給与のデジタルマネー(電子マネー)払い|就業規則、労使協定、同意書の規定例(記載例)を解説
はじめに
2023(令和5)年4月1日施行の法改正により、会社が一定の要件を満たす場合には、給与をデジタルマネー(電子マネー)で支払うことが認められることとなりました(労働基準法施行規則第7条の2)。
法改正の内容については、以下の記事をご覧ください。
【2023年法改正】「デジタルマネー(電子マネー)」による給与(賃金)の支払いについて解説
会社が給与をデジタルマネーによって支払う場合には、主に次の手続が必要となります。
給与をデジタルマネーによって支払う場合の手続
- 就業規則への記載
- 労使協定の締結
- 従業員への説明(4.の前提として)
- 従業員の同意(同意書)
この記事では、手続において必要となる、就業規則、労使協定および同意書の規定例(記載例)を解説します。
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就業規則の規定例(記載例)
就業規則への記載の要否
就業規則に記載する内容については、法律によって、記載事項が定められています(労働基準法第89条)。
そして、「賃金の支払方法」に関する内容は、就業規則の絶対的必要記載事項に該当し、法律によって、その内容を就業規則に必ず記載しなければならないとされています。
就業規則の規定例(記載例)は、次のとおりです。
就業規則の規定例(記載例)
(賃金の支払と控除)
第●条 賃金は、従業員に対し、通貨で直接その全額を支払う。【注1】
2 前項について、従業員が同意した場合は、銀行口座または証券総合口座への振込により賃金を支払う。
3 第1項について、会社があらかじめ従業員の過半数代表者との間で書面による協定を締結し、かつ従業員が同意した場合は、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(指定資金移動業者)の口座への振込により賃金を支払う。【注1】
4 次に掲げるものは、賃金から控除する。
一、源泉所得税
二、住民税
三、健康保険、厚生年金保険および雇用保険の保険料の被保険者負担分
四、その他、従業員の過半数代表者との書面による協定により控除することとしたもの
【注1】賃金の支払方法の原則と例外
労働基準法では、賃金は原則として、「通貨」(現金)によって支払わなければならないと定められており、例外的に、従業員の同意を得ることを条件として、銀行口座、証券総合口座または資金移動業者の口座に振り込むことが認められます(労働基準法第24条第1項)。
そこで、上記の就業規則の規定においても、賃金は原則として通貨で支払うとしつつも(第1項)、従業員の同意を得た場合には、資金移動業者の口座に(デジタルマネーで)振り込むことを定めています(第3項)。
なお、デジタルマネーによる給与の支払いは、すべての資金移動業者が取り扱うことができるものではなく、第二種資金移動業者のうち、厚生労働大臣の指定を受けた「指定資金移動業者」の口座についてのみ認められます。
労使協定の記載例
労使協定の締結
会社がデジタルマネーにより給与を支払うためには、会社と従業員の過半数代表者との間で、労使協定を締結する必要があります(令和4年11月28日基発1128第4号)。
労使協定には、特に決まった様式はありませんが、行政通達により、主に次の内容を記載する必要があります。
労使協定の記載事項
- 口座振込み等の対象となる従業員の範囲
- 口座振込み等の対象となる賃金の範囲およびその金額
- 取扱金融機関、取扱証券会社および取扱指定資金移動業者の範囲
- 口座振込み等の実施開始時期
上記の記載事項を踏まえた労使協定の記載例は、次のとおりです。
労使協定の記載例
資金移動業者口座への賃金の振込に関する協定書
●●株式会社と、その従業員の過半数を代表する者は、資金移動業者口座への賃金の振込について、次のとおり協定します。
(対象となる従業員の範囲)【注2】
第1条 本協定に基づく資金移動業者口座への賃金振込は、すべての従業員に適用します。
(従業員への説明および同意)
第2条 会社は、資金移動業者口座への賃金振込を希望する従業員に対して、次の事項を書面により説明することとします。【注3】
一、資金移動業者口座の資金
二、資金移動業者が破綻した場合の保証
三、資金移動業者口座の資金が不正に出金等された場合の補償
四、資金移動業者口座の資金を一定期間利用しない場合の債権
五、資金移動業者口座の資金の換金性
六、上記の他、説明が必要な事項
2 会社は、前項の説明を行った従業員について、説明内容を踏まえ、従業員が同意する場合に限り、第3条に定める資金移動業者口座に賃金を振り込むこととします。
(口座振込み等の対象となる賃金の範囲およびその金額)【注4】
第2条 資金移動業者口座への振込の対象となる賃金は、次のとおりとします。
一、月例給与など、定期支給する賃金:対象とする
二、賞与:対象外とする
三、退職金:対象外とする
(取扱資金移動業者の範囲)
第3条 賃金の振込先となる資金移動業者は、内閣総理大臣の登録を受けた第二種資金移動業者のうち、厚生労働大臣の指定を受けた次の資金移動業者(指定資金移動業者)とします。
一、●●株式会社(サービス名:●●)
二、●●株式会社(サービス名:●●)
(有効期間)【注5】
第4条 本協定の有効期間は、●年●月●日より●年●月●日までとします。ただし、有効期間満了日の1ヵ月前までに、会社または従業員の過半数代表者のいずれからも申出がないときには、本協定は更に1年間有効期間を延長するものとし、以降も同様とします。
協定日:●年●月●日
株式会社●● 代表取締役●●●●
従業員代表者 ●●部●●課 ●●●●
【注2】対象となる従業員の範囲
