「年俸制」を適用する場合の就業規則・賃金規程の規定例(記載例)を解説

はじめに

年俸制」とは、一般に、賃金の全部または相当部分について、従業員の業績、目標達成度などを評価して、年単位で賃金額を決定する制度をいいます。

会社が年俸制を適用する場合、「賃金」に関する事項は、就業規則に必ず記載する必要があるため(絶対的必要記載事項)、制度の内容を就業規則(別に賃金規程がある場合には、賃金規程)に定める必要があります(労働基準法第89条第2項)。

この記事では、会社が年俸制を適用する場合における、就業規則・賃金規程の規定例(記載例)を元に、規定のポイントを解説します。

年俸制に関する基本的な内容については、次の記事をご覧ください。

「年俸制」とは?制度のメリットと留意点(残業代(割増賃金)、賞与、更改など)を解説

年俸制の総則に関する規定例(記載例)

就業規則・賃金規程の規定例【総則】

就業規則・賃金規程の規定例【総則】

第1章 総則

(目的)

第1条 この規程は、年俸制による賃金について定める。

2 この規程において「年俸制」とは、従業員の業績、目標達成度などの評価に応じて、賃金を年単位で決定する制度をいう。

(適用対象者)

第2条 会社は、従業員のうち、課長以上の役職者(労働基準法第41条第2号に定める管理監督者に該当する者に限る)【注1】について、年俸制を適用する。

(対象期間)

第3条 年俸制の対象期間は、毎年1月1日から12月31日までの1年間とする。

【注1】年俸制の適用対象者

年俸制の適用対象者については、法令による制限は特にありませんので、全従業員を対象とすることも、一部の従業員のみを対象とすることも可能です。

年俸制は、一般に、1年間にわたる仕事の成果によって、翌年度の賃金額を決定する制度であることから、労働時間の「量」に応じて増加する割増賃金を問題とする必要のない(「質」を重視した働き方をしやすい)、管理監督者に該当する従業員に適した制度といえます。

「管理監督者」とは、労働基準法の適用が一部除外されることによって、時間外労働・休日労働に対する割増賃金を支給する必要がない従業員をいいます(労働基準法第41条第2号)。

ただし、管理監督者に該当するかどうかは、その実態に照らして判断されるため、単に課長などの高い役職にあれば、当然に管理監督者に該当するものではないことに留意する必要があります。

管理監督者に該当するための要件については、次の記事をご覧ください。

管理監督者(管理職)に残業代は不要?労働基準法が適用除外となる要件を解説

年俸額の決定に関する規定例(記載例)

就業規則・賃金規程の規定例【年俸額の決定】

就業規則・賃金規程の規定例【年俸額の決定】

第2章 年俸額の決定

(年俸の構成)

第4条 年俸は、基本年俸と業績年俸【注2】によって構成する。

(基本年俸)

第5条 基本年俸は、当年に担当する職務の内容(遂行の困難さ、責任の重さ)、職務上の役割、業務遂行能力、勤務態度などを総合的に評価して決定する。

(業績年俸)

第6条 業績年俸は、前年における従業員の目標の達成度、および会社の業績への貢献度などを総合的に評価して決定する。

(年俸の支払日および支払方法)

第7条 年俸の支払日および支払方法は、次のとおりとする。

一、基本年俸…12等分した額を、毎月25日に支払う【注3】

二、業績年俸…2等分した額を、毎年6月と12月の賞与支給日に支払う。ただし、支給日に在籍していない従業員には支払わない。

【注2】年俸額の内訳(基本年俸と業績年俸)

年俸制については、規定例のように、必ずしも年俸額を分ける必要はなく、例えば業績年俸のみを設けて、業績評価の要素を大きくすることも可能です(単一型年俸制)。

一方で、日本企業では、固定的な賃金としての「月給」と、業績に応じた変動的な賃金としての「賞与」を分ける慣行が根強いことから、年俸制においても、月給に相当する「基本年俸」と、賞与に相当する「業績年俸」とに分けたうえで、基本年俸は毎月支給し、業績年俸は年に複数回支給する、といったことがあります(複合型年俸制)。

また、業績年俸については、前年の実績に基づいて、賞与の額を含めて翌年の年俸額を確定した後、その額を月例賃金と賞与部分とに分けて支払うことがあります(確定年俸制)。

例えば、確定した年俸の合計額を16等分し、16分の1を月例賃金として毎月支給し、残りの16分の4を賞与として、年に2回、16分の2ずつ支給するといったことがあります。

一方、業績年俸の額を事前に確定させず、月給制における賞与のように、対象期間の業績に応じて支給することも可能です。

【注3】年俸の支払日および支払方法

労働基準法では、年俸制について特別な定めはないため、年俸制においても、基本的には、月給制や時給制などと同じように労働基準法が適用されます。

労働基準法では、賃金を毎月1回以上、一定の期日に支払う必要があると定められていることから(労働基準法第24条第2項)、年俸制を採用する場合であっても、例えば、年俸額を1年に1回、まとめて支払うといったことはできず、年俸額を12等分するなどして、毎月の支払日を設けて定期的に支払う必要があります。

年俸額の更改(改訂)に関する規定例(記載例)

就業規則・賃金規程の規定例【年俸額の更改】

就業規則・賃金規程の規定例【年俸額の更改】

第3章 年俸額の更改

(年俸額の更改)

