違法にならない「退職勧奨」を実施するためのポイント(進め方・言い方・回数など)を解説

はじめに

退職勧奨」とは一般に、会社が従業員の自発的な退職を促すために、従業員に対して退職に向けた働きかけ、説得、交渉などを行うことをいいます。

退職勧奨は、本来は「退職を勧める」だけの行為ですが、退職勧奨の態様(進め方・言い方など)によっては、その退職勧奨が不法行為に該当するとして損害賠償を請求されたり、強迫に該当するとして取り消しを請求されることがあります。

今回は、これらの法的リスクを回避するために、どのような点に留意しながら退職勧奨を実施していくべきなのか、退職勧奨を次の3つの段階に分け、裁判例を踏まえて解説します。

  • 退職勧奨を「準備」する段階
  • 退職勧奨を「実行」する段階
  • 退職勧奨が「終了」した段階

なお、退職勧奨の基本的な内容については、以下の記事をご覧ください。

「退職勧奨」とは?退職勧奨が違法となる場合、裁判例を踏まえた注意点などを解説

退職勧奨を「準備」する段階の留意点

退職勧奨で伝える内容の事前整理

退職勧奨を実施する際に生じやすいのが、退職勧奨の担当者(人事の責任者など)が、「(被勧奨者を)辞めさせなければいけない」という焦りから、威圧的な態度をとる、言葉遣いが荒くなる、不確定な事項をあたかも事実のように伝えてしまうことです。

「不確定な事項をあたかも事実のように伝える」とは、例えば、懲戒解雇処分にするかどうかが確定していない段階で、「退職願を提出しなければ懲戒解雇になる」などと被勧奨者に告知して、退職を促すことをいいます。

このような場合、裁判例では、「当該労働者につき真に懲戒解雇に相当する事由が存する場合はともかく、そのような事由が存在しないにもかかわらず、懲戒解雇の有り得ることやそれに伴う不利益を告げることは労働者を畏怖させるに足る違法な害悪の告知であるといわざるを得ず、かかる害悪の告知の結果なされた退職願は強迫による意思表示として取消し得るものというべき」と判断しています(澤井商店事件/大阪地方裁判所平成元年3月27日判決)。

このような事態を避けるためには、事前に退職勧奨で伝える事項を整理しておき、「事前に決めた事項以外の発言について、退職勧奨の担当者に裁量の余地を与えない」としておく必要があるといえます。

想定質問の作成

上記と関連して、想定質問を事前に作成しておくことも望ましいといえます。

退職勧奨の実施時に想定される従業員からの質問と、それに対する回答を整理しておき、できれば弁護士などの専門家に事前確認をしておくことが望ましいといえます。

事前準備の重要性

今ではスマートフォンなどを用いて、従業員が退職勧奨時のやりとりを秘密裏に録音することが容易になり、それが裁判では有力な証拠となり得ます。

会社は、退職勧奨時のやりとり(担当者の発言や質疑応答の内容)が、録音されている可能性があることを念頭に置いたうえで、担当者による不用意な発言がなされないよう、事前に発言内容を決めておき、想定問答を用意するなど、できる限り担当者に裁量の余地を与えないようにすることが、会社のリスクを回避するために必要です。

また、録音されていない(録音をさせない)としても、後に従業員から退職勧奨が違法であるとして争われた場合、退職勧奨時のやりとりについて、事実無根の主張がなされる可能性もあり、言った、言わないの水掛け論になると事態の収拾がつかないことが想定されます。

そのときに、会社が退職勧奨時の説明事項について事前に整理していたこと、想定問答やマニュアルを用意していたことなど、事前の準備を入念に行っていたことを証明することができれば、退職勧奨が適正に行われたことが推認される可能性が高まるといえます。

退職勧奨を「実行」する段階の留意点

裁判例の傾向

裁判例の全体的な傾向をみると、退職勧奨については、退職勧奨の回数、時間、期間、対象者がその勧奨に明確に異議を言っていたにもかかわらず、なお退職勧奨を継続したのかなどの事実関係を総合的にみて、従業員に自由意思が保障されていたのか否かが判断されています。

実施回数

退職勧奨を行う回数については、法律上、特に制限はありません。

何回実施したから違法、ということはありませんが、基本的には、従業員が退職勧奨に応じない意思を表明した場合に、それ以降も退職勧奨を続けることにはリスクが伴うといえます。

裁判例では、退職勧奨に応じないとはっきり表明した者に対し、1回当たり20分から2時間の退職勧奨を、多数回(11~13回程度)行った事案で、「被勧奨者の意思が確定しているにも関わらず、さらに勧奨を継続することは、不当に被勧奨者の決意の変更を強要するおそれがある」としています(下関商業事件/山口地方裁判所下関支部昭和49年9月28日判決)。

