「裁判員休暇」に関する労務管理上のポイントと就業規則の規定例(記載例)を解説

裁判員制度とは

裁判員制度とは

裁判員制度とは、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(以下、「裁判員法」といいます)、および「裁判員の参加する刑事裁判に関する規則」(以下、「裁判員規則」といいます)に基づいて、2009(平成21)年5月21日に施行された制度です。

裁判員制度は、原則として、国民(一般市民)の中から選任された6名の裁判員が、3名の裁判官と刑事裁判について合議体を構成して、事実の認定、法令の適用、刑の量定を裁判官と共に議論(評議)し、決定(評決)する制度です。

裁判員に選任されるまでの流れ

裁判員に選任されるまでの流れは、次のとおりです。

裁判員に選任されるまでの流れ

  1. 地方裁判所にて、裁判員候補者名簿を作成
  2. 裁判員候補者名簿に記載された者への通知
  3. 事件ごとに、裁判員候補者を選任して、呼出状を送付
  4. 裁判員候補者の中から、裁判員を選任(または補充裁判員を選任)

なお、「補充裁判員」とは、裁判の途中で、急な事情により裁判員の人数に不足が生じた場合に、正式に裁判員として選ばれ、その後の審理や評議に加わる役割を担う人員をいいます。

公民権行使の保障(労働基準法)

裁判員または補充裁判員としての職務は、国民に課せられた公の義務です。

労働基準法では、会社は、従業員が就業時間中に、「公の職務」を執行するために必要な時間を請求した場合には、拒んではならないと定められています(労働基準法第7条)。

したがって、会社は、従業員から請求があった場合には、裁判員としての職務に必要な時間について、休暇を与える(労働義務を免除する)義務があります。

裁判員休暇は有給か無給か?

前述のとおり、会社は、従業員から請求があった場合には、裁判員としての職務に必要な時間について、休暇を与える義務がありますが、従業員が裁判員休暇を取得した時間に対して、給与を支払う(有給とする)ことまでは義務付けられていません

したがって、裁判員休暇を取得した日について、無給とすることは問題ありません。

なお、従業員から、年次有給休暇を申請することは可能です。

裁判員に支給される「日当」との関係性

裁判員に支給される「日当」とは

裁判員または裁判員候補者としての職務を行った場合、裁判員・補充裁判員については、1日1万円以内、選任予定裁判員・裁判員候補者については、1日8千円以内において、裁判所が定めた「日当」が支給されます(裁判員規則第7条第2項)。

また、必要に応じて、旅費や宿泊料が支給されることがあります(裁判員規則第6条、第8条)。

「日当」と「給与」との二重取りの問題

会社が、裁判員休暇を取得した日について、有給とする(給与を支給する)旨を定めた場合において、当該日について、従業員が裁判員としての日当も受給すると、「二重取りとなるのではないか」と考えることもできます。

この点、厚生労働省と法務省による労務管理上の統一的見解(以下、「統一見解」といいます)では、「日当」とは、裁判員・裁判員候補者として裁判員制度に参加して、職務を遂行することによる「損失(裁判所に行くために要した諸雑費など)を一定の限度内で弁償・補償するもの」と解しています。

したがって、「日当」は、裁判員としての勤務の対価である「報酬」ではないと解されますので、裁判員制度に参加したことにより、(会社からの)「給与」と(国からの)「日当」の両方を受け取ることは、決して従業員による報酬の二重取りになることはなく、問題がないと解されます。

給与と日当との調整規定

前述の統一見解に関わらず、会社は、就業規則などにおいて、裁判員休暇を取得した日の給与と、支給された日当との差額を計算して支給する旨を定めること(例えば、1日の給与が1万5千円、日当が1万円であった場合に、差額の5千円を支給すること)によって、給与と日当とを調整することは問題ありません。

ただし、このような対応は、法的には問題ないものの、統一見解では、「特別の有給休暇としているにも関わらず、給与額から裁判員の日当を差し引くことは、一般的に認められない」として、当該対応が推奨されるべきではないことに言及しています。

会社に対する報告義務

守秘義務との関係性

裁判員法では、何人も、裁判員、裁判員候補者等の氏名、住所その他の個人を特定するに足りる情報を公にしてはならないことを定めています(裁判員法第101条第1項)。

これは、これらの情報を不特定多数の知り得る状態に置くことをいうと解されますので、裁判員または裁判員候補者となった従業員に対して、会社が休暇の申請などを要請することや、審理に参加した日について報告を求めることなどは、問題がないと解されます。

ただし、法律の趣旨からは、会社内においても、裁判員に関する情報を把握するのは、社内手続に最低限必要な担当者に留めるべきであり、裁判員に選任された事実などを、不用意に周囲の従業員に伝達することは避けるべきといえます。

裁判員の辞退に関する協議

裁判員に選任された者については、法律によって辞退事由が定められており、従業員について、その従事する事業における重要な用務であって、自らがこれを処理しなければ当該事業に著しい損害が生じるおそれがあるものがある場合には、辞退の申立てをすることができることが定められています(裁判員法第16条第8号ハ)。

