「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を解説

はじめに

労働基準法では、労働時間の管理について、法定労働時間制や、時間外労働を行う場合における上限規制などを定めていますが、使用者が法令を遵守するためには、その前提となる労働時間を正確に把握することが欠かせません。

使用者が労働時間をどのように把握すべきか、その具体的方法については、労働基準法に定めはなく、厚生労働省から2018(平成30)年1月20日に公表された「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(以下、「ガイドライン」といいます)」によって、その方法が示されています。

本稿では、ガイドラインが定める内容について、解説します。

ガイドラインの目的

労働基準法では、労働時間、休日、深夜業などについて定められており、使用者には、労働時間を適正に把握する責務があります。

しかし、現実には、使用者が労働時間を適切に管理していない場合があり、特に、自己申告制(一般に、労働者が自身の労働時間を自主的に申告することにより、労働時間を把握することをいいます)の不適切な運用などに伴い、労働基準法に違反する過重な長時間労働や割増賃金の未払いなどが生じることがあります

そこで、ガイドラインにより、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置を具体的に明らかにすることによって、適切な労働時間管理の実現を目指しています。

ガイドラインの適用範囲

ガイドラインが適用される事業場は、労働基準法のうち、労働時間にかかる規定(労働基準法第4章)が適用されるすべての事業場とされています。

また、ガイドラインに基づき使用者(使用者から労働時間を管理する権限の委譲を受けた者を含みます)が労働時間の適正な把握を行うべき対象者は、次の労働者を除く、すべての者とされています

ガイドラインの対象とならない労働者

  • 労働基準法第41条に定める者
  • みなし労働時間制が適用される者

「労働基準法第41条に定める者」とは、例えば、管理監督者をいいます。

管理監督者とは、一般的には部長、工場長など、労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい、管理監督者については、労働基準法の定めのうち、労働時間などに関する定めの適用が除外されます。

「みなし労働時間制が適用される者」とは、事業場外で労働する者であって、労働時間の算定が困難な者(労働基準法第38条の2)、専門業務型裁量労働制が適用される者(同法第38条の3)、企画業務型裁量労働制が適用される者(同法第38条の4)をいいます。

ただし、事業場外で労働する者については、みなし労働時間制が適用される時間に限り、ガイドラインの適用対象外となります。

なお、ガイドラインでは、上記の労働者についても健康確保を図る必要があることから、使用者は、過重な長時間労働を行わせないようにするなど、適正な労働時間管理を行う責務があるとしています。

労働時間の考え方

「労働時間」とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示または黙示の指示によって労働者が業務に従事する時間は、労働時間に当たります

例えば、ガイドラインでは、次の各時間について、労働時間として取り扱わなければならないこととしています。

労働時間として取り扱わなければならない時間

  1. 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替えなど)や、業務終了後の業務に関連した後始末(清掃など)を事業場内において行った時間
  2. 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機などをしている時間(いわゆる「手待時間」)
  3. 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習などを行っていた時間

また、上記以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については、労働時間として取り扱う必要があります。

なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約などの定めによるのではなく、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより、客観的に定まります

例えば、就業規則において、「労働時間として取り扱わない」と定めていたとしても、使用者の指揮命令下に置かれているのであれば、労働時間に該当します。

また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、またはこれを余儀なくされていたなどの状況の有無などから、個別具体的に判断されます。

労働時間の該当性については、次の記事をご覧ください。

【労働基準法】「労働時間」の該当性について、行政通達・裁判例をもとに一挙に解説

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置

ガイドラインでは、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置の内容として、次のとおり定めています。

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置

  1. 始業・終業時刻の確認および記録
  2. 始業・終業時刻の確認および記録の原則的な方法
  3. 賃金台帳の適正な調製
  4. 労働時間の記録に関する書類の保存
  5. 労働時間を管理する者の職務
  6. 労働時間等設定改善委員会等の活用

