「事業場外のみなし労働時間制」に関する裁判例【10選】を解説
はじめに
労働基準法が定める「事業場外のみなし労働時間制」を適用するためには、事業場外の労働について、会社の具体的な指揮監督が及ばず、それによって労働時間を算定することが困難である必要があります。
どのような場合に当該要件を満たすのか、行政通達(昭和63年1月1日基発1号)によって一応の指針は示されているものの、通達だけで自己判断することはリスクが高く、実際に事業場外のみなし労働時間制の適用をめぐって争われた裁判では、会社側が敗訴する事案が多数あります。
そこで、会社は、事業場外のみなし労働時間制を適用するためには、裁判例を参考に、できる限り制度の適用が否定されないように工夫をして運用することが必要と考えます。
本稿では、事業場外のみなし労働時間制に関する裁判例について、制度の適用を否定したもの、肯定したものをそれぞれ解説します。
なお、事業場外のみなし労働時間制の基本的な解説は、次の記事をご覧ください。
「事業場外のみなし労働時間制」とは?出張時の労働時間の算定方法について解説
光和商事事件【みなし否定】
この事案では、金融業を営む会社において、営業社員に対する事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判所は、次の理由から、会社が営業社員の労働時間を算定することが困難であるということはできず、営業社員が事業場外のみなし労働時間制の適用を受けないことは明らかであると判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しました(光和商事事件/大阪地方裁判所平成14年7月19日判決)。
また、会社が営業社員の出退勤時間をタイムカードによって管理していたことから、基本的には、タイムカードに打刻された時刻をもって出退勤時間を把握すべきと判断しました。
制度の適用が否定された理由
- 営業社員は、基本的に勤務時間が定められていること(毎朝会社に出社して朝礼に出席し、その後外勤勤務に出て、基本的に午後6時までに帰社し、事務所内の掃除をして終業となる)
- 営業社員は、その内容はメモ書き程度に簡単なものとはいえ、その日の行動内容を記載した予定表を会社に提出し、外勤中に行動を報告したときには、会社においてその予定表の該当欄に線を引くなどしてこれを抹消していたこと
- 会社は、営業社員全員に社用の携帯電話を貸与していたこと
阪急トラベルサポート事件【みなし否定】
この事案では、旅行事業を営む会社において、海外旅行の添乗員に対する事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判所は、次の理由から、添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、労働基準法が定める「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しました(阪急トラベルサポート事件/最高裁判所平成26年1月24日判決)。
制度の適用が否定された理由
- 会社は、添乗員に対し、国際電話用の携帯電話を貸与し、常にその電源を入れておくものとした上、添乗日報を作成し提出することを指示していたこと
- 添乗業務は、旅行日程がその日時や目的地などを明らかにして定められることによって、業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲およびその決定に係る選択の幅は限られているものといえること
- 添乗日報には、行程に沿って最初の出発地、運送機関の発着地、観光地などの目的地、最終の到着地およびそれらに係る出発時刻・到着時刻を正確かつ詳細に記載し、各施設の状況や食事内容なども記載するものとされており、添乗日報の記載内容は、添乗員の旅程の状況を具体的に把握することができるものとなっていること
コミネコミュニケーションズ事件【みなし否定】
この事案では、広告代理業、印刷業などを営む会社において、営業社員に対する事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判所は、次の理由から、営業社員の労働時間を算定し難いときに該当するとは認められないと判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しました(コミネコミュニケーションズ事件/東京地方裁判所平成17年9月30日判決)。
制度の適用が否定された理由
- 会社は、就業規則において営業社員と他の社員とを区別することなく、始業時刻・終業時刻を定めていたこと
- 出勤時刻・退勤時刻についてIDカードに記録され、それを集計した就業状況月報を作成することにより、個々の社員の労働時間を管理していたこと
- 営業社員には携帯電話が貸与され、会社は、その利用状況を把握していたこと
