固定残業代(定額残業代・みなし残業代)とは?制度内容と運用時の留意点を解説

固定残業代(定額残業代・みなし残業代)とは?

固定残業代の定義

「固定残業代(制)」とは、残業代として、あらかじめ決められた一定額を、定例の給与に上乗せして従業員に支払うことをいいます。

ここでいう「残業代」とは、正確には、法律によって定められている、時間外労働・休日労働・深夜労働に対する割増賃金をいいます(労働基準法第37条)。

固定残業代は、法律で定められている制度ではなく、会社が独自に制度を設けて運用するものです。

固定残業代は、他にも「定額残業代」や「みなし残業代」などといった呼び方をすることがあり、また、その内容(手当の名称や金額)も会社によって様々です。

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固定残業代のポイント

固定残業代は、過去の残業実績などをもとに、今後も発生するであろうと見込まれる残業代を、あらかじめ定額で支給するものです。

例えば、ある従業員について、毎月平均20時間程度の残業が行われている場合において、今後も同じくらいの残業が行われることが想定されるため、その時間に相当する残業代として計算した月5万円を固定残業代として支給するようなケースが該当します。

本来、残業代は、賃金計算期間(月給制であれば、一ヵ月)ごとに発生した残業時間に応じて、その都度計算し、算出した額を給与に上乗せして支払うべきものです。

一方、固定残業代は、あらかじめ給与に一定額の残業代を上乗せしておき、実際の残業時間数に関係なく、固定で残業代を支給するものです。

このとき、結果的に残業が全くなかったとしても、残業代を「固定」で支給している以上、会社は従業員に対して固定残業代を「全額」支払う必要がある点がポイントです。

固定残業代の類型

次に、固定残業代を導入する場合の、賃金の制度設計について説明します。

実際に固定残業代を導入している会社の賃金制度を分類すると、大きく「基本給組込型」と「手当型」とに分かれます。

前者を「定額給制」、後者を「定額手当制」ということもあります。

基本給組込型」は、基本給の中に固定残業代を組み込むことにより、基本給の一部として残業代を支給するものです。

手当型」は、基本給とは別に支払われる、定額の手当として残業代を支給するものです。

このとき、「固定時間外手当」や「固定残業手当」など、その手当が固定残業代であることを明確に区別することができる場合もあれば、会社によっては「業務手当」や「職務手当」などの手当を(性質上)固定残業代として支給するなど、通常の手当とは判別しにくい場合もあります。

しかし、実際に裁判にまで発展した事例では、毎月変動する「歩合給」の中に固定残業代を組み込むなど、賃金制度が複雑になり、従業員にとって固定残業代として判別できないことに起因するトラブルが多く存在します。

固定残業代が法的に有効と認められるためには、まず、「固定残業代として明確に判別することができるかどうか」が重要なポイントになります。

労務トラブルを防止するためには、固定残業代を基本給などに組み込むのではなく、独立した手当として、従業員にとって分かりやすい形で手当を支給することが望ましいと考えます。

固定残業代の誤った運用

固定残業代においては、「固定」という言葉のせいか、「残業時間が何時間であっても、固定残業代さえ支払っておけば問題ない」や「固定残業代を支払っているから、残業時間を把握する必要がない」などの誤解に基づいた誤った運用が散見されます。

しかし、固定残業代を導入している場合でも、会社には従業員の残業時間を適切に把握する義務があり、実際の残業時間数に応じて、次の点に留意して対応する必要があります。

固定残業代の運用上の留意点

  1. 実際の残業時間数が、固定残業代に含まれる残業時間数(見込み残業時間数)を下回る場合でも、固定残業代を全額支払わなければならないこと
  2. 実際の残業時間数が、固定残業代に含まれる残業時間数(見込み残業時間数)を上回る場合には、追加で差額分の残業代を支払わなければならないこと

上記1.の例としては、次のとおりです。

【実際の残業時間数<見込み残業時間数】

・時給単価…1,000円

・割増賃金単価…1,250円(時給単価の25%割増)

・固定残業代…25,000円(20時間分の見込み残業時間に相当)

・実際の残業時間数…10時間

・実際の残業代…12,500円(1,250円×10時間)

【結論】

実際の残業代12,500円<固定残業代25,000円

固定残業代として、25,000円(全額)を支払う

この例では、実際の残業時間数(10時間)が、見込み残業時間数(20時間)よりも短く、結果的には、本来の額よりも残業代が多く支払われている(払い過ぎている)ことになります。

