固定残業代(定額残業代・みなし残業代)のメリット・デメリット|会社側・従業員側からそれぞれ解説

はじめに

「固定残業代(制)」とは、残業代として、あらかじめ決められた一定額を、定例の給与に上乗せして従業員に支払うことをいいます。

固定残業代の制度の内容については、以下の記事をご覧ください。

固定残業代(定額残業代・みなし残業代)とは?制度内容と運用時の留意点を解説

この記事では、固定残業代を導入することによる、メリットとデメリットについて、会社側と従業員側から、それぞれ解説します。

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固定残業代(定額残業代・みなし残業代)のメリット【会社側】

まずは、固定残業代を導入することによる会社側のメリットを解説します。

なお、当該メリットは、あくまで会社の導入する固定残業代が、法的に問題なく運用されているケースを前提にしています。

会社側のメリットは、次のとおりです。

会社側のメリット

  1. 残業代の計算と精算をする手続を(一部)省略することができる場合がある
  2. 支払われる賃金の総額を多く見せることができることにより、採用などで有利に働く場合がある
  3. 固定残業代が割増賃金の計算の基礎に含まれないことにより、基礎賃金が低額になる。これによって、残業代による人件費負担が軽減される場合がある
  4. 残業代の多寡による、従業員間の不公平が解消される場合がある
  5. 人件費のコントロール(平準化)ができ、予測がしやすくなる場合がある

メリット1.

固定残業代を支給することにより、給与計算の際に一から残業代を計算し、支給することに比べて、事務手続を軽減することができる場合があります。

ただし、軽減されるといっても、数時間程度の残業について、わざわざ残業代を計算し、支給する手間が生じない、という程度のものであり、まったく計算をしなくてもよくなるものではありません。

固定残業代に関して、よくある誤解として、会社が「固定残業代を支給しておけば、残業時間を把握する必要がない」や「残業代をまったく支給する必要がない」と認識している場合があります。

しかし、固定残業代を支給している場合であっても、会社には残業時間を正しく把握する義務があり、残業代を計算したうえで、実際の残業時間が固定残業代に含まれる残業時間を上回る場合には、その差額を追加で支給する必要があります。

メリット2.

固定残業代を賃金に上乗せすることによって、支払われる賃金の総額を多く見せることができ、採用などの場面において有利に働く場合があります。

しかし、応募者の中には、まるで固定残業代を導入している会社が「ブラック企業」であるかのように、良くないイメージを持っている場合があり得ることは、少し気に留めておく必要があります。

もちろん、固定残業代の制度自体に良い・悪いという観念はなく、適切に運用すれば何ら問題はありません。

とはいえ、実際に固定残業代の誤った運用が引き金となって、多額の残業代の未払いが生じたトラブル事例は数多く存在し、それがマスコミに報道されることによって、固定残業代について良いイメージを持っていない方が一定数存在していることは事実です。

したがって、求人・採用の際には、会社は応募者に対して、固定残業代について正しく理解してもらえるように、丁寧に制度趣旨を説明することが望ましいといえます。

メリット3.

固定残業代は、それ自体が残業代の性質をもつため、当然ながら、残業代の計算をするうえで、計算の基礎に含まれません。

つまり、固定残業代を設けることで、基礎賃金は低額になり、これによって、残業代の額が低額になり、会社の人件費負担を軽減することができる場合があります。

もちろん、従業員側のメリットとのバランスを図ることが必要であり、人件費の削減のみを目的として制度を悪用してはならないことは言うまでもありません。

具体例

①基本給30万円のみの場合の賃金

1ヵ月の平均所定労働時間…150時間/月

ある1ヵ月の残業時間…30時間

基礎賃金…2,000円(30万円÷150時間)

【結論】残業代は、75,000円(2,000円×1.25×30時間)

②基本給225,000円+固定残業代75,000円(合計30万円)の場合の賃金

1ヵ月の平均所定労働時間…150時間

ある1ヵ月の残業時間…30時間

基礎賃金…1,500円(225,000万円÷150時間)

【結論】残業代は、56,250円(1,500円×1.25×30時間)

→固定残業代>実際の残業代となり、追加の残業代の支払いは不要

上記は、いずれも基本的な月給は30万円ですが、固定残業代が含まれている点で異なります。

固定残業代を含めた②のケースでは、基本給が225,000円とされている分、基本給が30万円のとき(2,000円)と比べて、基礎賃金が低額になっている(1,500円)ことが分かります。

固定残業代と最低賃金との関係

なお基礎賃金が低額になる結果、誤った運用例として、固定残業代を除いた賃金が、時給換算をすると最低賃金を下回っているというケースもあります。

最低賃金をクリアしているかどうかを判断する際には、固定残業代を「除いた」賃金をベースにして時給計算した額と、最低賃金額とを比較する必要があります。

新卒採用者など、賃金が比較的低額になりやすい従業員については特に留意が必要です。

メリット4.

