「歩合給」制の留意点(最低賃金の確認、割増賃金の計算、最低保障額)を解説

はじめに

会社が従業員に対して支給する賃金の一種として、「歩合給」があります。

歩合給の額(算定方法)については、労働契約に基づいて決まるものであり、法律上の制約はありませんが、最低賃金や割増賃金については、通常の賃金と同様に適用され、かつ通常の賃金とは異なる計算を行うことから、歩合給について誤った運用がなされないように留意する必要があります。

本稿では、歩合給における最低賃金の確認方法、割増賃金の計算方法、最低保障額など、歩合給を支給する上で、労務管理上留意すべき点について、解説します。

歩合給とは

歩合給とは

歩合給」とは、従業員の業務成績など、一定の成果に応じて決定される賃金をいいます。

歩合給は、固定給(基本給など)に加算される手当として、賃金の一部として支給される場合と、賃金の全額を歩合給として支給する場合があります。

歩合給を取り入れた制度の名称としては、出来高制、インセンティブ制、コミッション制など、様々な名称があります。

歩合給が導入されることが比較的多い職種・業態として、個人の成果が数字で表れやすい、営業職、販売職、接客サービス業、運送業(トラック、タクシー)などが挙げられます。

歩合給の算定方法は、個人売上高に対する割合(%)や、成約件数に応じて単価を定める(一件成約につき何円)など、労働契約の内容によって様々ですが、いずれも働いた時間に応じて賃金額が決まるのではなく、成果に応じて賃金額が算定される仕組みであるという点で共通しています。

歩合給と最低賃金との関係

歩合給についても、賃金の一種である以上、最低賃金法が適用されますので、最低賃金を下回ってはなりません。

最低賃金の確認方法については、後述します。

歩合給と割増賃金との関係

歩合給についても、法定労働時間を超えて働いた時間に対しては、割増賃金を支払う必要があります。

最低賃金の計算方法については、後述します。

歩合給における最低賃金の確認方法

歩合給と最低賃金

最低賃金は、都道府県別または業種別に、時給によって定められています。

一方、歩合給は、時間ではなく成果に応じて賃金額が決まり、月給制であれば歩合給が1ヵ月分まとめて支給されます。

そこで、歩合給が最低賃金を上回っているかどうかを確認するためには、歩合給について、時給に換算する手順が必要となります。

時給額への換算方法

月給制の場合に、歩合給を時給額に換算するための計算式は、次のとおりです。

歩合給の時給額への換算(月給制の場合)

歩合給の額÷その月の総労働時間=時給額

総労働時間」とは、一賃金計算期間(月給制の場合は1ヵ月)において、時間外労働(残業)をした時間を含めたすべての労働時間をいい、所定労働時間(始業時刻から終業時刻までの時間)とは異なります。

計算例(完全歩合給制の場合)

賃金が歩合給のみで構成される完全歩合給制の場合、時給額を算出するための計算は次のとおりです。

計算例(完全歩合給制の場合)

  • 歩合給の額:20万円
  • 1日の所定労働時間:8時間
  • 1ヵ月の所定労働日数:21日
  • 1ヵ月の所定労働時間:168時間(8時間×21日)
  • 1ヵ月の時間外労働(残業):20時間

総労働時間は、1ヵ月の所定労働時間に時間外労働を加えた188時間(168時間+20時間)となります。

次に、歩合給を総労働時間で割ることにより、時給額を算出します。

20万円÷188時間≒1,063円(※)

このとき、時給額1,063円と最低賃金とを比較し、最低賃金を上回っていれば、問題ありません。

(※)最低賃金を確認する際の端数処理について、法律上は特に定めがありませんが、ここでは従業員に有利になるように、1円未満を切り捨てて端数処理をしています。

固定給と歩合給の両方が支給される場合

次に、基本給などの固定給に加えて、歩合給が支給される場合には、固定給部分と歩合給部分を分けて、別々に時給額を計算し、それらを合算した額と、最低賃金とを比較します。

固定給に対する時給額を算出するための計算式は、次のとおりです。

固定給の時給換算式(月給制の場合)

固定給の額÷1ヵ月の平均所定労働時間=時給額

「所定労働時間」とは、労働契約に基づき始業時刻から終業時刻まで勤務した時間から、休憩時間を除いた時間をいいます。

休日との兼ね合いで、月によって所定労働日数が異なる場合には、次の計算によって、1ヵ月の平均所定労働時間を算出します。

1ヵ月の平均所定労働時間の計算式

1年間の所定労働日数×1日の所定労働時間÷12ヵ月=1ヵ月の平均所定労働時間

計算例(固定給と歩合給の両方が支給される場合)

計算例(月給制の場合)

  • 固定給の額:20万円
  • 歩合給の額:5万円
  • 1日の所定労働時間:8時間
  • 1ヵ月の所定労働日数:21日
  • 1年間の所定労働日数:245日
  • 1ヵ月の所定労働時間:168時間(8時間×21日)
  • 1ヵ月の時間外労働(残業):20時間

固定給の時給額

1ヵ月の平均所定労働時間は、次のとおりです。

245日×8時間÷12ヵ月≒163.33時間

次に、固定給にかかる時給額は、次のとおりです。

20万円÷163.33時間≒1,224円(1円未満切捨て)

歩合給の時給額

歩合給にかかる時給額は、次のとおりです。

5万円÷188時間(168時間+20時間)≒265円(1円未満切捨て)

