労務トラブルの解決手段(あっせん・労働審判・裁判など)と解決までの流れを解説

はじめに

会社と従業員との間では、労働条件をめぐって、ときにトラブルが発生する場合があります。

例えば、従業員から、賃金について「残業代が適正に支払われていない」と指摘され、残業代の支払いを請求される場合や、解雇について「解雇されることに納得がいかない」と主張され、解雇の無効を争って裁判にまで発展する場合など、会社経営においては、大小様々なトラブル(以下、「労務トラブル」といいます)が生じるものです。

当事者間(会社と従業員)の話し合いで解決することができればいいのですが、労務トラブルの中には、当事者間の話し合いでは折り合いがつかず、外部の機関の力を借りて、解決を図らざるを得ない場合があります。

この記事では、当事者間の話し合いでは解決に至らない労務トラブルが、どのような手段を経て最終的に解決されていくのかを解説します。

弁護士(代理人)・労働組合による交渉

会社(経営者や人事担当者など)と従業員との間で話し合いをしても、労務トラブルが解決しない場合には、当事者の一方または双方が、弁護士を代理人として交渉する場合があります。

弁護士が代理人として、当事者に代わって解決に向けた交渉をすることで、法的な論点を整理して交渉を進めることにより、感情的な衝突を避けて冷静に話し合うことができるというメリットがあります。

また、従業員が外部の労働組合(ユニオン)に加入して、労働組合から会社に対して、交渉の申し入れを行う場合があります。

この場合には、労働組合が、組合員である従業員を代理して、会社との交渉を行うこととなります(これを「団体交渉」といいます)。

これらの方法に共通するのは、代理人が登場したとしても、あくまでも当事者間の話し合いの延長であって、必ずしも相手の要求を受け入れ、交渉を成立させなければならない(解決しなければならない)ものではありません。

したがって、代理人による交渉によって解決に至らない場合(交渉が決裂した場合)には、後述する他の解決手段に移行していく、という流れになります。

労働基準監督署の介入(是正勧告)

労働基準監督署の役割

労務トラブルが発生した場合には、従業員が、労働基準監督署に通報するという行動をとる場合があります。

しかし、労働基準監督署には、すべての通報について対応しなければならない義務はなく、労働基準監督署が取り扱うのは、労働基準法などの法令に違反する行為がある問題に限られます

法令に定めがない問題、例えば、「解雇が有効か無効か」の問題や、「ある行為がハラスメントに該当するかどうか」などの問題は、あくまで民事上の問題(当事者間の問題)として、労働基準監督署はこれに介入することができません(これを「民事不介入」といいます)。

したがって、まずは、あらゆる労務トラブルについて労働基準監督署が介入するものではないことを理解しておく必要があります。

従業員が通報をした場合であっても、その内容について労働基準監督署で取り扱うことができない場合には、労働基準監督署は、後述する「あっせん」制度など、他の解決手段を紹介して対応を終了することが多いようです。

労働基準監督署による是正勧告

一方で、会社に法令違反がある場合には、労働基準監督署が対応します。

例えば、会社に残業代の不払いがある場合には、労働基準法に違反することとなります(労働基準法第24条違反)ので、従業員から通報があれば、労働基準監督署が介入することとなります。

そして、労働基準監督署による調査の結果、残業代の不払いが事実として認定されると、労働基準監督署は会社に対して、その状況を是正するように勧告します(これを「是正勧告」といいます)。

是正勧告がなされた場合には、会社は勧告された内容に基づき、残業代を支払うなどの対応を行い、その結果を労働基準監督署に報告する必要があるため、当該対応をもって労務トラブルは一応の解決に至ることとなります。

都道府県労働局の制度

都道府県労働局長による助言・指導

全国の都道府県労働局や労働基準監督署には、労務トラブルを相談できる機関として「総合労働相談コーナー」が設けられています。

総合労働相談コーナーは、厚生労働省が管轄している相談窓口で、会社または従業員のいずれの立場からも、無料で相談をすることができます。

ただし、あくまで「情報提供」の位置付けであり、相談員が当事者間の仲裁に入ることはありません。

相談窓口では、労務トラブルに関連する法令や裁判例などの情報提供、都道府県労働局長による助言・指導の制度についての説明を行います。

さらに、相談者が都道府県労働局長による助言・指導の申し出をした場合には、総合労働相談の相談員または労働局の職員が相手方を呼び出し、事情聴取を行い、労働法令に沿った解決案を口頭で助言・指導します。