- 直行直帰する場合は、上司の許可が必要であったこと
- 営業社員は、営業日報を作成し、訪問先や訪問時間などを報告していたこと
- 営業社員が遅刻・早退した場合は、1時間単位で欠勤扱いとされていたこと
株式会社ほるぷ事件【みなし否定】
この事案では、書籍の販売訪問業を営む会社において、展覧会場で絵画の展示販売の業務に従事していたプロモーター社員に対する、事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判所は、次の理由から、会社がプロモーター社員の労働時間を算定することが困難とは到底言うことができず、事業場外のみなし労働時間制の適用を受ける場合でないことは明らかであると判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しました(株式会社ほるぷ事件/東京地方裁判所平成9年8月1日判決)。
制度の適用が否定された理由
- 業務に従事する場所・時間が限定されていること
- 会社の支店長なども業務場所に赴いていること
- 会場内での勤務は、顧客対応以外の時間も顧客の来訪に備えて待機しており、休憩時間とは認められないこと
大東建託時間外割増賃金請求事件【みなし否定】
この事案では、建築工事の請負業、不動産の売買・仲介業を営む会社において、テナント営業社員(賃貸物件仲介)に対する事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判所は、次の理由から、テナント営業社員の事業場外労働は、会社の指揮監督下にあったものと認めるのが相当であり、事業場外での労働時間の算定が困難であったということはできないと判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しました。
その上で、事業場外での労働時間の算定は、タイムカードにより把握された実労働時間によるべきであるとしました(大東建託時間外割増賃金請求事件/福井地方裁判所平成13年9月10日判決)。
制度の適用が否定された理由
- 営業社員の始業時刻・終業時刻は、タイムカードによって把握・管理されていたこと
- 営業社員が事業場外で労働している時間中は、会社から携帯電話を通じた連絡・指示により、常時管理されていたこと
サンマーク残業手当等請求事件【みなし否定】
この事案では、出版業を営む会社において、情報誌の広告業務に従事する営業社員に対する事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判所は、次の理由から、会社による具体的な営業活動にかかる指揮命令は基本的になかったものの、営業社員の労働自体については、会社の管理下にあったもので、事業場外での労働時間の算定が困難であったということはできないと判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しました(サンマーク残業手当等請求事件/大阪地方裁判所平成14年3月29日判決)。
制度の適用が否定された理由
- 営業社員が担当していた業務は、格別高度な裁量を必要とするものではなく、訪問先における訪問時刻と退出時刻を報告するという制度によって管理されていたこと
- 個々の訪問先や注文者との打合せなどについて、会社から具体的な指示はされないものの、営業社員が事業所外における営業活動中に、その多くを休憩時間にあてたり、自由に使えるような裁量はないというべきで、事業所を出てから帰るまでの時間は、就業規則上与えられた休憩時間以外は労働時間であったということができること
千里山生活協同組合賃金等請求事件【みなし否定】
この事案では、生活協同組合業を営む会社において、共同購入部門で配達業務に従事する職員に対する事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判所は、次の理由から、みなし制をとれるのは、事業場外労働のうち、労働時間を算定し難い場合に限られるとし、共同購入部門での配達業務に従事する職員を含めて、その労働時間はタイムカードで管理をしているのであるから、労働時間を算定し難い場合に当たるとはいえないと判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しました(千里山生活協同組合賃金等請求事件/大阪地方裁判所平成11年5月31日判決)。
制度の適用が否定された理由
- 共同購入部門で配達業務に従事する職員を含めて、その労働時間をタイムカードで管理していること
- 事業場外のみなし労働時間制は、現実に労働時間を算定できるにも関わらず、事業場外労働であるという理由だけで、所定労働時間しか労働しなかったこととみなされる制度ではないこと
ナック事件【みなし肯定】
