【36協定】「特別条項」の発動(適用)事由と発動時の手続(協議・通告)を解説
- 1. はじめに
- 2. 「特別条項」を発動(適用)できる場合
- 2.1. 法律上の定め
- 2.2. 36協定への記載内容
- 3. 「特別条項」を発動できる具体的な事由
- 3.1. 特別条項を発動することが認められるケース
- 3.2. 特別条項を発動することが認められないケース
- 3.3. その他、判断することが困難な事由
- 4. 限度時間を超えて労働させる場合における手続
- 4.1. 特別条項を発動するための手続
- 4.2. 特別条項を発動する手続の具体的内容
- 4.2.1. 労使間における「協議(労使協議)」による方法
- 4.2.2. 会社からの「通告(通知)」による方法
- 5. 協議書や通知書の作成
- 5.1. 協議書や通知書の必要性
- 5.2. 協議書や通知書に記載すべき内容
はじめに
従業員が法定労働時間(1日8時間・1週40時間)を超えて働く場合(以下、「法定時間外労働」といいます)、または法定休日に働く場合(以下、「法定休日労働」といいます)には、会社は、従業員の過半数代表者との間で「36(さぶろく)協定」を締結したうえで、管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法第36条)。
法定時間外労働は、原則として、月45時間以内・年360時間以内(以下、「限度時間」といいます)に収める必要がありますが、実際には、突発的な業務やトラブルなどへの対応のために、これを超えて働かなければならないことがあります。
そこで、法律では、このような場合には、会社が36協定において「特別条項」を設けることにより、特例的に限度時間を超えて働くことを認めています。
この記事では、どのような事由があれば、「特別条項」を発動することができるのか、そして、実際に特別条項を発動する際に必要となる手続について解説します。
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「特別条項」を発動(適用)できる場合
法律上の定め
労働基準法では、限度時間を超え、特別条項を発動することができる場合として、次のように定めています(労働基準法第36条第5項)。
特別条項を発動できる場合
当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第3項(注:原則的な上限時間)の限度時間を超えて労働させる必要がある場合
しかし、何をもって「通常予見することのできない業務量の大幅な増加等」というのか、その意味については法律に明記されていません。
そこで、行政通達では、『「通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第3項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合」とは、全体として1年の半分を超えない一定の限られた時期において一時的・突発的に業務量が増える状況等により限度時間を超えて労働させる必要がある場合をいうものであり、「通常予見することのできない業務量の増加」とは、こうした状況の一つの例として規定されたものである。その上で、具体的にどのような場合を協定するかについては、労使当事者が事業又は業務の態様等に即して自主的に協議し、可能な限り具体的に定める必要があること』としています(平成30年12月28日基発1228第15号)。
36協定への記載内容
厚生労働省が定める36協定の様式(様式第9号の2)においては、「臨時的に限度時間を超えて労働させることができる場合」について、記入欄が設けられており、具体的にどのような事情が生じた場合に、特別条項を発動するのか(限度時間を超えて働くのか)を定める必要があります。
この「臨時的に限度時間を超えて労働させることができる場合」の内容について、36協定の様式の裏面の「記載心得」(説明書き)において、次のように説明されています。
臨時的に限度時間を超えて労働させることができる場合
「臨時的に限度時間を超えて労働させることができる場合」の欄には、当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合をできる限り具体的に記入すること。なお、業務の都合上必要な場合、業務上やむを得ない場合等恒常的な長時間労働を招くおそれがあるものを記入することは認められないことに留意すること。
