職員に対し、手で肩を1回突くという暴行を加えた
- 事務職員の「気分が悪いので帰ります」の発言に対して、「お前なんか二度と来るな。顔なんか見たくもない、帰れ帰れ、目の前をウロウロしやがって」など、侮辱的な内容を大声で怒鳴り続けた
- 事務職員に向かって走り込み、その身体に蹴りかかるという暴行を加え、当該暴行によって、加療7日を要する右大腿部および右肩打撲の傷害を与えた
裁判所の判断
裁判所は、本件事件におけるXの言動、事務職員の被害状況、Xの当時の職責、本件事件までのXの同僚に対する言動、本件事件後のYに対する言動等に照らすと、Xが、Yの事務職員として3年以上精勤して、職務熱心で、事務処理能力が高いと評価されていたこと、本件事件までに懲戒処分を受けていないことなどを考慮しても、Xに対して諭旨退職の懲戒処分をしたことが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くものとは認められないとして、懲戒解雇を有効と判断しました。
なお、補足として、本裁判例では、Xは、本件事件前にも、事務職員を罵倒することがあり、すでにYの理事長から言動に注意するように指導を受けていました。
また、本件事件の後も、不合理な弁解を行うといった事情があったため、本件事件の前後の事情を含め、総合的にみて、改善の可能性が低いと判断し、懲戒解雇を有効としたものと解されます。
【懲戒解雇・有効】N社(パワハラ・懲戒解雇)事件/東京地方裁判所平成28年11月16日判決
事案の概要
商品等の共同購買代行業務等を目的とするYに、部長代行職として勤務していたXが、自身のハラスメント行為についてYから厳重注意を受けた後、わずか1年あまりという短期間で4名もの部下に対するハラスメント行為に及び、それによって部下が適応障害に罹患し傷病休暇を余儀なくされたことについて、態様が悪質であることを理由に、諭旨退職の懲戒処分とし、さらにこれに従わなかったことから懲戒解雇した事案です。
Xの部下に対するパワーハラスメントの内容は、次のとおりです。
パワーハラスメントの内容(一例)
- 部下に対する指導の際、部下ににらみを利かせたり、部下のことを「あんた」、「てめえ」などと呼ぶことがあった
- 部署の構成員全員が参加するLINEのトークグループを作成し、その中で部下と頻繁に意見を交換し、土日にもLINEを通じて部下と業務上のやり取りをしたり、返信を強要することがあった
- 「お前の歳でそんな仕事しかできないのか」、「お前の歳ぐらいだったら周りの人は役職ついてるぞ」などと罵声を浴びせた
- 「お前、アホか」、「お前、クビ」、「お前なんかいつでも辞めさせてやる」などと言ったり、「私は至らない人間です」という言葉を何度も復唱させた
- 「今まで何も考えてこなかった」、「そんな生き方、考え方だから営業ができない」、「お前は生き方が間違っている」などと、部下のそれまでの生き方や考え方を全て否定するような発言をした
裁判所の判断
裁判所は、Xは自身の部下に対する指導方法を一貫して正当なものと捉え、部下4名に対するハラスメント行為を反省する態度を示していないことに照らすと、①仮にXを継続してYに在籍させた場合、将来再び部下に対するパワーハラスメント等の行為に及ぶ可能性は高いと判断しました。
そして、裁判所は、②Yは使用者として、雇用中の従業員が心身の健康を損なわないように職場環境に配慮する信義則上の義務を負っていると解されること、③Yの所属するグループ企業においてはハラスメントの禁止を含むコンプライアンスの遵守が重視されていることを考慮すると、2度のハラスメント行為に及んだXを継続雇用することが職場環境を保全するという観点からも望ましくないというYの判断は、尊重されるべきであるとして、懲戒解雇を有効と判断しました。
【懲戒解雇・無効】Z社(パワハラ・懲戒解雇)事件/大阪地方裁判所平成29年12月25日決定
事案の概要
ボルトやネジの卸売業を主たる業とするYにおいて、主任の中で最もキャリアが長く、事実上、従業員の中ではトップの地位にあったXが、若手従業員に対し、その顔面を平手でたたく暴行を加え、加療約5日を要する顔面打撲および筋挫傷を負わせたところ、Yは、Xがこれまでに従業員に対して執拗ないじめをしており、改まらないと判断し、懲戒解雇処分とした事案です。
