会社が社会保険労務士との顧問契約を検討する際の5つのチェックポイント

はじめに

会社が従業員を一人でも雇用する以上は、労務管理が必要になります。

従業員を雇用すれば、入社の際に社会保険への加入手続が必要になり、従業員の人数が増えれば、就業規則などの諸規程を作成し、さらには人事評価制度や賃金体系などを整備していく必要があります。

これらの場面において、会社は、適宜、労務管理の専門家である社会保険労務士の手を借りながら、労務管理体制を構築していくことが必要になります。

会社が労務管理体制を構築し、会社を成長・発展させていくためには、社会保険労務士などの専門家を、いかに上手く活用するかが鍵となるといっても過言ではありません。

この記事では、会社が社会保険労務士との顧問契約を検討する際に、どのような点に留意すれば、自社に合う顧問を見つけることができるのか、5つのチェックポイントにまとめました。

社会保険労務士とは

チェックポイントを解説する前に、まずは、社会保険労務士とはどのような業務を取り扱う職業であるのか、また、「顧問」とはどのような契約なのかについて、説明します。

社会保険労務士とは

「社会保険労務士」とは、労務管理・社会保険に関する国家資格をいいます。

労働基準法・労働安全衛生法などの労働法や、健康保険法・厚生年金保険法などの社会保険法に関連する業務を取り扱う職業をいいます。

社会保険労務士の業務内容

社会保険労務士が取り扱う業務は、一般的に、労務管理の相談、就業規則など諸規程の作成、給与計算代行、社会保険手続代行、助成金申請代行、年金相談など、多岐にわたります。

さらには、人事評価制度のコンサルティングや、従業員のモチベーションアップのための研修など、企業の人材活用に向けたサービスを提供する社会保険労務士もいます。

「顧問」とは

一般に、「顧問」とは、その専門知識や経験を活かして、会社経営や事業成長のために必要となるアドバイスや指導を行う立場にある者をいいます。

特に、弁護士、税理士、社会保険労務士など、いわゆる「士業」においては、会社との顧問契約に基づいて、継続的に専門性のあるサービスを提供することをいい、月額の報酬を定めて契約することが一般的です。

つまり、「顧問」というからには、継続的に提供するサービスが必要となることから、会社と社会保険労務士との顧問契約においては、一般的には、次のサービスを提供することが多いといえます。

社会保険労務士との顧問契約の内容(代表例)

  • 給与計算代行
  • 社会保険手続代行
  • 労務管理に関する相談

一方で、就業規則など諸規程の作成や、助成金の申請代行などについては、必要となる都度、(顧問契約ではなく)一度きりのスポットで依頼することが多く、この場合の報酬は、「助成金の受給額の何パーセント」などのように成功報酬で定められることが一般的です。

なお、会社と顧問契約を締結している場合には、別にスポットでの依頼が発生した場合に、成功報酬額を割り引くサービスを提供している社会保険労務士事務所もあります。

【ポイント①】顧問の必要性・目的を明確にする

なぜ、「顧問」が必要なのか?

まずは、会社が社会保険労務士を必要だと判断するに至った経緯、つまり「なぜ、社会保険労務士を必要としているのか」、「社会保険労務士に、何を、どこまで依頼したいのか」を明確にする必要があります。

給与計算代行、社会保険手続代行を依頼する必要性

社会保険労務士が取り扱う主な業務として、給与計算代行、社会保険手続代行があります(以下、これらを適宜「手続代行」といいます)。

これらの業務を社会保険労務士に依頼することのメリットとして、自社で給与計算や社会保険手続を行うことによる、人件費や作業コストを削減することができることが挙げられます。

例えば、創業して間もないなどの理由で、専任の担当者がいない場合に、まずは社会保険労務士に手続代行を依頼するというケースもあります。

労務相談を依頼する必要性

会社が従業員を雇用し、発展していくためには、適正な労務管理が欠かせません。

労務管理においては、労働基準法など多くの労働関連諸法令を遵守する必要があります。

そこで、有給休暇や勤怠の管理など、労務管理の実務は、総務部など会社の担当者が行うとしても、その労務管理が法的に問題ないかどうか(法令に抵触していないかどうか)を相談することができる社会保険労務士を顧問にすることがあります。

日頃から労務管理をきちんとしておくことで、労務トラブルや労働基準監督署の調査など、イレギュラーな事態が生じたときのリスクを最小限に抑えることができるといえます。

例えば、会社の経営者や担当者が、労務管理について頭を悩ませる場面として、次のような場合があります。

労務管理の問題(例)

  • 法律の改正があった場合の対応
  • 会社と従業員との間で労務トラブルがあった場合の対応
  • 会社の就業規則や雇用契約書を作成する場合の内容
  • 特殊な労務管理(変形労働制や、有給休暇の時間付与など)の導入・運用

これらは、労務管理に精通している社会保険労務士に相談することで、適正に対処することができ、会社経営におけるコンプライアンスの向上に資するものです。

また、労務相談については、顧問契約を締結するのではなく、相談事項が発生したら、その都度依頼して相談するという選択肢もあります。

「年に数回程度、必要なときだけ相談できればいい」という状況であれば、顧問契約ではなく、スポットで依頼することも検討してみてはいかがでしょうか。

このときの報酬額は「1時間あたり何円」というように、時間に応じて決まっていることが多く、サービス内容と報酬額が分かりやすいのが特徴です。

ただし、労務管理は、会社の内情をある程度把握しておかないと、的確なアドバイスをすることが難しいケースが多く、短時間の相談では、一般論のアドバイスに終始してしまう場合もあります。

