「年俸制」とは?制度のメリットと留意点(残業代(割増賃金)、賞与、更改など)を解説

年俸制とは?

年俸制」とは、一般に、賃金の全部または相当部分について、従業員の業績、目標達成度などを評価して、年単位で賃金額を定める制度をいいます。

年俸制は、主に大企業における上級管理職や高度専門職を中心に、成果主義を重視した賃金制度として広まっています。

古い統計になりますが、年俸制を導入している企業割合は13.3%であり、このうち従業員数が300人~1,000人未満の企業では24.5%、従業員数が1,000人以上の企業では32.6%となっています(厚生労働省平成24年就労条件総合調査)。

労働基準法では、年俸制について特別な定めはないため、年俸制においても、基本的には、月給制や時給制などと同じように法令が適用されます。

例えば、労働基準法では、賃金を毎月1回以上、一定の期日に支払う必要がありますので(労働基準法第24条第2項)、例えば、年俸額を1年に1回、まとめて支払うといったことはできず、年俸額を12等分するなどして、毎月の支払日を設けて定期的に支払う必要があります。

年俸制を導入するメリット・デメリット

年俸制を導入するメリット

年俸制は、1年間にわたる仕事の成果によって、翌年度の賃金額を設定する制度であることから、労働時間の量(によって増加する割増賃金)を問題とする必要のない、管理監督者(労働基準法第41条第2号)や、裁量労働制(労働基準法第38条の3)で働く従業員に適した制度といえます。

年俸制では、業績が重要な評価項目となるため、仕事を量ではなく質で捉え、仕事を命じられて行うのではなく、自らの意思で業務を選択し、挑戦できる環境にある従業員を対象とすることが適しています。

年俸制を導入することによって、個人の業績評価を給与に反映しやすくなることから、年功序列による賃金制度ではなく、成果・能力に重きを置いた賃金制度にすることができるというメリットがあります。

仕事の成果を上げることができれば、飛躍的に年俸額が増えることもあり得るため、従業員のモチベーションを上げやすい制度といえます。

年俸制を導入するデメリット

年俸制を導入するデメリットとしては、年俸額を決定する際に、公正な評価基準を設定し、運用することが困難であることが挙げられます。

年俸制の運用においては、業績や目標達成度の評価に関して、会社と従業員との意見が対立して折り合いがつかないことがあり、運用の仕方によっては、かえって賃金に不満が生じることがあります。

また、賃金額に直結する目先の業績ばかりを追うことになれば、部下の育成など、業績には直結しにくい仕事が疎かになる可能性があります。

年俸制を導入する際の手続

「賃金」に関する事項は、就業規則に必ず記載する必要があることから(労働基準法第89条第2項、絶対的必要記載事項)、年俸制の適用対象者、年俸額の決定方法、年俸額の支払方法、支払時期、中途入退社や不就労の場合の控除額の計算方法、年俸額の更改などについて、就業規則に記載する必要があります。

「年俸制」を適用する場合の就業規則・賃金規程の規定例(記載例)を解説

年俸制の留意点

会社が年俸制を導入する際には、少なくとも、次の4つの留意点について、正しく理解しておく必要があります。

年俸制の留意点

  1. 年俸額の更改や減額を、いつでも行うことができるものではないこと
  2. 不就労(欠勤、遅刻、早退)による賃金の控除を行う場合には、その計算方法を規定に明記しておくこと
  3. 年俸制を導入しても、割増賃金の支払義務は生じること
  4. 業績年俸として賞与の額があらかじめ確定している場合には、賞与が割増賃金の算定の基礎に含まれる場合があること

以下、順に解説します。

【留意点1】年俸額の更改(改定)

年俸額を更改する際の留意点

年俸制においては、一度合意によって確定した年俸額を、会社が年度の途中で一方的に引き下げることは認められません(シーエーアイ事件/東京地方裁判所平成12年2月8日判決)。

また、年俸額を更改する時期に年俸額を減額する場合においても、従業員への説明や合意なく、一方的に減額を行うことにはリスクが伴います。

更改時に年俸額を減額する場合には、あらかじめ評価基準を明示し、どのような基準によって年俸額が減額されるのか、従業員に事前に周知し、予見できるようにしておくことが望まれます。

裁判例でも、「使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである。上記要件が満たされていない場合には、労基法15条、89条の趣旨に照らし、特段の事情が認められない限り、使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当である。」と判断しています(日本システム開発研究所事件/東京高等裁判所平成20年4月9日判決)。

つまり、最終的には会社の決定により減額するとしても、目標の設定や評価に関する公正な基準を設けておき、従業員からの苦情の申出、苦情処理に関する手続を就業規則に定めておくことが望ましいといえます。

年俸額の更改に関する就業規則の規定例(記載例)

年俸額の更改(改定)に関する就業規則の規定例(記載例)は、次のとおりです。

年俸額の更改に関する就業規則の規定例(記載例)

(年俸額の更改)

第1条 年俸制を適用する従業員の年俸額の更改は、毎年12月に実施する。

2 年俸額の更改基準は、原則として、前年度の業績評価、業務遂行能力、勤務態度などを勘案し、次の基準により行う。ただし、会社の業績その他の個別事情によって、所要の調整を行うことがある。