しかし、この助言・指導には法的な拘束力はなく、当事者には助言・指導に従う義務はありません

ここで労務トラブルが解決されなかった場合には、当事者の希望に応じて、「あっせん」制度など他の紛争解決機関の説明などを行います。

都道府県労働局の紛争調整委員会による「あっせん」制度

「あっせん」制度とは、労務トラブルの当事者の間に、労働問題の専門家が入り、会社と従業員の双方の主張の要点を確かめ、適宜調整を行いながら、話し合いによる解決を図る制度をいいます。

あっせん制度は、無料で利用することができます。

担当する労働問題の専門家は、紛争調整委員と呼ばれ、弁護士、大学教授、社会保険労務士などが担当します。

後述する裁判と比較すると、「あっせん」は手続が非公開で行われるため、当事者のプライバシーが保護されること、また、手続が簡便で、迅速に解決に至ることがメリットといえます。

一方で、裁判とは異なり強制力がなく、そもそも「あっせん」に応じて出席するかどうかは当事者の自由であり、また、あっせんで和解に至ったとしても、その内容を一方が守らなかった場合に強制執行をすることはできません。

その意味で、裁判に比べると、緩やかな労務トラブルの解決方法のひとつといえます。

労働審判

「労働審判」とは、労働審判官(裁判官)1名と、労働関係に関する専門的な知識を持つ労働審判員2名とで組織された「労働審判委員会」が、労働紛争を原則として3回以内の期日で審理して、適宜調停を試みながら、調停による解決に至らない場合には、労働審判を行うという手続をいいます。

通常の裁判(訴訟)と比較すると、労働審判は、原則として3回以内の期日で審理を終結することが決められている(労働審判法第15条第2項)ため、迅速に解決することができる可能性が高いことがメリットといえます。

また、労働審判に対して、当事者から異議の申し立てがあれば、労働審判はその効力を失い、訴訟に移行する点が特徴的です(労働審判法第21条第3項、第22条)。

つまり、当事者が労働審判の申し立てをすることは、同時に訴訟に移行する可能性が生じることを意味するといえます。

裁判(民事訴訟)

保全訴訟(仮処分)

「仮処分」とは、権利を保全するために、紛争の最終的解決に至るまで、裁判所によって行われる暫定的な処分をいいます。

労務トラブルの内容には、解雇など賃金に関するものがあり、会社から賃金が支払われていない場合には、従業員の生活に支障を来たすおそれがあります。

特に解雇事案では、裁判が長期化することによって、判決が出るまで、従業員が生活に困るおそれがあるため、裁判所にはこのような処分をする権限が認められています。

従業員の権利が認められる見通しがあり(被保全権利の存在)、生活に困っているなどの事情(保全の必要性)があれば、裁判所は、裁判が終結する前であっても、会社に対して従業員に対して仮に賃金を支払うことなどを命令することができる場合があります。

労働審判は、当事者が異議を申し立てれば強制執行できないことに比べて、仮処分自体は当事者が異議を申し立てても強制執行を行うことができる点に特徴があります。

審理も迅速に行われ、早い場合には3ヵ月程度で審理が終結し、会社に対して賃金仮払いなどの仮処分命令が出されることがあります。

裁判(民事訴訟)

裁判(民事訴訟)は、会社または従業員のいずれか一方が訴訟提起することによって、裁判所によって手続が行われ、最終的に判決が言い渡されます。

裁判は、原則として公開の法廷で行われ、途中からは非公開の弁論準備手続に入ることとなります。

弁論準備手続の間は、当事者が互いの主張と証拠を裁判所に提出し、紛争解決を目指します。

テレビドラマのように、法廷で主張を激しく陳述するような場面はほとんどなく、基本的には、書面に互いの主張内容を記載し、証拠を添えて提出する手続が繰り返されます。

前述の手続(あっせん、労働審判、仮処分)よりも解決まで長い期間を要する傾向があり、判決まで1年以上かかることも稀ではありません。

さらに判決に不服がある場合には、第二審、第三審まで係属することがあります。

判決が言い渡されることによって、判決に基づいて強制執行が可能になるなど、労務トラブルがいわば強制的に解決することとなります。

その意味では、労務トラブルの最終的な解決手段は裁判所による判決であるといえます。

なお、実際には、裁判官が心証を形成していき、裁判の途中で心証を述べて、当事者に和解を促すことが多いようです。

和解をすることで、判決を待たずして裁判が終結するため、裁判が長期化することなく解決に至ることが期待されます。