その意味では、社会保険労務士と顧問契約を締結し、日頃から関係性を構築することで、相談時におけるアドバイスの質が高まることが期待されます。

【ポイント②】社会保険労務士の得意分野(取扱分野)の内容を確認する

前述のとおり、社会保険労務士が取り扱うことができる業務は、労務管理の相談、就業規則など諸規程の作成、給与計算代行、社会保険手続代行、助成金申請代行、年金相談など、多岐にわたります。

そこで、顧問の社会保険労務士を検討する際には、まずは「すべての分野に精通している社会保険労務士は存在しない」ということを念頭に置く必要があります。

もちろん、国家試験に合格している以上、一定水準の知識は、どの社会保険労務士も持ち合わせています。

しかし、現代では、インターネットを活用すれば、誰でもある程度の情報を入手することができるため、少し調べれば申請できるような手続や、解決できるような問題を、わざわざ報酬を支払って社会保険労務士に依頼・相談する必要性は乏しいといえます(時間の短縮、という意味では有用です)。

そこで、報酬を支払ってまで依頼・相談するからには、社会保険労務士の側にも高い専門性が求められているといえます。

会社は、社会保険労務士との顧問契約を検討する際には、その社会保険労務士が主にどのような分野に注力し、得意としているのかを確認する必要があります。

会社が社会保険労務士に求めること(需要)と、社会保険労務の高い専門性(供給)とが合致して初めて、質の高いサービスが提供できるといえます。

また、社会保険労務士によっては、業界に特化している、あるいは特定の業界の顧問先が多いなどの理由で、特定の業界の労務管理に精通している場合があります。

自社の業種を専門に取り扱う社会保険労務士であれば、業界の慣習や、各業界で起きやすい労務トラブルなどに詳しいため、より質の高いサービスの提供を受けることができます。

【ポイント③】報酬(顧問料)を確認する

ホームページなどで社会保険労務士の報酬を調べると、「何円~(から)」や「別途」など、報酬の記載が不明確な場合があります。

その理由のひとつとして、給与計算や社会保険手続については、会社の状況によって業務量・作業量が変動しやすいため、報酬額を一律に設定することが難しいことが挙げられます。

これらの手続は、まずは「従業員数」に応じて基本料金が定まることが多いのですが、たとえ同じ従業員数であっても、必要となる手続代行の中身は会社によって異なります。

例えば、以下のような要因がある場合には、社会保険労務士の業務量・作業量が増加し、報酬額が増額する傾向があります。

手続代行の報酬額に影響する要因(例)

  • 従業員の入退社が多い場合
  • 給与の締め日から支払日までが短い場合
  • タイムカードなどを見て、勤怠を一から手集計する必要がある場合
  • 複雑な歩合給の計算が必要になり、毎月の給与の変動が大きい場合

逆に、他の社会保険労務士事務所と比べて、報酬額が特に安価な場合には注意が必要です。

この場合には、「別料金」の発生があることが懸念されるためです。

例えば、月額報酬は安価である一方、年に1度生じる社会保険・労働保険の手続については別料金が発生するような場合もあります。

このように、手続代行においては、報酬表だけを見て判断するのではなく、会社が依頼したい内容を社会保険労務士事務所に正しく伝えたうえで、個別に見積もりを作成し、比較検討していくことが不可欠です。

ホームページ上の基本報酬だけを見て、報酬額が安そうな事務所だからという理由で顧問契約を締結することはリスクが高く、遠回りでも複数の事務所から合い見積もりをとることが必要となります。

【ポイント④】担当者を確認する

社会保険労務士事務所には、複数の社会保険労務士や職員が在籍していることがあります。

そこで生じるのが、「担当者」の問題です。

会社にとって(特に窓口となる会社の担当者にとって)、顧問の社会保険労務士事務所の担当者が交代することのストレスは大きいものです。

事務所全体では複数の社会保険労務士が在籍しているとしても、ひとつの会社に対して複数の社会保険労務士が担当に付くことは、ほとんどありません。

顧問契約の締結までは、所長など責任者の社会保険労務士が対応し、顧問契約締結後、実際に担当になるのは別の社会保険労務士や職員であることがあります。

労務相談は、会社の経営者や担当者と、社会保険労務士との相性が合うことが重要で、長年の付き合いがあるからこそ、会社の内情を知り、自社に合った的確なアドバイスや提案ができるようになります。

そこで、会社が社会保険労務士事務所と顧問契約を締結する場合には、自社の担当者は誰になるのか、また、担当者の交代はあり得るのか(あり得るとすれば、どのくらいの期間ごとに交代があるのか)という点を確認しておく必要があります。

【ポイント⑤】社会保険労務士との「相性」を確認する

最終的に、顧問契約においては、会社の経営者や担当者と、社会保険労務士との相性が良いかどうか、がもっとも重要です。

顧問契約は、長期間にわたる付き合いになることが多いため、いざというときに親身に対応してくれるかどうか、気軽に相談することができるかどうかなど、良好な信頼関係を築いていくことができることが重要です。

どれだけ知識や経験が豊富で、立派な肩書のある社会保険労務士でも、一度相談しにくいような関係性になってしまうと、顧問契約は長続きしません。

特に、経営者や担当者への説明が丁寧かどうかはとても重要です。

専門用語を多く使って説明するのか、それともかみ砕いて分かりやすく説明してくれるのかという点が違うだけでも、会社の経営者や担当者が受ける印象は大きく異なります。

社会保険労務士に限った話ではありませんが、どんな会社とも相性の良い専門家は存在しません。

だからこそ、顧問契約を締結する際には、多くの専門家と面談し、その方の人間性や相性を確かめる必要があります。

相性の合う社会保険労務士と出会い、良好な関係を構築することができれば、きっと会社が良い方向に成長・発展していくことができるでしょう。