A評価…前年度の年俸額に対し、最大30%の範囲内で増額する

B評価…前年度の年俸額を維持する

C評価…前年度の年俸額に対し、最大20%の範囲内で減額する

3 年俸額の更改は、原則として会社が決定するが、決定に不服のある従業員は、会社に対して協議を申し入れることができる。この場合において、会社は当該協議の内容を踏まえ、最終的に年俸額を決定する。

4 前3項に関わらず、対象期間の途中において、人事異動による降職・降格が行われる場合には、必要に応じて年俸額の更改を行うことがある。

期間途中の降職、降格

対象期間の途中で、人事異動や懲戒処分としての降職、降格があった場合でも、当然に年俸額を減額することができるものではないと解されます。

裁判例では、懲戒処分としての降格を行う際に、これに伴う年俸額の期間途中での引き下げを、賃金変更に関する根拠がないことを理由に、認めなかったものがあります。(新聞輸送事件/東京地方裁判所平成22年10月29日)

したがって、年俸制の途中で降職、降格など賃金の引き下げを行うためには、少なくとも、就業規則や雇用契約書において、その根拠となる規定を明確に定めておく必要があるといえます。

【留意点2】不就労(欠勤、遅刻、早退)による賃金の控除

年俸制であっても、賃金である以上は、ノーワーク・ノーペイの原則が妥当するため、欠勤、遅刻、早退があった場合など、労務の提供がなされなかった時間について、その時間分の賃金を控除することは問題ありません

ただし、どのような計算によって控除する賃金額を算定するのかについては、就業規則や雇用契約書に具体的に定めておくことが必です。

例えば、欠勤1日について、年俸額を年間の所定労働日数で除して得た日額を控除する、などといった運用が考えられます。

【留意点3】割増賃金(残業代)の必要性

割増賃金の必要性

年俸制においては、年間の賃金が確定しているものというイメージが強く、割増賃金が不要であるかのような誤解を招くことがありますが、年俸制を導入したという事実のみによって、割増賃金の支払義務を免れることはできません

年俸制であっても、月給制などと同じく労働基準法が適用されることから、法令に基づき、時間外労働や休日労働の時間数を適切に把握し、割増賃金を支給する義務があることに留意する必要があります(システムワークス事件/大阪地方裁判所平成14年10月25日判決)。

割増賃金を含めた年俸額とする場合

年俸制を導入する際に、時間外労働や休日労働にかかる割増賃金を含めた年俸額を定めることがあります。

この点について、行政解釈(平成12年3月8日基収78号)では、「一般的には、年俸に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容であることが明らかであって、割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができ、かつ、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われている場合は労働基準法第37条に違反しないと解される」としており、通常の労働時間の賃金と割増賃金を明確に区分できるように定めることが必要です。

反対に、年俸額に割増賃金を含むとしても、割増賃金に相当する額がいくらであるのか不明であり、会社と従業員の認識が一致していない場合には、労働基準法に違反する可能性が高いといえます。

なお、当然ながら、実際に行った時間外労働・休日労働の時間数が、あらかじめ定められた割増賃金部分に対応する時間外労働・休日労働の時間数を超える場合には、その超える部分について、別途(追加で)、割増賃金を支払う必要があります。

管理監督者の場合

労働基準法第41条第2号に定める管理監督者に対して年俸制を適用する場合には、時間外労働・休日労働に対する割増賃金を支給する必要はありません。

ただし、深夜労働(午後10時から午前5時までの間に行われた労働)に対する割増賃金(25%以上の割増率)については支給する義務があることに留意する必要があります。

【留意点4】年俸制における賞与(ボーナス)

年俸制における賞与の位置付け

年俸制では、月例賃金だけでなく、賞与も年俸に組み込むのか、あるいは諸手当はどのような内容を支給するのかなどによって、バリエーションがあります。

一般的な年俸制では、年俸額が1年を通じて変動することがないよう、前年の実績に基づいて、賞与の額を含めて翌年の年俸額を確定した後、その額を月例賃金と賞与部分とに分けて支払うことがあります。

例えば、確定した年俸額を16等分し、16分の1を月例賃金として毎月支給し、残りの16分の4を賞与として、年に2回、16分の2ずつ支給するといったことがあります。

賞与と割増賃金との関係性

年俸制において、あらかじめ賞与相当額を含めた額を支給する場合には、賞与相当額の部分については、法令上の「賞与」には該当しないと解されます。

行政解釈では、「賞与」とは、「その支給額があらかじめ確定していないもの」をいい、定期的に支給され、かつ支給額があらかじめ確定している場合には、名称の如何に関わらず、「賞与」には該当しないと解されます(昭和22年9月13日基発17号)。

したがって、割増賃金を計算する際に、賞与相当額を算定の基礎から除外することはできず、賞与相当額を含めて確定した年俸額を、算定の基礎として割増賃金を支払う必要があることに留意する必要があります(平成12年3月8日基収78号)(中山書店事件/東京地方裁判所平成19年3月26日判決)。