しかし、このような場合でも、会社は固定残業代の全額(25,000円)を支払わなければならず、実際の残業代である12,500円だけを支払うことはできません。

上記2.の例としては、次のとおりです。

【実際の残業時間数>見込み残業時間数の例】

・時給単価…1,000円

・割増賃金単価…1,250円(時給単価の25%割増)

・固定残業代…25,000円(20時間分の見込み残業時間に相当)

・実際の残業時間数…30時間

・実際の残業代…37,500円(1,250円×30時間)

【結論】

実際の残業代37,500円>固定残業代25,000円

固定残業代に追加して、12,500円を支払う(37,500円-25,000円)

この例は、実際の残業時間数(30時間)が、見込み残業時間数(20時間)よりも長い場合です。

このとき、実際の残業代(37,500円)が固定残業代(25,000円)を上回ることとなるため、固定残業代を支払うだけでは会社の義務を果たしたことにはなりません。

したがって、会社は、その差額(12,500円)を追加で支払う必要があります。

固定残業代は適法?違法?

固定残業代の制度を導入・運用すること自体については、法律上の問題はありません

そもそも、従業員の賃金は、会社と従業員との間の労働契約、つまり当事者双方の合意によって決まるものです。

当事者双方が、契約内容に納得して合意している限りは、固定残業代によって残業代を支払うことに問題はありません。

裁判例でも、「労働者に支払われる基本給や諸手当(略)にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない」と述べています(最高裁判所平成29年7月7日判決)。

また、労働基準監督署の行政解釈でも、従業員に対して支払われている固定残業代が、法律の定めに基づいて計算した割増賃金を下回らない場合には、法律に違反しないこととされています(昭和24年1月28日基収3947号)。

つまり、固定残業代の制度を導入すること自体は、法律の定める割増賃金(残業代)が適切に支払われている限りにおいては、法律上問題はないといえます。

しかし、実際に裁判などに発展する事例をみると、例えば次のような理由で、法律の定める割増賃金(残業代)が適切に支払われていないと判断されることがありますので、労務管理においては十分に留意する必要があります。

裁判で固定残業代が問題になった事例

  1. 固定残業代を支給している旨やその金額を、賃金規定や契約書などによって従業員に説明・周知していないケース
  2. 実際の残業代が固定残業代を上回った場合に、その差額を支給していないケース
  3. 固定残業代が賃金の大部分を占めており、計算をすると長時間(100時間相当など)の時間外手当が支給されているケース

1.の事例

例えば、ある会社の賃金規定に、「基本給30万円(固定残業代を含む)」とだけ記載されていたとします。

しかし、この記載だけでは、固定残業代が具体的に何円であるのか、そして何時間分の残業時間に相当するのかが、まったく分かりません。

このような固定残業代については、基本給と判別することができず、従業員に不利益であるとして、法的に認められない可能性が高いといえます。

2.の事例

実際の残業代が固定残業代を上回った場合に、その差額を支給していない場合には、固定残業代が制度として機能しておらず、固定残業代そのものが無効と判断されるリスクがあります。

裁判などで固定残業代そのものが無効と判断された場合には、「そもそも残業代を一切支払っていなかった」ものと取り扱われることとなり、多額の未払残業代の支払いが必要になるなど、会社にとっては非常に大きな労務リスクを負うこととなります。

3.の事例

固定残業代は、過去の残業実績などに基づいて、適切な見込み時間数を設定し、それに見合う金額の残業代を計算して支給する必要があります。

裁判例に照らしても、100時間分の残業代を見込んで支払うなど、長時間労働を前提とするような固定残業代は、社会通念上相当でないものとして、法的に認められない可能性が高まるといえます。

固定残業代の誤った運用をすることにより、労務トラブルに発展し、裁判に至っている事例も数多くあります

したがって、固定残業代は、会社の労務管理において、リスクが高い部類に入ることを念頭に置き、導入時はもちろん、運用時においても十分に留意する必要があります。

まとめ

総じて、固定残業代は、労務トラブルを誘発しやすく、厳格に運用されなければ、会社の労務リスクを高める要因となります。

固定残業代については、法律による定めがないため、過去の裁判例などをしっかりと検証したうえで、専門家の意見も踏まえて慎重に導入すべき制度であるといえます。