なお、上記の内容は、「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針」(平成30年9月7日厚生労働省告示第323号)の第5条を根拠にしています。
「特別条項」を発動できる具体的な事由
前述の法律、行政通達、および指針(記載心得)の内容を踏まえると、特別条項を発動するための事由は、概ね次のように整理されると考えます。
特別条項を発動できる事由
- 通常予見することができないこと
- 業務量の大幅な増加等があること
- 臨時的であること
- 恒常的な長時間労働を招くおそれがないこと
特別条項を発動することが認められるケース
例えば、次のような事由は、上記に当てはまるといえ、特別条項を発動することが認められると考えます。
特別条項を発動することが認められる事由
- 予期し得ないリコールなどによる大規模なクレームへの対応
- 通常の受注を大幅に上回ったことにより、納期が切迫している場合
- 臨時的・突発的な機械トラブルやシステムトラブルへの対応
- 臨時的・突発的な仕様変更、新システムの導入への対応
特別条項を発動することが認められないケース
記載心得では、「業務の都合上必要な場合、業務上やむを得ない場合等、恒常的な長時間労働を招くおそれがあるものを記入することは認められない」と明記しています。
特別条項は、特例的に発動されるものであって、安易な運用によって、長時間労働が常態化することがあってはなりません。
そこで、例えば、次のような事由によって特別条項を発動することは、認められないものと考えます。
特別条項を発動することが認められない事由
- (特に事由を限定せず)業務の都合上、会社が必要であると判断するとき
- (特に事由を限定せず)業務の都合上、やむを得ないとき
- (特に事由を限定せず)業務が繁忙なとき
このような事由は、抽象的であり、特別条項の適用が広範囲に及びます。
曖昧な事由によって、特別条項が安易に発動され、長時間労働が常態化するおそれがあると考えられます。
36協定にこのような記載をすることが、直ちに法違反になる、ということではありませんが、少なくとも、「やむを得ないとき」や「繁忙なとき」とはどのような場合を意味するのか、できる限り具体的・客観的に記載しておくことが必要であると考えます。
その他、判断することが困難な事由
例えば、「予算、決算時期の会計業務」、「ボーナス商戦に伴う業務の繁忙」は、法律の定める「通常予見することができない」という点をクリアするかどうか、判断することが困難といえます。
これらは事業や業務の性質上、定期的に訪れるものであり、繁忙期を事前に予期することができるといえるためです。
このような事由に対しては、会社は事前に人員の増加など対策を講じることができると考えられるため、特別条項を発動する事由としては、問題がない、とは言い切れないものです。
法律上、特別条項の発動事由について明確な基準があるものではないため、このような事由を定めることがただちに法違反となるものではありませんが、特別条項を発動する必要性を踏まえて、慎重に検討するべきといえます。
限度時間を超えて労働させる場合における手続
特別条項を発動するための手続
「特別条項」を発動できる事由を36協定に定めた場合であっても、実際に当該事由に該当し、特別条項を発動する際には、事前に一定の手続を経ることが必要です。
この手続の内容については、36協定の「限度時間を超えて労働させる場合における手続」の記入欄に定める必要があります。
会社が特別条項を発動する際には、長時間労働が常態化しないように、従業員の健康状態などに配慮しながら、随時、特別条項の発動を検討していくことができるような仕組みが求められます。
具体的にどのような手続をとるべきかについては、法律に明記されていません。
したがって、会社ごとにどのような手続をとるかを検討し、その内容を36協定に記載する必要があります。
特別条項を発動する手続の具体的内容
一般的に考えられる、特別条項を発動する際の手続としては、次の2つの方法が考えられます。
特別条項を発動する際の手続例
- 労使間における「協議(労使協議)」による方法
- 会社からの「通告(通知)」による方法
労使間における「協議(労使協議)」による方法
「協議」とは、会社から従業員代表者に対して、特別条項を発動することを申し入れ、労使間で協議を経たうえで、特別条項を発動する手続をいいます。
なお、一般的には、会社が申し入れるのは、従業員の代表者(36協定の締結当事者となった者)に対してであって、実際に法定時間外労働を行う従業員と個別に協議を行うものではありません。
