「産前産後休業」に関する法制度(労働基準法)と社会保険制度(厚生年金保険法・健康保険法)を横断的に解説

はじめに

労働基準法では、女性労働者の母体保護の観点から、産前産後休業を定めています。

女性労働者が産前産後休業を取得すると、労働基準法が定める解雇制限の対象となり、また、健康保険による給付など社会保険制度とも関連するなど、労務管理においては、多角的な視点から対応が求められることがあります。

本稿では、「産前産後休業」に関する法制度(労働基準法)と社会保険制度(厚生年金保険法・健康保険法)について、横断的に解説します。

「産前産後休業」とは【労働基準法】

労働基準法では、女性労働者の母体保護の観点から、「産前休業」および「産後休業」の期間について定めており、これらの期間をまとめて「産前産後休業」といいます。

産前休業

使用者は、6週間(多胎妊娠の場合は、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合には、その者を就業させてはならないとされています(労働基準法第65条第1項)。

就業が禁止されるのは、女性が「休業を請求した場合」であることから、使用者は、女性が休業を請求しない場合には、引き続き就業させることができます。

なお、「出産」とは、妊娠4ヵ月以上(1ヵ月を28日として計算するため、85日以上を意味します)の分娩をいい、正常分娩だけでなく、早産、流産、死産なども含まれます(昭和23年12月23日基発1885号)。

産後休業

使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならないとされています(労働基準法第65条第2項)。

産前休業と異なり、産後休業は、女性が請求したか否かに関わらず、原則として就業が禁止されます。

ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合には、その者について医師が支障がないと認めた業務に限り、就業させることが認められています。

なお、出産日当日は、産前6週間に含まれると解されます(昭和25年3月31日基収4057号)。

例えば、産前6週間の休業をしていた女性労働者が、出産予定日より2週間遅れて出産した場合には、出産の当日までは産前休業に含まれるため、産前の休業期間に関係なく、産後8週間が産後休業期間となります(昭和33年9月29日婦発310号)。

産前産後休業期間中の賃金

女性労働者が産前産後休業を取得した場合の賃金については、労働基準法では、賃金の支給が義務付けられていないため、有給または無給のいずれとするかは、就業規則や労働契約などの定めに従うこととなります。

ただし、有給とする場合には、後述する出産手当金(健康保険法)の支給額に影響することがあります。

産前産後休業と「解雇制限」【労働基準法】

解雇制限(原則)

労働基準法では、使用者は、女性労働者の産前産後休業期間中、およびその後30日間は解雇してはならないと定めており、これを「解雇制限」といいます(労働基準法第19条第1項)。

なお、産前休業は、女性労働者の請求により取得するものであり、その請求をしないで就労している場合は、解雇は制限されません(昭和25年6月16日基収1526号)。

解雇制限(例外)

解雇制限については、例外規定が設けられており、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合で、かつ所轄労働基準監督署長の認定を受けた場合には、解雇制限が解除され、解雇制限期間中であっても、解雇することが認められます(労働基準法第19条第1項ただし書)。

産前産後休業と「平均賃金」「年次有給休暇」【労働基準法】

平均賃金の算定

労働基準法に基づき平均賃金を算定する場合、原則として、算定事由が発生した日の直近3ヵ月間に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で割ることによって算定します(労働基準法第12条第1項)。

このとき、平均賃金の算定期間中に「産前産後休業期間」が含まれる場合には、その日数および当該期間中の賃金は控除することとされています(労働基準法第12条第3項)。

なお、産前産後休業期間が3ヵ月以上にわたる場合には、「その期間の最初の日」を算定事由発生日とみなします(労働基準法施行規則第4条、昭和22年9月13日発基17号)。

年次有給休暇にかかる出勤率の算定

年次有給休暇の付与は、全労働日のうち、8割(80%)以上出勤することが要件とされていることから、出勤率を算定する必要があります。

出勤率は、[出勤日数(出勤したものとみなす日を含む)÷全労働日(全労働日から除外する日を除く)]によって算定しますが、女性労働者が産前産後休業によって出勤しなかった場合であっても、当該日については出勤したものとみなして出勤率を算定する必要があります(労働基準法第39条第10項)。

なお、6週間以内に出産する予定の女性労働者が、産前休業をしたところ、予定の出産日より遅れて分娩し、結果的には産前6週間を超えて休業したときであっても、休業期間はすべて出勤したものとみなされます(昭和23年7月31日基収2675号)。

産前産後休業と「賞与」【裁判例】

就業規則において、「賞与の支給対象期間の出勤率が90%以上の従業員を、賞与の支給対象者とする」とした上で、「賞与の基礎とする出勤日数に、産前産後休業日数を含めない」(賞与の支給対象期間中に産前産後休業を取得すると、賞与が全額支給されない場合がある)旨の定めがあった事案において、裁判所は、労働基準法65条等で認められた権利等の行使を抑制し、労働基準法が権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるとして、当該就業規則の定めは公序に反し無効となると判断しました。

一方で、賞与の額を「欠勤日数に応じて減額する」ことを内容とする計算式の適用に当たって、産前産後休業の日数等を欠勤日数に算入することは、直ちに公序に反し無効なものということはできないと判断しました(東朋学園事件/最高裁判所平成15年12月4日判決)。

産前産後休業と「社会保険料の免除」【厚生年金保険法・健康保険法】

産前産後休業期間中における社会保険料の免除

産前産後休業期間中(産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)および産後8週間のうち、妊娠または出産を理由として労務に従事しなかった期間)は、手続を行うことにより、社会保険料の納付が免除されます。