第8条 年俸制を適用する従業員の年俸額の更改は、毎年1月1日に実施する。

2 年俸額の更改は、原則として、次のとおり行う。ただし、会社の業績その他の個別事情によって、所要の調整を行うことがある。

一、基本年俸の改訂による増額は、前年の基本年俸の30%を限度とする。

二、基本年俸の改訂による減額は、前年の基本年俸の20%を限度とする【注4】

3 会社は、年俸額を更改したときは、遅滞なく本人に書面で通知する。

4 年俸額の更改は、原則として会社が決定するが、決定に不服のある従業員は、会社に対して協議を申し入れることができる。この場合において、会社は当該協議の内容を踏まえ、最終的に年俸額を決定する。

(昇格または降格による年俸額の更改)

第9条 前条に関わらず、対象期間の途中において、昇格または降格【注5】の辞令が発令された場合(懲戒処分による降格を含む)には、必要に応じて年俸額の更改を行うことがある。

【注4】年俸額の減額改定

更改時に年俸額を減額する場合には、あらかじめ評価基準を明示し、どのような基準によって年俸額が減額されるのか、従業員に事前に周知し、予見できるようにしておくことが望まれます(日本システム開発研究所事件/東京高等裁判所平成20年4月9日判決)。

最終的には会社の決定により減額するとしても、目標の設定や評価に関する公正な基準を設けておき、従業員からの苦情の申出、苦情処理に関する手続を就業規則に定めておくことが望ましいといえます。

【注5】期間途中の降職・降格

裁判例では、懲戒処分としての降格を行う際に、これに伴う年俸額の期間途中での引き下げを、賃金変更に関する根拠がないことを理由に、認めなかったものがあります。(新聞輸送事件/東京地方裁判所平成22年10月29日)

したがって、年俸制の途中で降職、降格など賃金の引き下げを行うためには、少なくとも、就業規則や雇用契約書において、その根拠となる規定を設けておく必要があるといえます。

その他の賃金および賃金の計算方法に関する規定例(記載例)

就業規則・賃金規程の規定例【その他の賃金および賃金の計算方法】

就業規則・賃金規程の規定例【その他の賃金および賃金の計算方法】

第4章 その他の賃金および賃金の計算方法

諸手当【注6】

第10条 年俸制が適用される従業員であっても、年俸の他、通勤手当、住宅手当および家族手当を支給する。

割増賃金【注7】

第11条 年俸制の適用者が、労働基準法第41条に定める管理監督者【注8】に該当する場合は、時間外労働および休日労働に対する割増賃金は支給しない。

欠勤控除【注9】[A案]

第12条 会社は、年俸制が適用される従業員の欠勤が引き続き15日(会社の休日を含む)を超えたときは、15日を単位として、基本年俸の24分の1を減額する。

2 会社は、従業員が1年のすべてを欠勤したときは、基本年俸および業績年俸とも支払わない。

(欠勤控除)[B案]

第12条 会社は、年俸制が適用される従業員が欠勤したときは、欠勤日数に応じて、次の計算により日割計算した額を、月例基本年俸から控除して支給する。

なお、欠勤控除の計算期間は、前月16日から当月15日までとし、当月支給の月例基本年俸から控除する。

欠勤控除額=月例基本年俸(※)÷当該計算期間の所定労働日数×欠勤日数 (※)月例基本年俸=基本年俸÷12

【注6】年俸制と手当

年俸制だからといって、必ずしもすべての賃金を年俸として支給する必要はなく、通勤手当、住宅手当、家族手当などの諸手当を、年俸額に上乗せして支給することは可能です。

【注7】年俸制と割増賃金

年俸制を適用したという事実のみをもって、割増賃金の支払義務を免れることはできません

年俸制であっても、月給制などと同じく労働基準法が適用されることから、法令に基づき、時間外労働や休日労働の時間数を適切に把握し、割増賃金を支給する義務があることに留意する必要があります(システムワークス事件/大阪地方裁判所平成14年10月25日判決)。

【注8】管理監督者に対する割増賃金

労働基準法第41条第2号に定める管理監督者に対して年俸制を適用する場合には、時間外労働・休日労働に対する割増賃金を支給する必要はありません。

ただし、深夜労働(午後10時から午前5時までの間に行われた労働)に対する割増賃金については、適用除外とならないことから、支給する必要があることに留意する必要があります。

【注9】年俸制と欠勤控除

年俸制であっても、賃金である以上は、ノーワーク・ノーペイの原則が妥当するため、欠勤、遅刻、早退があった場合など、労務の提供がなされなかった時間について、その時間分の賃金を控除することは可能です。

ただし、どのような計算によって控除する額を算定するのかについては、就業規則や雇用契約書に具体的に定めておくことが必要です。

例えば、[A案]のように、欠勤が15日を超えた場合に、年俸額の24分の1を控除する、といった取り扱いや、[B案]のように、月給制などと同じく、所定労働日数で算出した日割額をもって、厳密に控除を行うといった取り扱いが考えられます。

退職時の取り扱いに関する規定例(記載例)

就業規則・賃金規程の規定例【退職時の取り扱い】

就業規則・賃金規程の規定例【退職時の取り扱い】

第5章 退職時の取り扱い

退職等の取扱い【注10】

第13条 従業員が対象期間における月の途中で退職、解雇、休職となったときは、当該月の基本年俸は、その月の所定労働日数を基準とした日割計算により支払うものとし、翌月以降の残余の基本年俸は支払わない。

2 昇格、降格、異動等により、対象期間における月の途中で年俸額が変更となったときは、当該月の基本年俸は前項のとおり日割計算により支払い、翌月以降は変更された基本年俸を基準として支払う。

【注10】退職等の取扱い

対象期間の途中で退職、休職、異動などがあった場合において、年俸額をどのように計算して支払うのか、あらかじめ定めておく必要があります。