固定給+歩合給の時給額

固定給と歩合給を合計すると、1,489円(1,224円+265円)となりますので、当該合計額と最低賃金とを比較し、最低賃金を上回っていれば、問題ありません。

歩合給における割増賃金の計算方法

歩合給と割増賃金

従業員が法定労働時間(原則として、1日8時間・1週40時間)を超えて時間外労働をした場合、会社は、当該時間外労働に対して、通常の賃金に25%以上を上乗せした賃金(割増賃金)を支払う義務があります(労働基準法第37条)。

歩合給制においては、固定給とは異なる計算方法によって割増賃金を算定することに、留意する必要があります。

歩合給における割増賃金の計算方法

月給制の場合において、1時間あたりの割増賃金額を算出するためには、まず歩合給の額から1時間あたりの単価(時給単価)を算出し、当該時給単価に割増率を乗じて割増賃金の単価を算出します。

歩合給の時給単価の計算式(月給制の場合)

歩合給の額÷その月の総労働時間数=時給単価

最低賃金と同様に、ここでも、所定労働時間ではなく、総労働時間によって時給単価を算出する点が特徴的です。

次に、割増賃金の単価は、次の計算によって算出します。

歩合給の割増賃金単価の計算式

時給単価×0.25=割増賃金の単価

割増賃金の単価について、歩合給の場合には、固定給と異なり、時給単価を1.25倍ではなく0.25倍する(割増率のみ支給する)という点が特徴的です。

これは、歩合給は、「総労働時間」に対する対価であって、「1」の部分については、歩合給によって、すでに支払い済みであるという考え方によります。

一方、固定給の場合は、時間外労働をした時間(所定労働時間に追加された時間)に対する賃金であることから、1時間の時間外労働をすると、1時間分の時給単価が発生し、当該時給単価を1.25倍する必要があるという違いがあります。

計算例

計算例(月給制の場合)

  • 固定給の額:20万円
  • 歩合給の額:5万円
  • 1日の所定労働時間:8時間
  • 1ヵ月の所定労働日数:21日
  • 1年間の所定労働日数:245日
  • 1ヵ月の所定労働時間:168時間(8時間×21日)
  • 1ヵ月の時間外労働(残業):20時間

固定給にかかる割増賃金

固定給にかかる時給単価は、次のとおりです。

20万円÷163.33時間(245日×8時間÷12ヵ月)≒1,225円(1円未満切り上げ)(※)

固定給にかかる割増賃金の単価は、次のとおりです。

1,225円×1.25≒1,532円(1円未満切り上げ)

最後に、固定給にかかる割増賃金の額は、次のとおりです。

1,532円×20時間=30,640円

(※)割増賃金を計算する際の端数処理について、法律上は特に定めがありませんが、ここでは従業員に有利になるように、1円未満を切り上げて端数処理をしています。

歩合給にかかる割増賃金

歩合給にかかる時給単価は、次のとおりです。

5万円÷188時間(168時間+20時間)≒266円(1円未満切り上げ)

歩合給にかかる割増賃金の単価は、次のとおりです。

266円×0.25≒67円(1円未満切り上げ)

歩合給にかかる割増賃金の額は、次のとおりです。

67円×20時間=1,340円

最後に、固定給と歩合給にかかる割増賃金を合算し、支払う割増賃金の額は31,980円(30,640円+1,340円)となります。

【表】固定給と歩合給の1時間あたり割増賃金額の計算(月給制)

 固定給歩合給
時給単価の計算に用いる分母1ヵ月の平均所定労働時間賃金算定期間の労働時間
割増賃金の単価時給単価×1.25時給単価×0.25
法令上の根拠労働基準法施行規則第19条第1項第4号労働基準法施行規則第19条第1項第6号

歩合給と最低保障額

労働基準法による最低保障

賃金のすべてを歩合給で支給することを、完全歩合制、フルコミッション制などということがあります。

この場合において、仮に成果が全くなかったとしても、歩合給を支払わない(0円とする)とすることはできません。

労働基準法では、「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めています(労働基準法第27条)。

「請負制で使用する労働者」とは、行政通達では、賃金構成からみて固定給の部分が賃金総額中の大半(おおむね6割程度以上)を占めている場合には、「請負制で使用する労働者」には該当しないと解するとしています(昭和22年9月13日発基17号)。

最低保障額の考え方

労働基準法が定める「一定額」の解釈については、明確な基準はなく、行政通達により、通常の実収賃金とあまり隔たらない程度の収入が保障されるように保障給の額を定めることが必要であると解されています(昭和22年9月13日発基17号、昭和63年3月14日基発150号)。

実務的には、労働基準法で定める休業手当が、平均賃金の6割と定められていることの趣旨から、出来高払制の保障給についても、同程度の水準に定めておくことが考えられます。

この場合、平均賃金は1日あたりの額であることから、平均賃金を時間単位に換算して(平均賃金÷1日の所定労働時間)、時間あたりの保障給を設定することが考えられます。

また、前述のとおり、歩合給についても最低賃金が適用されることから、歩合給額を時給に換算し、最低賃金を下回っていないかどうかについても留意する必要があります。

参考裁判例

裁判例では、月々の販売実績に基づいて給料を支払う完全歩合給制につき、販売実績がない場合に、まったく賃金を支払わず、最低賃金に満たない賃金となることを定めた労働契約は無効であるとして、この場合には、賃金全額について最低賃金と同様の定めをしたものとみなすことが相当であると判断しています(平成14年7月8日東京地方裁判所判決)。