1.始業・終業時刻の確認および記録

使用者は、労働時間を適正に把握するため、労働者の労働日ごとの始業・ 終業時刻を確認し、これを記録する必要があります。

労働時間を適正に把握するためには、単に1日何時間働いたかを把握するのではなく、労働日ごとに始業・終業時刻を使用者が確認・記録し、これをもとに何時間働いたかを把握・確定する必要があります。

2.始業・終業時刻の確認および記録の原則的な方法

【原則】

使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として、次のいずれかの方法による必要があります。

始業・終業時刻の確認および記録方法(原則)

  • 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること
  • タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録など、客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること

「自ら現認する」とは、使用者自ら、もしくは労働時間管理を行う者が、直接、始業・終業時刻を確認することをいいます。

なお、確認した始業・終業時刻については、併せて労働者からも確認することが望ましいとされています。

タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録など、客観的な記録を基本情報とし、必要に応じて、例えば使用者の残業命令書およびこれに対する報告書など、使用者が労働者の労働時間を算出するために有している記録とを突き合わせることにより確認し、記録する必要があります

【例外】自己申告制により始業・終業時刻の確認および記録を行う場合の措置

上記の【原則】の方法によることなく、自己申告制によりこれを行わざるを得ない場合には、使用者は次の措置を講ずる必要があります。

自己申告制により始業・終業時刻の確認および記録を行う場合の措置

  • 自己申告制の対象となる労働者に対して、ガイドラインを踏まえ、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと
  • 実際に労働時間を管理する者に対して、自己申告制の適正な運用を含め、ガイドラインに従い講ずべき措置について十分な説明を行うこと
  • 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正を行うこと。特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること
  • 自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について、その理由などを労働者に報告させる場合には、当該報告が適正に行われているかについて確認すること。その際、休憩や自主的な研修、教育訓練、学習などであるため労働時間ではないと報告されていても、実際には、使用者の指示により業務に従事しているなど使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については、労働時間として扱わなければならないこと
  • 自己申告制は、労働者による適正な申告を前提として成り立つものであるため、使用者は、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めないなど、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと
  • 時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払いなど、労働時間にかかる事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合には、改善のための措置を講ずること
  • 労働基準法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(36 協定)により延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、実際に労働時間を管理する者や労働者などにおいて、慣習的に行われていないかについて確認すること

3.賃金台帳の適正な調製

使用者は、労働者ごとに、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数といった事項を適正に記入する必要があります(労働基準法第108条、同法施行規則第54条)。

なお、賃金台帳にこれらの事項を記入していない場合や、故意に賃金台帳に虚偽の労働時間数を記入した場合は、30万円以下の罰金が科されることがあります(労働基準法第120条)。

4.労働時間の記録に関する書類の保存

使用者は、労働者名簿、賃金台帳のみならず、出勤簿やタイムカードなどの労働時間の記録に関する書類について、3年間保存する必要があります(労働基準法第109条)。

労働基準法では、「その他労働関係に関する重要な書類」について保存義務を課していますが、始業・終業時刻など労働時間の記録に関する書類もこれに該当し、3年間保存(3年間の起算日は、書類ごとに最後の記載がなされた日)する必要があります。

具体的には、使用者が自ら始業・終業時刻を記録したもの、タイムカードなどの記録、残業命令書およびその報告書、労働者が自ら労働時間を記録した報告書などが該当します。

5.労働時間を管理する者の職務

事業場において労務管理を行う部署の責任者(人事労務担当役員、人事労務担当部長など)は、当該事業場内における労働時間の適正な把握など、労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、労働時間管理上の問題点の把握およびその解消を図る必要があります。

6.労働時間等設定改善委員会などの活用

使用者は、事業場の労働時間管理の状況を踏まえ、必要に応じて労働時間等設定改善委員会などの労使協議組織を活用し、労働時間管理の現状を把握の上、労働時間管理上の問題点およびその解消策などの検討を行うこととされています。