固定残業代(定額・みなし残業代)に関する就業規則の規定例(記載例)とポイントを解説

はじめに

固定残業代(制)」とは、残業代として、あらかじめ決められた一定額を、定例の給与に上乗せして従業員に支払うことをいいます。

固定残業代は、会社によって「定額残業代」や、「みなし残業代」といわれることがあります。

固定残業代の制度の内容については、以下の記事をご覧ください。

固定残業代(定額残業代・みなし残業代)とは?制度内容と運用時の留意点を解説

この記事では、固定残業代を導入する場合における、就業規則の規定例(記載例)と、そのポイントを解説します。

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就業規則・雇用契約書への記載の必要性

固定残業代は賃金の一部であり、賃金は、就業規則の「絶対的必要記載事項」として、法律によって、その内容を就業規則に必ず記載しなければならないとされています(労働基準法第89条)。

また、労働条件通知書(雇用契約書)においても、「絶対的明示事項」として、賃金に関する事項を書面で交付することが義務付けられています(労働基準法第15条)。

固定残業代に関する規定作成のポイント

過去の裁判例などに照らすと、固定残業代が法的に有効と認められるためには、少なくとも次の要件を満たす必要があり、就業規則や雇用契約書も当該要件を満たすことができる内容にする必要があります。

固定残業代の有効要件

  1. 固定残業代として支払われる賃金と、それ以外の賃金を明確に区別する
  2. 固定残業代の金額および時間数を就業規則に明記する
  3. 賃金の支給時に、実際の残業時間数と残業代の額を明示する
  4. 実際の残業時間が固定残業代部分の時間を超えたら、超えた分の残業代を支給する

固定残業代(定額・みなし残業代)に関する就業規則の規定例(記載例)

固定残業代に関する就業規則の規定例(記載例)は、次のとおりです。

就業規則の規定例

(固定残業手当)【注1】

第●条 固定残業手当は、第●条に定める時間外労働の対償として支給する。【注2】

2 固定残業手当の額は月額●万円とし、約●時間分の時間外労働に対応する時間外手当が含まれるものとする。【注3】

3 会社は、賃金の支払時に賃金明細書を従業員各人ごとに明示することとし、各人ごとの時間外労働の時間数と時間外手当の額を明示する。【注4】

4 会社は、従業員が第2項に定める時間を超過して時間外労働をした場合には、その不足分(差額)を支給する。【注5】

以下、順に解説します。

固定残業代の名称【注1】

規定例では、「固定残業手当」という名称を用いていますが、手当の名称については法律上の定めはなく、会社が任意に定めることができます

例えば、「業務手当」や「職務手当」などの名称の手当について、性質上は固定残業代として支給することも可能です。

しかし、あまり関連のない名称にしてしまうと、従業員にとっては誤解が生じやすくなるため、労務トラブルを防止するためには、「固定残業手当」など、従業員にとって残業代として支払われていることが明確で、誤解の生じにくい名称にすることが望ましいといえます。

また、会社によっては、基本給の一部に固定残業代を組み込んでいる場合もあります。

この場合には、基本給の内訳を記載するなどして、基本給のうち、どの部分が固定残業代であるのかを明確に区別できるようにしておく必要があります。

固定残業代の対象【注2】

固定残業代が、何に対して支給されるものであるのか、その対象を明らかにする必要があります。

規定例では、「時間外労働に対する割増賃金」として支給するものであることを明記しています。

正確には、時間外労働には、会社の所定労働時間(いわゆる定時)を超えた場合に行われる残業と、労働基準法の定める法定労働時間(原則として1日8時間・1週間40時間)を超えた場合に行われる残業とに分けられます。

前者に対しては、所定労働時間を超えたとしても、法定労働時間以内(法定内残業)であれば、割増賃金を支払う必要はなく、通常の賃金を支払えば足りるのに対し、後者(法定外残業)に対しては、25%以上の割増賃金を支払う必要があります。

しかし、会社によっては、給与計算が煩雑になるなどの理由から、法定内の残業であっても法定外の残業と同様に取り扱う場合もあります。

そこで、固定残業代が何の対償として支給されるのか、正しく把握することができるように、その前提として、その会社における割増賃金の計算・支払方法について、適切に定めておく必要があります。