裁判所の判断
裁判所は、①過去にXがハラスメントに該当する言動をしていた事実を認めるに足りる十分な疎明はないこと、および、②本件傷害行為は平手で顔面を1回たたいたというもので、その行為の悪質性および危険性は比較的小さく、傷害結果も比較的軽微なものであったといわざるを得ないこと、③Xは本件傷害行為の事実を認めて、被害者に謝罪していること、④Xがこれまでに部下に対して暴力的行為に及んだ事実は窺えないこと、⑤Xが本件懲戒解雇以前にYから懲戒処分を受けたことはなかったことなどの各事情に鑑みれば、本件懲戒解雇は、重きに失していることから、懲戒解雇を無効と判断しました。
【懲戒解雇・無効】国立大学法人群馬大学事件/前橋地方裁判所平成29年10月4日判決
事案の概要
国立大学法人Yが、大学教授Xの部下9名のうち5名からパワーハラスメント被害の申告があり、そのうち4名が退職あるいは精神疾患に罹患するなどしたことにより、Xを懲戒解雇した事案です。
裁判所の判断
裁判所は、Xが、部下に対して必要な指導をしないまま、連日にわたって長時間、廊下を隔てた別の部屋にまで聞こえるくらいの大声で部下を叱責していたことなどはパワーハラスメントにあたると判断しました。
ただし、各種ハラスメント等については認めつつも、①Xによる行為は、悪質なものではないこと、②Xは過去に懲戒処分を受けたことがなく、③ハラスメントの一部を認めて反省の意思を示していることから、懲戒解雇との関係では均衡を欠き(懲戒処分として重すぎる)、懲戒解雇自体は、懲戒権または解雇権の濫用であるとして、懲戒解雇は無効と判断しました。
【普通解雇・無効】医療法人錦秀会事件/大阪地方裁判所平成30年9月20日判決
事案の概要
医療法人Yに勤務していた医師Xが、職員に対して、複数回にわたって、平手で両頬を殴打するなどの暴力行為を行ったため、YがXを普通解雇した事案です。
裁判所の判断
裁判所は、本件暴力行為自体がさほど重度のものではなく(入院治療が必要となる程度の傷害を生じさせたわけではない)こと、および、指摘を受けた後は、それまで頻繁に繰り返していた職員への暴力行為を行わなくなっていることから、Xについて、就業規則で定める解雇事由である「改悛の情がない」とまでは認められないとして、解雇を無効と判断しました。
【降格処分・有効】M社(パワハラ・降格処分)事件/東京地方裁判所平成27年8月7日判決(参考)
事案の概要
不動産会社Yに勤務するX(降格処分前は、「理事(8等級)・営業部長」)が、営業ノルマが未達成の部下6人に対し、長期間にわたり、退職強要を行っていたことを理由に、懲戒処分としての降格処分(降格処分後は、「副理事(7等級)・担当部長」)した事案です。
Xの部下に対するパワーハラスメントの内容は、次のとおりです。
パワーハラスメントの内容(一例)
- 「12月までに2000万円手数料を稼がないと、会社を辞めると一筆かけ」などと退職を強要した
- 部下の報告に対して、「そんな小さい案件いらない」と言って、ペン、眼鏡を放り投げるような仕草をした
- 部下に対し、「地元に帰って就職した方がいいんじゃないの?」、「お前はまわりの人間に迷惑を掛けている。周りに申し訳ないと思わないのか。今まではどうせ適当に生きてきたんだろう」、「お前の成績表を子供に見せたらもうわかるだろう、お前がいかに駄目な親父か分かるだろう」などと言った
裁判所の判断
裁判所は、Xの一連の言動は、担当役員補佐の地位に基づいて、部下である数多くの管理職、従業員に対して、長期間にわたり継続的に行ったパワーハラスメントであるとしました。
そして、Xは、成果の挙がらない従業員らに対して、適切な教育的指導を施すのではなく、単にその結果をもって従業員らの能力等を否定し、それどころか、退職を強要しこれを執拗に迫ったものであって、極めて悪質であるとして、Yは、パワーハラスメントについての指導啓発を継続して行い、ハラスメントのない職場作りが経営上の指針であることも明確にしていたところ、Xは幹部としての地位、職責を忘れ、かえって、相反する言動を取り続けたものであるから、降格処分を受けることはいわば当然のことであり、本件処分は相当であるとして、降格処分を有効と判断しました。