給与をデジタルマネーで支払う対象として、必ずしも全従業員を対象とする必要はありません。
例えば、日給制や月給制といった賃金の支払形態、あるいは正社員やパート・アルバイトなど従業員の雇用区分によって取り扱いを変えることは問題ありません。
【注3】従業員への説明事項
会社は、給与をデジタルマネーによって受け取ることを希望する従業員については、個別に同意を得る必要がありますが、その同意を得るための前提として、制度の内容や留意事項について説明を行い、従業員の理解を得る必要があります(労働基準法施行規則第7条の2第1項)。
説明の際には、主に次の内容を説明し、従業員の理解を得る必要があります。
この説明事項は、資金移動業者が厚生労働大臣の指定を受けるための要件と同様の内容とされています。
従業員への説明事項
- 資金移動業者口座の資金
- 資金移動業者が破綻した場合の保証
- 資金移動業者口座の資金が不正に出金等された場合の補償
- 資金移動業者口座の資金を一定期間利用しない場合の債権
- 資金移動業者口座の資金の換金性
【注4】賃金の範囲およびその金額
「口座振込等を希望する賃金の範囲・金額」については、賃金の一部を資金移動業者口座で受け取り、残りを銀行口座で受け取ることも可能です。
例えば、口座振込を希望する賃金の範囲として、定期給与、賞与、退職金のうちいずれかに限定することや、あるいは定期給与のうち一部(10万円など)をデジタルマネーで受け取るなどの場合も想定されます。
また、資金移動業者の口座は、銀行業と異なり預金を受け入れることが想定されておらず、滞留規制により100万円の上限が定められています(資金移動業に関する内閣府令第30条の2)。
そこで、賞与や退職金など比較的金額の大きい賃金については、デジタルマネーで支給することになじまない場合も想定されることから、その場合には賞与や退職金などを対象外とする旨を記載する必要があります。
【注5】有効期間
労使協定には、特に有効期間の制限はありませんが、実務的な観点からは、定期的に内容を見直す必要性から、1年程度の有効期間を定めつつ、労使のいずれからも異議がなければ、労使協定を自動的に更新する旨を定めておくとよいと考えます。
なお、当該労使協定を所轄の労働基準監督署に届け出る必要はありません。
同意書の記載例
同意書の必要性
会社がデジタルマネーにより給与を支払う場合には、従業員の同意を得たことを証するために、同意書の提出を求める必要があります。
従業員の同意は、「書面」または「電磁的記録(電子メールなど)」による必要があり、口頭での確認では足りないことに留意する必要があります(令和4年11月28日基発1128第3号)。
同意書には、主に次の内容を記載する必要があります(令和4年11月28日基発1128第4号)。
同意書の記載事項
- 口座振込を希望する賃金の範囲・金額
- 資金移動業者名
- 資金移動サービスの名称
- 資金移動業者口座の口座番号(アカウントID)および名義人
- 開始希望時期
- 代替口座として指定する銀行口座または証券総合口座の情報
上記の記載事項を踏まえた同意書の記載例は、次のとおりです。
同意書の記載例
資金移動業者口座への賃金支払に関する同意書
株式会社●● 御中
私は、資金移動業者口座への賃金の支払いについて、以下の内容を確認しました。
(いずれかにチェック)
□ 会社から、賃金支払の方法として、資金移動業者の口座への振込の他、銀行口座または証券総合口座への振込も併せて選択肢として提示されたこと
□ 資金移動業者の口座への振込に関する留意事項について説明を受け、その内容を確認したこと
その上で、私は、資金移動業者口座への賃金支払いについて以下のとおり選択します。
(いずれかにチェック)
□ 私は、資金移動業者口座への賃金支払に同意し、その取扱いは、下記のとおりとするよう申し出ます。
□ 私は、資金移動業者口座への賃金支払いに同意しません。
(同意をしない場合は、以下の記入は不要です)
記
1.指定資金移動業者口座への資金移動を希望する賃金の範囲及びその金額
(1)定期賃金: 円
(2)賞与 : 円
(3)退職金 : 円
(注)指定資金移動業者口座は、資金の受入上限額が 100 万円以下とされていることに留意し、希望する賃金の範囲及びその金額を記入してださい。
2.指定資金移動業者の口座を特定するための情報
(1)指定資金移動業者名: (例:PayPay株式会社)
(2)資金移動サービスの名称: (例:PayPay)
(3)口座番号(アカウントID):
(4)名義人: (本人名義に限る)
3.指定資金移動業者口座への支払開始希望時期
希望開始日: 年 月 日以降に支給される給与から開始
4.代替口座として指定する金融機関等【注6】
(1)金融機関店舗名又は証券会社店舗名: 銀行 支店
(2)口座種別:□普通 □当座(いずれかにチェック)
(3)口座番号:
(4)名義人: (本人名義に限る)
(注)本口座は、指定資金移動業者口座の受入上限額を超えた際に、超過相当額の金銭を従業員が受け取る場合、あるいは指定資金移動業者の破綻時に保証機関から弁済を受ける場合等に利用が想定されます。
以上
同意年月日: 年 月 日
従業員氏名: 印
【注6】代替口座として指定する金融機関等
「代替口座として指定する金融機関等」とは、賃金の支払いの際に、指定資金移動業者の口座の受入上限額(100万円)を超えたことにより、超過した分の金額を従業員が受け取る場合、あるいは指定資金移動業者の破綻時に当該指定資金移動業者と保証委託契約を結んだ保証機関から弁済を受ける場合などに利用が想定される口座の情報をいいます。
行政通達では、当該口座を指定資金移動業者が直接把握する場合においても、会社も把握しておくことが求められていることから、当該口座を同意書に記載する必要があります(令和4年11月28日基発1128第4号)。