この事案では、企業向けコンサルティング業を営む会社において、建築コンサルティング部門の営業・販売に従事する営業社員に対する事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判例は、次の理由から、営業社員について、携帯電話などの情報通信機器の活用や、従業員からの詳細な自己申告の方法によれば労働時間の算定が可能であったとしても、業務に関する従業員の裁量の大きさや、使用者による指揮命令が及んでいないと認められる各事情から、事業場外のみなし労働時間制の適用を肯定しました(ナック事件/東京高等裁判所平成30年6月21日判決)。
制度の適用が肯定された理由
- 顧客への訪問スケジュールは、チームを構成する営業社員を含む営業担当社員が内勤社員とともに決め、スケジュール管理ソフトに入力して職員間で共有化されていたが、個々の訪問スケジュールを上司が指示・確認することはなく、訪問の回数や時間も営業担当社員の裁量的な判断に委ねられていたこと
- 個々の訪問が終わると、内勤社員への携帯電話の電子メールや電話によって結果を報告していたが、その結果がその都度上司に報告されるものではなかったこと
- 帰社後は出張報告書を作成することになっていたが、出張報告書の内容は極めて簡易なもので、訪問状況を具体的に報告するものではなかったこと
- 上司が営業担当社員に業務の予定やスケジュールの変更について個別的な指示をすることもあったが、その頻度はそれほど多いわけではなく、上司が営業担当社員の報告の内容を確認することもなかったこと
日本インシュアランスサービス(休日労働手当・第1)事件【みなし肯定】
この事案では、生命保険相互会社の契約調査業務の代行業を営む会社において、業務職員として雇用され、自宅を本拠地として、生命保険の死亡保険金や各種給付金の支払いに際し、事故の状況や入院加療の内容などを確認する業務に従事している従業員に対する、事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
裁判所は、次の理由から、自宅を本拠地として生命保険等の支払いに関する情報収集・確認作業に従事している職員について、「労働時間を算定し難いとき」に当たると判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を肯定しました(日本インシュアランスサービス(休日労働手当・第1)事件/東京地方裁判所平成21年2月16日判決)。
制度の適用が肯定された理由
- 宅急便やメールなどで、会社から担当案件の確認業務に関する資料を自宅で受領し、指定された確認項目に従い、自宅から確認先を訪問し、事実関係の確認を実施し、その結果を確認報告書にまとめて、報告期間内に本社ないし支社に郵送またはメールで送付する態様で業務に従事していたこと
- 業務職員の業務執行の態様は、契約形態が雇用であるから従属労働であるとはいえ、会社の管理下で行われるものではなく、本質的に業務職員の裁量に委ねられたものであり(実際に、同じ業務を担当している業務委託契約の職員もいる)、したがって、本件における雇用契約では、会社が業務職員の労働時間を厳密に管理することは不可能であり、むしろ管理することになじみにくいといえること
セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件【みなし肯定(一審)】
この事案では、医薬品製造業を営む会社において、医薬情報担当者(MR)に対する事業場外のみなし労働時間制の適用について争われました。
東京地方裁判所(一審)では、次の理由から、労働時間を算定し難いと判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を肯定しました(セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件/東京地方裁判所令和4年3月30日判決)。
一方、東京高等裁判所(二審)ではこれを一部否定し、週報と併せて業務内容等を確認できたとして、勤怠管理システムの導入後においては、週報の内容や勤怠システムへの入力内容と、当該システムを用いた出退勤記録等の実施をしていたことを重視し、労働時間を算定し難い場合には当たらないと判断し、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しました(東京高等裁判所令和4年11月16日判決)。
制度の適用が肯定された理由(一審)
- 営業職員は月1回の定例会議以外は、自宅から営業先に直行直帰していたこと
- 各日の訪問先や訪問のスケジュールは担当者が決定し、その裁量に委ねられていたこと
- 訪問先は裁量に委ねられ、業務報告も軽易であり、スマートフォンで顧客管理システムにログインし出退勤時刻を打刻していたが、同システムは業務予定を入力するものではないこと
- 業務内容に関する事後報告が軽易なものであったこと