別の裁判例では、会社が30回以上にわたり退職勧奨の面談を実施したことが、退職勧奨が違法であることの1つの根拠として判断をしています(全日本空輸(退職強要)事件/大阪高等裁判所平成13年3月14日判決)。

人数

退職勧奨を実施する際の会社側の人数について、従業員との1対1は避けるべきといえます。

退職勧奨を行う担当者の他にも、退職勧奨時の発言について、後に争いが生じた場合を想定し、発言内容を記録しておく担当者が必要と考えます。

一方で、人数が必要以上に多い場合や、多数の役員が同席する場合には、これらの態様によっては、従業員に対して不当に圧力をかけているとも捉えられかねません。

したがって、会社側の人数としては、2、3名程度で退職勧奨を行うのが妥当ではないかと考えます。

場所

退職勧奨を行う場所については、なるべく他の従業員の目に入らない会議室・応接室などで行うことが望ましく、退職勧奨をされているところを同僚から見られてしまうような場所は避けるべきといえます。

これは、他の従業員の面前で退職勧奨をすることにより、嫌がらせ、辱めなどであるとして、名誉を毀損されたという主張を招くおそれがあるためです。

裁判例では、退職勧奨の文書を退職勧奨対象者以外の従業員にも配布するなどした行為が、名誉を毀損する行為であるとして違法と判断されています(東京女子醫科大学(退職強要)事件/東京地方裁判所平成15年7月15日判決)。

また、狭い部屋に長時間にわたって閉じ込めるなど、心理的な圧迫が生じやすい環境も避けるべきでしょう。

時間

退職勧奨を実施する時間の目安としては、1回の面談あたり30分程度、長くても1時間程度あれば十分といえます。

面談が長時間に及ぶほど、被勧奨者は疲弊し、心理的な圧迫も感じやすくなるのが通常です。

会社側から伝える事項を事前に整理しておけば、そこまで時間を要しませんし、面談が長時間に及ぶことにより、会社側の担当者も不用意な発言をしやすくなります。

もし面談が長時間に及ぶ場合でも、1時間に1回は休憩をとるなど、できる限り心理的な圧迫が生じないように工夫する必要があります。

裁判例では、約8時間もの長時間にわたる退職勧奨面談を実施したことを、退職勧奨が違法であることの1つの根拠として判断しています(全日本空輸(退職強要)事件/大阪高等裁判所平成13年3月14日判決)。

会社担当者の言動

裁判例の傾向から、退職勧奨にあたって問題となりやすい担当者の言動として、次の内容が挙げられます。

問題となりやすい言動の例

  • (懲戒)解雇を示唆する
  • 侮辱する
  • 怒鳴る・大声を出す

(懲戒)解雇を示唆する

(懲戒)解雇事由がないことが明らかである(または十分に検証していない)にもかかわらず、退職勧奨に応じないと、(懲戒)解雇になることを示唆するような発言、例えば、「退職勧奨に応じないと懲戒解雇になる」などの発言は行うべきではありません。

このような発言を受けて従業員が退職の意思を示したとしても、後になって、従業員の退職の意思表示に瑕疵があるとして、退職を取り消される可能性があります。

侮辱する

裁判例では、上長が、被勧奨者に対して、「寄生虫」、「他の従業員の迷惑」などと侮辱的な発言をしたことが、退職勧奨が違法であることの1つの根拠とされています(全日本空輸(退職強要)事件/大阪高等裁判所平成13年3月14日判決)。

怒鳴る・大声を出す

同じ裁判例では、上長が、大声を出したり、机をたたいたりしたことが、退職勧奨が違法であることの1つの根拠とされています。

その他

例えば、健康上の問題を理由として退職勧奨を行うなどの場合に、従業員の親族にも説得をしてもらうために、親族に面談を申し入れるということもあります。

それ自体が違法になることはありませんが、従業員が、親族との面談を拒否しているにもかかわらず、それを無視して面談を強行するようなことは避けるべきといえます。

退職勧奨が「終了」した段階の留意点

退職届の提出と承認通知

退職勧奨に応じた従業員が退職届を提出した場合、退職届の提出は、あくまで従業員からの退職の意思表示(合意解約の申入れ)であって、退職届が提出されただけでは退職の合意は成立しておらず、退職の合意が成立するまでは、従業員は退職の意思表示を撤回することができることに留意する必要があります。

したがって、会社は、退職届を受理した後、従業員の意思が変わらないうちに、早急に退職届を承認(人事責任者の承認手続や、稟議決裁手続など)したうえで、それを従業員に通知することが必要です。

退職合意書の作成

また、被勧奨者が退職勧奨に応じる条件として、一定の金銭を支給することなどが約束されている場合には、退職合意書などの書面を作成し、権利義務関係を明らかにしておくことが必要です。