入社時の「身元保証人」とは?身元保証に関する法律・極度額などを解説

身元保証の定義と機能(目的)

「身元保証」とは

従業員が会社に対して損害を与えた場合などに備えて、採用内定時や入社時において、従業員の近親者などが保証人となり、従業員が会社に損害を与えた場合には、当該従業員と共に、その損害の賠償を約する旨の保証を行うことがあり、これを一般に「身元保証」といいます。

身元保証書には、一般的に次のような内容が記載されています。

身元保証書の記載例

身元保証人は、その身元を保証する従業員が、その故意または過失により、会社に損害を与えた場合には、従業員と連帯して、損害賠償金を支払うこととする。

例えば、金融機関など、職務上金銭を取り扱い、横領などのリスクが高い業種や、経理部など多額の資産を管理する職種において、身元保証が重視される傾向があります。

身元保証は、法的には、会社と身元保証人とが契約当事者となり、身元保証契約を締結することとなります(従業員は契約の当事者ではありません)。

身元保証契約については、身元保証人を保護するための法律である「身元保証契約に関する法律」が適用されるとともに、「民法」の保証に関する定めが適用されます(後述)。

金銭賠償機能

従業員が会社に対して金銭的損害を与えたことにより、その責任を従業員が負う場合において、従業員にその損害を賠償する資力がないときには、その損害の補填を身元保証人に求めることができます。

そのため、会社にとっては、身元保証により、従業員の損害賠償義務の履行(債権回収)を担保することができるというメリットがあります。

なお、前提として、会社が従業員に対して、法的にどこまでの範囲で損害賠償をなし得るかについては、次の記事をご覧ください。

会社から従業員に対する損害賠償請求は認められるか?裁判例を踏まえて解説

人物保証機能

身元保証には、従業員をよく知る人物が、その従業員が十分に能力を発揮できる適性を有していることを保証する意味があります。

これにより、会社にとって、適性を欠き、問題のある従業員の入社を抑止する効果(スクリーニング効果)があるといえます。

また、従業員にとっても、身元保証人に対して迷惑をかけられない、という意識をもちやすいことから、問題を起こすことを抑止する効果も期待できます。

身元保証人の適格性(誰を身元保証人とすべきか)

誰を身元保証人とすべきか、また、身元保証人の人数について、法律上の決まりはありません。

会社が身元保証を求める目的に応じて、誰を身元保証人とするかを決めておく必要があります。

金銭賠償機能を重視する場合

金銭賠償機能を重視すると、身元保証人の支払能力を担保するために、身元保証人は従業員から経済的に独立した者である必要があるといえます。

その場合、従業員の配偶者など、同一世帯に属する者のみを身元保証人とすることは適切ではありません。

また、従業員の友人など同世代の者を身元保証人とすることは、経済的な資力について従業員と同程度である可能性が高いことから、支払能力に不安が残ります。

人物保証機能を重視する場合

人物保証機能を重視すると、身元保証人は、親兄弟や親族など、本人をよく知る者である必要があります。

また、例えば、従業員が突然出勤しなくなり、行方不明になった場合に、身元保証人に本人の居所を確認することがあります。

そのような場合には、身元保証人は、従業員と同居し、または近隣に住むなど、目の届く範囲にいる者が望ましいでしょう。

また、従業員が精神疾患などを発症し、冷静な判断が困難な状況下においては、休職や退職をめぐった話し合いをする際に、身元保証人である両親や親族などを交えて話し合いを進めることで、円滑に解決することができる場合があります。

身元保証契約の期間

身元保証契約は無制限に認められるものではなく、その期間については、「身元保証に関する法律」が適用されます。

身元保証契約の期間

身元保証契約に期間を定めない場合には、その期間は3年(商工業見習者の場合は5年)となります(身元保証に関する法律第1条)。

身元保証契約に期間を定める場合には、その期間は最長で5年とする必要があります(身元保証に関する法律第2条)。

ただし、身元保証契約を更新することはできます。

身元保証契約を更新する際も、その期間は最長で5年となりますので、在職中に引き続き身元保証契約の効果を持続させるためには、5年ごとに更新し続ける必要があります。

身元保証契約の自動更新

身元保証契約について、自動更新の定めを設けることについては、これを無効とした裁判例があります(拓友クラブ事件/札幌高等裁判所昭和52年8月24日判決)。

また、他の裁判例では、初めに5年間の保証期間を定め、その期間満了の際に別段の申し出がない限り、さらに5年間同一条件で更新するとの定めは、身元保証人に契約の更新を拒絶すべきか否かを判断する機会を実際に得させた場合においてのみ、有効であると判断しました(東京地方裁判所昭和45年2月3日判決)。

したがって、自動更新条項を設けたとしても、契約更新時の手続として、身元保証人に更新の可否について意思を確認する必要があるといえます。

身元保証人への通知義務

会社は、次の場合には、身元保証人への通知を行うことが義務付けられています(身元保証に関する法律第3条)。

身元保証人への通知義務が生じる場合

  • 従業員が業務上不適任または不誠実と認められる場合
  • 従業員による不正行為があった場合
  • 従業員の職務内容や勤務場所を変更した場合

身元保証人は、会社から通知を受けた場合、または会社から通知を受ける前に上記の事実を知った場合には、将来に向かって身元保証契約を解除することができる権利が認められています(身元保証に関する法律第4条)。

