【重要裁判例】名古屋自動車学校事件(令和5年7月20日最高裁判所判決・令和8年2月26日名古屋高等裁判所差戻審判決)を解説【同一労働同一賃金】

はじめに
名古屋自動車学校事件は、自動車教習所を経営する会社を定年退職した後、嘱託職員として有期労働契約により再雇用された教習指導員が、正職員との間で、基本給・賞与等について不合理な格差があるとして、会社に損害賠償を求めたものです。
定年後再雇用者の待遇差については、すでに長澤運輸事件(平成30年6月1日最高裁判所判決)が先例として存在しますが、長澤運輸事件は「諸手当」が中心の争点であったのに対し、本事件は「基本給・賞与」という賃金の根幹部分の格差が正面から争われた点で、重要な意義を持つ裁判例です。
最高裁判所は令和5年7月20日、基本給・賞与に関する原審(名古屋高等裁判所)の判断を破棄し、名古屋高等裁判所に審理を差し戻しました。
そして、差戻審である名古屋高等裁判所は、令和8年2月26日に判決を言い渡しました。
長澤運輸事件については、次の記事をご覧ください。
【重要裁判例】長澤運輸事件(平成30年6月1日最高裁判所判決)を解説【同一労働同一賃金】
本稿では、名古屋自動車学校事件について解説します。
事件の概要
被告(使用者側)
被告は、自動車学校(自動車教習所)の経営等を目的とする株式会社です(以下、「学校」といいます)。
学校の正職員(無期労働契約を締結し、教習指導員の業務に従事する者)の賃金は月給制であり、基本給(一律給と功績給からなる)と役付手当等で構成されていました。
正職員は役職に就き、昇進することが想定されており、その定年は60歳でした。
原告(労働者側)
原告らは、いずれも学校を正職員として長年勤務した後に定年退職し、その後、嘱託職員として有期労働契約により再雇用され、定年退職前と同じ教習指導員の業務に従事していました。
原告X1は、昭和51年以降正職員として勤務し、主任の役職にあった平成25年7月12日、退職金の支給を受けて定年退職し、その後、嘱託職員として平成30年7月9日まで勤務しました。
原告X2は、昭和55年以降正職員として勤務し、主任の役職にあった平成26年10月6日、退職金の支給を受けて定年退職し、その後、嘱託職員として令和元年9月30日まで勤務しました。
原告らの基本給は、定年退職時にはそれぞれ月額18万1,640円、16万7,250円であったところ、嘱託職員としての基本給は、いずれも定年退職時の50%以下にまで減額され、賞与に代わる嘱託職員一時金も、定年退職前の賞与の平均額と比べて大幅に減額されていました。
一方、定年退職の前後で、原告らの業務の内容や責任の程度、異動の範囲には相違がありませんでした。
原告らは、正職員に支給される基本給、賞与、皆精勤手当、敢闘賞(精励手当)、家族手当等について、嘱託職員である自分たちとの間の相違は労働契約法第20条に違反するとして、学校に対し、不法行為等に基づき、上記相違に係る差額について損害賠償等を求めて訴訟を提起しました。
判決(結論)
最高裁判所は、基本給および賞与について、正職員と嘱託職員との相違が不合理と認められるものに当たるとした原審(名古屋高等裁判所)の判断には、基本給・賞与の性質や目的を十分に検討せず、労使交渉の経緯も適切に考慮しないまま結論を導いた違法があるとして、この部分を破棄し、名古屋高等裁判所に差し戻しました。
差戻審である名古屋高等裁判所は、あらためて基本給・賞与の性質や目的、労使交渉の具体的な経緯等を検討したうえで、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る部分、嘱託職員一時金が同基本給の60%を基準として算定した額を下回る部分は、いずれも労働契約法第20条にいう不合理と認められるものに当たると判断しました。
なお、皆精勤手当および敢闘賞(精励手当)の減額分は不合理と認められる一方、家族手当の不支給は不合理とは認められないとの第一審の判断は、上告が却下されたことで、そのまま確定しました。
問題となった賃金体系(正職員と嘱託職員の比較)
当時の学校における正職員と嘱託職員の待遇の違いは、次のとおりです。
| 項目 | 正職員 | 嘱託職員 | |
| 1 | 基本給 | 月給制(一律給+功績給。勤続年数に応じて増加する傾向) | 定年退職時の基本給から50%以下に減額 |
| 2 | 賞与(嘱託職員一時金) | 年2回(基本給×掛け率+勤務評定分) | 定年退職前の賞与平均の約40%程度 |
| 3 | 皆精勤手当・敢闘賞(精励手当) | 全額支給 | 減額して支給 |
| 4 | 家族手当 | 扶養家族に応じて支給 | 支給なし |
上記の待遇に対し、嘱託職員である原告らは、主に次の点について、正職員との間に不合理な差があることを主張しました。
主な争点
- 【争点1】嘱託職員の基本給が、正職員定年退職時の基本給を大きく下回る点
- 【争点2】嘱託職員一時金(賞与に相当)が、正職員の賞与を大きく下回る点
裁判所の判断(第1審・第2審)
第1審(名古屋地方裁判所)
第1審(令和2年10月28日判決)は、基本給について、嘱託職員時の額が正職員定年退職時の額の60%を下回る部分を不合理と判断しました。
賞与(嘱託職員一時金)についても、正職員定年退職時の基本給の60%を基準として各季の調整率を乗じた額を下回る部分を不合理と判断しました。
また、皆精勤手当および敢闘賞(精励手当)の減額分についても不合理と判断した一方、家族手当の不支給については不合理でないと判断しました。
第2審(名古屋高等裁判所)