例えば、ある仕事があったとして、その仕事を効率的にこなして残業をせずに終わらせる従業員Aと、それと同じ仕事を20時間残業することにより終わらせる従業員Bがいたとします。

このとき、会社からの評価が高いのは従業員Aになりそうですが、金銭的な恩恵をみると、従業員Aには残業代が支払われないのに対し、従業員Bには20時間分の残業代が支払われることとなります。

そうなると、従業員Aにとっては、不公平感が生じ、不満を抱きやすくなります。

そこで、このような場合に、例えば20時間分の固定残業代を支給しておけば、結果的に残業時間数に関係なく、従業員Aと従業員Bが共に同じ額の賃金を受け取ることとなり、従業員Aにとっての不公平感は解消されることが期待されます。

会社側のデメリット

会社側の最大のデメリットは、裁判などで固定残業代について争われ、さらに敗訴になった場合、次のリスクが生じることとなります。

会社側のデメリット(裁判で敗訴した場合)

  1. 割増賃金が「すべて」未払いだったことになる
  2. 基礎賃金から固定残業代を控除することができなくなり、基礎賃金が増加する
  3. 訴訟で敗訴した場合、「付加金」の支払いを命じられるリスクがある

デメリット1.2.

固定残業代について裁判で争われ、かつ会社が敗訴するということは、「固定残業代は無効」と判断されることを意味します

固定残業代が無効、ということは、会社はこれまでの残業代を適法に支払ってこなかったことを意味するため、過去の残業代をすべて精算して従業員に支払う必要があります。

この点が、会社にとって固定残業代における最大のリスクであり、会社には金銭的に大きな負担が生じる場合があります(固定残業手当が基礎賃金とされた裁判例として、東建ジオテック事件/東京地方裁判所平成14年3月28日判決)。

デメリット3.

固定残業代について裁判で争われた場合には、裁判所は、会社に対して「付加金」の支払いを命じることができます。

「付加金」とは、会社が残業代など一定の賃金の支払いを怠った場合に、裁判所が会社に対して、未払いの賃金を支払うことに加えて、これと同額の支払いを命じる場合の金銭をいいます(労働基準法第114条)。

会社にとっては、未払い残業代の「倍額」の支払いを命じられるリスクがあるため、未払い残業代の裁判において、付加金の存在は非常に大きいといえます(付加金の支払いを命じた裁判例として、イーライフ事件 東京地判平成25年2月28日など)。

従業員側のメリット

従業員側からみたメリットは、次のとおりです。

従業員側のメリット

  1. 一定の時間までは残業代の支払いがないことによって、効率的に業務を終えようとするインセンティブが働き、結果的に長時間労働を防止することができる
  2. 金銭的なメリットとして、残業の有無にかかわらず、固定的な収入を得ることができるため、収入が安定する(残業の有無による収入の変動を抑えることができる)

従業員側のデメリット

従業員側のデメリットは、次のとおりです。

従業員側のデメリット

  1. 残業が一定時間あることが当然になり、その時間を前提とした残業を強いられる可能性が高い
  2. 固定残業代が正しく運用されていない場合、残業代が正しく支払われないリスクがある

デメリット1.

固定残業代で見込まれている残業時間を「その時間までは働かせても人件費に影響はない」などと都合よく解釈してしまい、残業が恒常化して長時間労働を助長しやすくなるといった場合があり、従業員の健康上のリスクが高まるおそれがあります。

固定残業代を導入することにより、残業代をあてにすることなく、業務を短時間で効率よく終わらせる方向に向かえばよいですが、それが悪い方向に向かうと、「すでに残業代を支給しているのだから、一定時間の残業までは働いて当然である」という風土に陥りかねません。

すると、職場の風土として、残業時間を減らして効率的に働こうとする意識が薄れていくことがあります。

さらに、これと関連して、固定残業代の誤った運用例として、固定残業代で見込まれている残業時間を超えないように、残業時間を過少申告するような社内風土に陥るリスクがあります。

デメリット2.

前述のとおり、会社が固定残業代の制度を正しく運用していない場合には、未払の残業代が生じることがあり、これによって従業員が不利益を受けることがあります。

まとめ

固定残業代は、正しい目的で正しく運用されてこそ効果を発揮するものであり、誤った運用をすることで、かえって残業を恒常化させ、会社のリスクを高めることにもなりかねません。

固定残業代の制度を導入する際も、導入した後も、自社の運用が正しい方向に向かっているかどうか、十分に留意する必要があります。