辞退事由に該当するかどうかは、従業員だけで決定するのではなく、会社との協議を踏まえて判断すべきといえますので、会社と従業員との間で、辞退事由について「協議」をすることは、問題がないと解されます。

ただし、認められるのはあくまで協議をすることであって、最終的には従業員の意思決定によって辞退の申立てを行うべきであり、会社が従業員に対して辞退を命令することは、法に抵触するおそれがあります(裁判員法第100条)。

裁判員休暇に関する就業規則の規定例(記載例)

規定作成のポイント

裁判員休暇に関する規定を作成する際のポイントは、次のとおりです。

規定を作成する際のポイント

  • 裁判員休暇を有給とするか、無給とするか
  • 裁判員休暇を取得した際の賃金の算定方法(有給の場合)
  • 日当との調整(有給の場合)
  • 裁判員休暇の時間・日数
  • 会社への報告義務
  • 会社への申請手続
  • 不利益取り扱いの禁止

裁判員休暇に関する就業規則の規定例(記載例)

裁判員休暇に関する就業規則の規定例(記載例)は次のとおりです。

なお、ここでは「裁判員休暇規程」として独立した規程を設ける場合を想定しています。

裁判員休暇規程の規定例(記載例)

(目的)

第1条 本規程は、裁判員、補充裁判員、または裁判員候補者(以下、「裁判員等」という)となった従業員が、裁判員としての職務を果たすために必要な事項を定める。

(不利益取り扱いの禁止)

第2条 従業員は、裁判員等となったこと、または本規程の適用を受けたことを理由として、労働条件もしくは人事評価その他の処遇において、不利益な取り扱いを受けることはない。

(報告義務)

第3条 従業員は、裁判員制度に関して、次の各号に掲げる事項に該当した場合は、速やかに会社に報告しなければならない。

一、裁判所から、裁判員候補者名簿に記載されたことの通知を受けたとき

二、裁判所から、裁判員候補者に選任されたことの通知を受けたとき

三、裁判所へ出頭し、裁判員(補充裁判員を含む)に選任され、または不選任となったことが明らかになったとき

(裁判員休暇)

第4条 会社は、次の各号に該当する従業員から請求があった場合は、裁判員等の職務を遂行するために必要な日数、時間【注1】を裁判員休暇として与える。

一、裁判員候補者として通知を受け、選任手続のために裁判所に出頭するとき

二、裁判員または補充裁判員として選任を受け、裁判審理に参加するとき

2 裁判員休暇の取得は、日または時間を単位として認める。

(休暇の請求)

第5条 従業員が裁判員休暇を請求する場合は、呼出状等の裁判所が発行する書類を添付のうえ、事前に、総務部に届け出をすることとする。

2 従業員が裁判員休暇を取得した場合は、事後速やかに出頭証明書等を総務部に提出することとする。

(取得予定日の変更)

第6条 従業員は、次の各号に該当することにより、裁判員休暇の取得予定日の変更があった場合は、速やかに総務部に報告することとする。

一、選任期日までに呼び出しが撤回された場合

二、選任期日までに呼び出し日が変更となった場合

三、裁判員または補充裁判員となった場合で、公判途中で審理予定期日が変更となった場合

(裁判員休暇を取得した日または時間の賃金)

第7条 裁判員休暇を取得した日または時間については、通常支払われる賃金を支給する【注2】

2 裁判員休暇を取得した日または時間については、年次有給休暇の出勤率の算定にあたっては、出勤したものとみなす。

(情報管理)

第8条 従業員が裁判員等であることを知っている者は、当該従業員が裁判員等であることが特定できる情報を社内外に漏洩してはならない。

2 前項に定める情報は、裁判員等としての職務が終了した後も、本人の同意がある場合を除き、漏洩してはならない。

【注1】裁判員休暇の日数

裁判員等として職務を遂行するために必要な休暇の日数は、事件内容によって異なるため、「必要な日数」と抽象的に定めざるを得ないと考えます。

また、裁判員の選任手続のみが行われる場合には、半日程度で終了することがあることも踏まえ、時間単位での裁判員休暇を規定しておくことも考えられます。

なお、裁判員が参加する刑事裁判の公判回数は、平均的には3、4回、事件によっては6回を超える場合があります。

ただし、あまりに長期に及ぶことを考慮して、裁判員休暇の日数の上限を定め、当該日数を超える場合には、その超える日数については無給とする扱いを定めることも考えられます。

【注2】裁判員休暇を取得した時間の賃金

裁判員休暇を取得した時間の賃金は、無給でも問題ありません(昭和22年11月27日基発399号)。

有給とする場合には、その賃金の計算方法を規定に定める必要があります。

また、選任手続や審理に参加した場合には、裁判所から日当が支給されますので、その日当と合わせて賃金を保証する、ということは問題ありません。

その場合には、「通常支払われる賃金と、従業員が受給した日当との差額を支給する」などの規定を設けることが考えられます。