第2審(令和4年3月25日判決)は、第1審の判断は相当であるとして、原告・被告双方の控訴をいずれも棄却し、第1審の判断をそのまま維持しました。
最高裁判所の判決
最高裁判所は、原判決中、原告らの基本給および賞与に係る損害賠償請求に関する被告(学校)敗訴部分を破棄し、この部分につき名古屋高等裁判所に差し戻しました。
他方、被告のその余の上告は却下されたことで、皆精勤手当・敢闘賞(精励手当)および家族手当に関する第1審の判断が確定しました。
最高裁判所の判決の理由(労働契約法第20条の判断枠組みについて)
最高裁判所は、まず、「労働契約法第20条は、有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結している労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる」としました。
もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給および賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものであるとしました。
その上で、最高裁判所は、原審の判断について、「正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない」と指摘しました。
また、「労使交渉に関する事情を労働契約法第20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される」としたうえで、「原審は、上記労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する被告の回答やこれに対する労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない」と指摘しました。
賞与についても同様に、「原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない」として、基本給と同じ理由で違法があると判断しました。
このように、最高裁判所は、基本給や賞与といった賃金の根幹部分についても、単に金額の大小や割合だけで判断するのではなく、その性質・目的を丁寧に検討したうえで、労使交渉の具体的な経緯も含めた諸事情を考慮して不合理性を判断すべきであるという枠組みを示し、具体的な結論は差戻審に委ねました。
差戻審の判決の理由
最高裁判所の差し戻しを受け、名古屋高等裁判所(差戻審・令和8年2月26日判決)は、基本給および賞与の性質・目的や労使交渉の経緯等をあらためて検討したうえで、次のとおり判断しました。
【争点1】嘱託職員の基本給が、正職員定年退職時の基本給を大きく下回る点
差戻審は、正職員の基本給が、その勤続年数に応じて増加する年功的性格を有するものであったと認められることを確認したうえで、①原告らの職務内容および変更範囲は正職員定年退職時と嘱託職員時で相違がなかったこと、②嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の50%以下に減額され、その結果、若年正職員の基本給をも下回っていること、③賃金総合計も正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまること、④労使交渉の結果が制度に反映されたという事情も見受けられないこと、⑤基本給が労働契約に基づく労働の対償の中核であることなどの事情を総合的に考慮しました。
その結果、「原告らの正職員定年退職時の基本給と嘱託職員時の基本給の相違は、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法第20条にいう不合理と認められるものに当たるというのが相当である」としました。
なお、原告らが高年齢雇用継続基本給付金および老齢厚生年金(報酬比例部分)を受給していたことは、この判断を妨げる事実として考慮することはあり得るものの、この判断を左右するものではないとしました。
【争点2】嘱託職員一時金(賞与に相当)が、正職員の賞与を大きく下回る点
差戻審は、賞与は、月例賃金とは別に支給される一時金であり、労務の対価の後払、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものであり、有期契約労働者と無期契約労働者の間で相違が生じていたとしても、これが不合理と認められるものに当たるか否かについては慎重な検討が求められるとしたうえで、原告らの嘱託職員一時金の額が、定年退職前の賞与の平均額の約40%にとどまること、嘱託職員一時金を含めた支給総額も、定年退職前の労働条件で就労した場合の54.5%から59.2%にとどまること、これが労使自治の反映の結果であるともいえないことなどを考慮しました。
その結果、「原告らの嘱託職員一時金と正職員の賞与の相違は、嘱託職員一時金が原告らの嘱託職員時の基本給を正職員定年退職時の60%の金額として、これに各季の正職員の賞与の掛け率を乗じた金額を下回る限度で、労働契約法第20条にいう不合理と認められるものに当たるというのが相当である」としました。
なお、皆精勤手当・敢闘賞(精励手当)および家族手当については、上告理由に含まれておらず、正職員定年退職時に比べて嘱託職員時に減額して支給するという皆精勤手当・敢闘賞(精励手当)の相違は不合理と認められるものに当たる一方、正職員に対して家族手当を支給する一方で嘱託職員に対してこれを支給しないという相違は不合理と認められるものに当たらないと判断した第一審の判断が確定しています。