例えば、特別条項を発動する対象は営業部の従業員であった場合でも、従業員代表者が総務部に所属している場合には、当該代表者が他の従業員を代表して、会社と協議を行うこととなります。
会社からの「通告(通知)」による方法
「通告」とは、会社から従業員代表者に対して、特別条項を発動する旨を一方的に通告(通知)して特別条項を発動する手続をいいます。
通知をするだけで十分か、という議論はありますが、法律上は従業員代表者との協議や承認を得ることまでは求められていませんので、通告(通知)によることも、法的には問題ないと考えられます。
「協議」と「通告」いずれの方法を選択しても問題ありませんが、緊急時に特別条項を発動する場合には、事前に協議を経る時間的余裕がないこともあります。
特別条項を発動する事由にもよりますが、緊急時などに機動的に対応するためには、「通告」による手続の方が実務上は対応しやすい場合があります。
また、どうしても事前に通知することができない場合に備えて、36協定には、「原則として、従業員代表者に対して事前に通知する。ただし、やむを得ない事由により事前に通知することができない場合には、事後、速やかに通知することとする。」などと定めることにより、やむを得ない場合には事後に通知を行う場合があるとしておくことも考えられます。
協議書や通知書の作成
協議書や通知書の必要性
会社は、特別条項を発動した場合には、適切に手続を行ったことの記録(証拠)として、その手続を行った時期、特別条項を発動した理由、協議・通知をした従業員代表者の氏名などについて、協議書・通知書などの書面を作成し、記録・保管しておくことが必要です。
書面の作成は法律によって求められているものではありませんが、書面がないと、会社が適切に手続を経て特別条項を発動したのかどうか、何の記録も残らないため、労務管理として適切ではありません。
行政通達でも、「所定の手続がとられ、限度時間を超えて労働時間を延長する際には、その旨を届け出る必要はないが、労使当事者間においてとられた所定の手続の時期、内容、相手方等を書面等で明らかにしておく必要があること」とされています(平成30年9月7日基発0907第1号)。
なお、当該記録を労働基準監督署などに届け出る必要はなく、また、記録の書式や保管期間も定められていません。
協議書や通知書に記載すべき内容
法律上は、特に協議書や通知書に何を記載しなければならないという定めはありません。
例えば、特別条項の発動に際して協議を行った場合には、次のような内容を盛り込んだ協議書を作成することが考えられます。
特別条項協議書の記載例
特別条項協議書
1.協議を行った日時
(例)●年●月度において、特別条項を発動させるべく、●年●月●日に従業員代表者である●●と協議を行った
2.特別条項を発動する対象者(対象部署)
(例)●●部●●課において、●●の業務に従事する者
3.特別条項を発動する理由
(例)●年●月●日に発生した、製品の不具合による顧客からのクレーム対応のため
4.特別条項により延長する時間の上限
(例)1ヵ月●時間を上限として延長する
5.延長回数
(例)本年度において特別条項の発動は●回目となる
6.健康福祉確保措置の実施状況
(例)特別条項発動期間中、11時間の勤務間インターバルを適用する/●年●月に特別休暇を3日間付与する
5.を記載する理由は、法律上、特別条項の発動は年に6回までしか認められないため、何回目の発動になるのかを記録し、6回を超えないように管理する必要があるためです。
6.の「健康・福祉確保措置」とは、会社は、特別条項付きの36協定を締結する場合においては、その様式において「健康福祉確保措置」を記入することが義務付けられています。
36協定の書式の裏面(記載心得)には、健康福祉確保措置の内容として、10項目が記載されており、会社は、この10項目のうち、任意に選択した項目の番号と、その内容を36協定に記入する必要があります。
また、実際に特別条項を発動した場合には、その際に講じた健康福祉確保措置の内容について、記録しておくことが必要です。
記録の保存期間については、行政通達により、「使用者は、健康福祉確保措置の実施状況に関する記録を当該時間外・休日労働協定の有効期間中及び当該有効期間の満了後3年間保存しなければならないものであること」とされています(平成30年9月7日基発0907第1号)。
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