ここでいう「社会保険料」とは、厚生年金保険と健康保険にかかる保険料(事業主負担分および本人負担分)をいいます。

産前産後休業について社会保険料の納付が免除される期間は、「産前産後休業を開始した日の属する月」から、「産前産後休業が終了する日の翌日が属する月の前月」までとされています(健康保険法第159条の3、厚生年金保険法第81条の2の2)。

出産予定日に対して出産が遅れたときは、出産予定日から実際の出産日までの期間も含めて、社会保険料免除の対象となります。

産前産後休業期間中は社会保険料の納付が免除されますが、年金額を計算する際は、保険料を納めた期間として扱われるため、厚生年金などの支給額に影響することはありません。

手続

「産前産後休業取得者申出書」を、産前産後休業期間中または産前産後休業の終了日から起算して1ヵ月以内に、年金事務所(機構)に提出(組合健保加入の場合は健康保険組合にも提出)します(健康保険法施行規則第135条の2第1項)。

なお、申請にあたり、産前産後休業期間中における給与が有給・無給であるかは問いません。

なお、産前産後休業期間に変更があったとき、または産前産後休業終了予定日の前日までに産前産後休業を終了したときは、速やかに「産前産後休業取得者変更(終了)届」を提出する必要があります(健康保険法施行規則第135条の2第2項)。

産前産後休業と「出産手当金」【健康保険法】

健康保険法では、産前産後休業中の生活保障を目的として、「出産手当金」の制度を設けています。

健康保険法の被保険者(任意継続被保険者を除きます)が出産したときは、出産日(出産日が出産予定日後であるときは、出産予定日)以前42日(多胎妊娠の場合は98日)から出産日後56日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金が支給されます(健康保険法第102条第1項)。

出産手当金は、1日単位で支給されるため、1日あたりの支給額の計算方法を定めています。

出産手当金の支給額(1日あたり)の計算方法は、次のとおりです(健康保険法第102条第2項、健康保険法第99条第2項)。

出産手当金の支給額(1日あたり)

  1. 支給開始日の属する月以前の直近12ヵ月間の各月でみた「標準報酬月額の平均額」を算定する
  2. 1.に30分の1を乗じて、「標準報酬日額」を算定する(計算の結果生じた5円未満の端数は切り捨て、5円以上10円未満の端数は10円に切り上げる)
  3. 2.に3分の2を乗じて、「出産手当金の支給額(1日あたり)」を算定する(計算の結果生じた50銭未満の端数は切り捨て、50銭以上1円未満の端数は1円に切り上げる)

ただし、産前産後休業期間中において、報酬の全部または一部を受けることができる者に対しては、これを受けることができる期間については、出産手当金は支給されません(その受けることができる報酬の額が、出産手当金の額より少ないときは、その差額が支給されます)(健康保険法第108条第2項)。

なお、国民健康保険法では、出産手当金は、市町村や組合において任意の給付と位置付けられており、多くの自治体で出産手当金は支給されません(国民健康保険法第58条第2項)。

産前産後休業と「標準報酬月額の改定」【厚生年金保険法・健康保険法】

産前産後休業の終了に伴う標準報酬月額の改定

産前産後休業が終了し、職場復帰後に給与(報酬)が下がる場合は、一般に行われる「随時改定」よりも緩和された基準によって(随時改定の基準に関わらず)、標準報酬月額を改定する制度(産前産後休業終了時改定)が設けられています。

産前産後休業の終了後に給与が下がるケースとしては、例えば、短時間勤務制度の適用を受ける場合や、育児介護休業法に基づく所定外労働の免除の請求によって時間外労働が減少する場合などが該当します。

産前産後休業終了後に給与(報酬)が下がった場合は、産前産後休業終了後の3ヵ月間の報酬額をもとに、新しい標準報酬月額を決定し、その翌月から(職場復帰月から起算して4ヵ月目から)改定します(健康保険法第43条の3、厚生年金保険法第23条の3)。

標準報酬月額の算定期間は、産前産後休業終了日の翌日が属する月以後の3ヵ月間で、そのうち給与支払基礎日数が17日未満の月があるときは、当該日数が17日以上ある月の平均により算定され、標準報酬月額の差が1等級差であっても改定されます(なお、随時改定は2等級以上の差が生じる場合に改定されます)。

ただし、3ヵ月すべての給与支払基礎日数が17日未満の場合は、改定されません。

手続

標準報酬月額の改定は、「産前産後休業終了時報酬月額変更届」を提出することによって行います。

ただし、産前産後休業を終了した日の翌日に引き続いて育児休業を開始した場合は、提出できません。

産前産後休業の終了後、すぐに職場復帰せず、そのまま育児休業に移行する場合(産前産後休業と育児休業が連続する場合)は、「育児休業終了時改定」の手続によることとなります(健康保険法第43条の2、厚生年金保険法第23条の2)。

産前産後休業と「養育特例」【厚生年金保険法】

子どもが3歳に達するまでの間、勤務時間短縮等の措置を受けて働き、それにともなって標準報酬月額が低下した場合、養育期間中の報酬の低下が将来の年金額に影響しないようにするために、子どもが生まれる前の標準報酬月額(従前標準報酬月額)に基づく年金額を受け取ることができる仕組み(養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置)があります(厚生年金保険法第26条)。

3歳未満の子を養育する被保険者(または被保険者であった者)で、養育期間中の各月の標準報酬月額が、養育開始月の前月の標準報酬月額を下回る場合、被保険者が事業主経由で「厚生年金保険養育期間標準報酬月額特例申出書」を提出します。

なお、申出日よりも前の期間については、申出日の前月までの2年間についてみなし措置が認められます。