身元保証人の極度額

身元保証契約によって定められる損害賠償額は、無制限に認められるものではなく、民法によって制限が定められています。

根保証契約の禁止

民法では、保証契約一般に関する定めとして、不測の事態から保証人を保護するために、保証人が締結する保証契約のうち、極度額を定めない「根保証契約」は、原則として無効になる旨を定めています(民法第465条の2)。

「根保証契約」とは、保証人が現在の債務だけでなく、将来発生する不特定の債務を含めて包括的に保証するなど、保証人になる時点では、どれだけの金額の債務(=保証人としての責任)が発生するのかが分からない契約をいいます。

これにより、身元保証契約においても、身元保証人が保証する損害額の上限(極度額)を定めずに身元保証を行うことは認められず、仮にそのような身元保証契約を締結したとしても、無効(身元保証契約に基づいて、身元保証人に損害賠償を請求することはできない)となります。

極度額の設定

実務上、慎重な検討を要するのが、身元保証人の極度額をどのように定めるか、という点です。

会社としては、身元保証の金銭賠償機能からは、実効性のない、低額な極度額を定めることは避けるべきですが、一方で、あまりに高額な極度額を定めると、身元保証人が保証をすることに躊躇し、身元保証契約が成立しないばかりか、会社に対する印象をも悪化させかねません。

また、何を根拠として極度額を設定すべきか判断に迷うことがあり、さらに金額を明記すること自体に抵抗を感じることも少なくありません。

そこで、実務上は、従業員の月給(または年収)の一定倍数を極度額として定めることがあります。

例えば、「従業員の初年度月給の12ヵ月分を極度額とする」と定めることがあります。

この極度額は、従業員の年収に比例するため、金額を直接に記載せずとも、保証人にとっては具体的に保証すべき額を把握することができます。

ただし、この場合でも、できる限り給与の額またはその算定方法を具体的に明記しておく方が望ましいと考えます。

また、給与額が改定された際には、身元保証人にもその額を通知するなど、身元保証人が現在の保証額を常に把握できるように配慮しておくことが望ましいと考えます。

身元保証人に対する損害賠償請求の範囲

裁判上考慮すべき事情

従業員に損害賠償を行う資力がない場合において、身元保証契約さえ締結していれば、身元保証人に対して損害の全額を当然に肩代わりしてもらうことができるのかというと、そうではありません。

法律では、身元保証人の責任が過重にならないよう、損害賠償額や責任の範囲を決定するにあたり、会社の監督上の過失の有無など、一切の事情を考慮することなどを義務付けています(身元保証に関する法律第5条)。

裁判上考慮すべき事情

  1. 会社の監督に関する過失の有無
  2. 身元保証人が身元保証をするに至った事情
  3. 身元保証人が身元保証をするにあたって用いた注意の程度
  4. 従業員の任務や身上の変化
  5. その他一切の事情

裁判例では、個人が身元保証人となっている場合、信義則上3分の1から4分の1程度(2~3割程度)の求償しか認容されないケースが多い傾向にあります。

身元保証人の賠償額に関する裁判例

裁判例1

約595万円の損害額について、身元保証人(2名)の責任額を300万円とした(三和商会事件/最高裁判所昭和60年5月23日判決)

裁判例2

約900万円の損害額について、身元保証人(2名)の責任額を180万円とした事例(嶋屋水産運輸事件/神戸地方裁判所昭和61年9月29日判決)

裁判例3

約1億336万円の損害額について、身元保証人(2名)の責任額を約4,134万円とした事例(ワールド証券事件/東京地方裁判所平成4年3月23日判決)

就業規則の規定例(記載例)

就業規則の規定例(記載例)

身元保証については、就業規則において、身元保証書の提出義務を定めると共に、身元保証人の範囲や保証期間について定めておくとよいと考えます。

身元保証に関する就業規則の規定例(記載例)は次のとおりです。

就業規則の規定例(記載例)

(身元保証人)

第●条 身元保証人は、経済的に独立した者で、会社が認めた者2名とする。この場合において、原則として1名は、親兄弟またはこれに代わる近親者とする。

2 身元保証の期間は5年間とする。ただし、会社が必要と認めた場合には、その身元保証の期間の更新を求めることができる。

3 身元保証人が次のいずれかに該当するときは、従業員は直ちに身元保証人を変更し、身元保証書を会社に提出するものとする。

一、死亡したとき

二、失踪宣告を受けたとき

三、破産手続または民事再生手続の開始決定を受けたとき

四、上記各号に準ずる内容で、会社が身元保証人を不適格と認めたとき

身元保証書を提出しない場合

就業規則によって身元保証書の提出を義務付けているにも関わらず、従業員が正当な理由なく身元保証書を提出しない場合には、従業員としての適性に重大な疑義を生じさせるものと考えられ、場合によっては、それに伴う解雇が有効と認められる可能性があります(身元保証書の不提出を理由とした解雇を有効と判断した裁判例として、シティズ事件/東京地方裁判所平成11年12月16日判決)。