固定残業代に休日労働手当や深夜労働手当を含める場合

時間外労働の他にも、法律上、割増賃金が発生するものとして、法定休日労働(労働基準法第37条第1項)、深夜労働(労働基準法第37条第4項)があります。

これらの割増賃金も含めて固定残業代を支給する場合には、例えば次の規定例のように、その旨を就業規則において明記する必要があります。

就業規則の規定例

(固定残業手当)

第●条 固定残業手当は、次の労働の対償として支給する。

一、第●条に定める法定時間外労働

二、第●条に定める法定休日労働

三、第●条に定める深夜労働

含まれる時間数の明示【注3】

時間数の明示の必要性

固定残業代を支給する場合には、残業代として支払われる賃金と、それ以外の賃金とを明確に区別する必要があります。

過去の裁判例でも、基本給に割増賃金を含めた事案について、基本給のうち割増賃金分が明確に区別されて合意されていなければ、その部分を割増賃金とすることができないと判断しています(小里機械事件/最高裁判所昭和63年7月14日判決)。

固定残業代部分を明確にするためには、固定残業代の額と、かつそれが何時間分の残業時間を見込んで支給されているのか、記載しておく必要があります。

各人ごとに見込み残業時間を設定する例

各従業員ごとに基本給の額などが異なる場合には、それに応じて固定残業代の額や、それに含まれる時間数などが異なる場合があり、就業規則で一律に定めることができない場合があります。

そこで、就業規則においては、次のように各人ごとに別途、雇用契約書などで明示する旨を規定しておき、各人別に雇用契約書によって詳細を明示する方法もあります。

就業規則の規定例

(固定残業手当) 第●条(略)

2 固定残業手当の金額およびそれに含まれる時間外手当に対応する時間外労働時間は、各人ごとに定めるものとし、雇用契約書に明示する。

この場合の雇用契約書の記載例は次のとおりです。

雇用契約書の記載例

貴殿に支給する賃金の内訳は次のとおりです。

①基本給:200,000円

②固定残業手当:50,000円(30時間相当の時間外労働に対する割増賃金として支給する

③通勤手当:10,000円

④合計支給額(①+②+③):260,000円

固定残業代の金額と、時間外労働の時間数とを明示【注4】

会社は、賃金の支払時に賃金明細書を各従業員に交付する際に、従業員ごとに時間外労働の時間数と固定残業代の額を明示することが望まれます(テックジャパン事件/最高裁判所平成24年3月8日判決)。

賃金明細書には、従業員ごとに、基本給や固定残業代の額を明示し、かつ、その月の労働時間(残業時間)を明示することにより、自身の残業代がいくらで、固定残業代の範囲内に収まっているのかどうかを確認することができるためです。

差額の支給の必要性【注5】

会社は、従業員が固定残業代に含まれる時間を超過して時間外労働をした場合には、その不足分(差額)を支給する必要があります。

固定残業代に関して、よくある誤解として、「固定残業代を支給しておけば、残業時間を把握する必要がない」と認識してしまうことがあります。

中には、「固定残業代を支給しておけば、残業代をまったく支給する必要がない」と誤解している場合もあります。

しかし、固定残業代を支給している場合であっても、会社には残業時間を正しく把握する義務があることに注意が必要です。

そして、残業時間に応じて残業代を計算したうえで、実際の残業時間が固定残業代に含まれる残業時間を上回る場合には、その差額を追加で支給する必要があります。

これを怠り、固定残業代を適切に運用しない場合には、固定残業代が法的に無効なものとして取り扱われるリスクがあります。

固定残業代を、「給与計算の手間を省きたい」という目的で導入する場合もあり、確かに、給与計算の際に一から残業代を計算し、支給することに比べて、事務手続を軽減することができる場合があります。

しかし、軽減されるといっても、数時間程度の残業について、わざわざ残業代を計算し、支給する手間が生じない、という程度のものであり、まったく計算をしなくてもよくなるものではないことを理解しておく必要があります。