副業・兼業における労働時間の通算ルール(通算順序)と割増賃金の支払い義務を解説

はじめに

従業員が副業を行う場合、会社はその従業員について、自社における労働時間管理に加えて、副業先の労働時間についても把握し、管理する必要が生じることがあります。

この記事では、従業員が副業を行う場合における、労働時間の通算ルールについて、厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン(令和4年7月改定版)」を参考に解説します。

なお、この記事では、解説を分かりやすくするため、本業先の会社を「本業先(A社)」、副業先の会社を「副業先(B社)」と表記します。

副業の申請手続・許可基準に関する就業規則の規定例(記載例)

副業を行う場合の労働時間の通算

労働基準法では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定められています(労働基準法第38条第1項)。

そして、「事業場を異にする場合」とは、事業主を異にする場合をも含むとされています(昭和23年5月14日基発第769号)。

これにより、ある従業員が、本業先(A社)と副業先(B社)の両方に雇用される場合には、原則として、本業先(A社)と副業先(B社)が共に、各社における労働時間を通算して把握し、労働時間を管理する必要があります。

労働時間の通算を必要としない場合(自営業・フリーランスなど)

事業場を異にする場合に、労働時間を通算する必要があるのは、労働基準法に定められた労働時間規制が適用される従業員です。

したがって、次の者については、事業場を異にする場合でも、労働時間を通算する必要はありません。

労働時間の通算を必要としない者

  • 自営業(個人事業主)
  • フリーランス(業務委託契約に基づき働く場合など)
  • 役員(経営者、取締役、理事など)
  • 労働基準法のうち労働時間規制が適用されない者(管理監督者など)

労働時間の通算時に適用される規定

法定労働時間

労働基準法により、労働時間は、原則として1日8時間、および1週40時間を超えてはならないと定められており、これを「法定労働時間」といいます(労働基準法第32条)。

副業時において、法定労働時間は、本業先(A社)と副業先(B社)を通算した労働時間をもって適用される(通算した労働時間が、法定労働時間を超えてはならない)こととなり、これを超えて働く場合(時間外労働をする場合)には、36協定の締結、時間外労働の上限規制の遵守、および割増賃金の支払いを要することとなります。

時間外労働の上限規制

時間外労働は、会社と従業員の過半数代表者との間で、36協定(時間外・休日労働に関する協定)を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出ることにより、原則として、月45時間以内、および年360時間以内を上限として行うことが認められます(労働基準法第36条第4項)。

ただし、臨時的な特別の事情がある場合には、月100時間未満(休日労働を含む)、直前の2~6ヵ月平均で80時間以内(休日労働を含む)、および年720時間以内(休日労働を含まない)を上限に働くことが認められます(なお、月45時間を超えることができるのは、1年のうち6ヵ月まで)(労働基準法第36条第5項)。

この規制は、従業員個人の心身の負担に着目したものであることから、本業先(A社)と副業先(B社)を通算した労働時間によって、時間外労働の上限規制を遵守する必要があります。

割増賃金の支払い義務

従業員が副業によって法定労働時間を超えて働いた場合、会社は従業員に対し、通常の労働時間の賃金に25%以上(月に60時間を超える場合は50%以上)を割り増した賃金を支払う義務を負います(労働基準法第37条)。

副業時において、本業先(A社)と副業先(B社)のいずれの会社が割増賃金の支払い義務を負うかについては、後述します。

労働時間の通算時に適用されない規定

36協定の協定時間

36協定では、個々の事業場における延長時間を協定しますので、他の事業場(事業主)の労働時間を通算する必要はありません

したがって、本業先(A社)と副業先(B社)のそれぞれの事業場における時間外労働が、各社の36協定で協定された延長時間に収まっていれば問題ありません

休憩・休日・年次有給休暇など

副業に関して通算されるのは、あくまで労働時間に関する規定のみであり、例えば、休憩、休日、年次有給休暇などについては、通算して適用されることはありません

例えば、本業先(A社)の従業員が、A社の法定休日(1週に1日確保すべきとされる休日)において、副業先(B社)で副業を行った場合であっても、A社において、適正に法定休日が確保されていることになります。

労働時間の把握方法(従業員からの自己申告)

本業先(A社)と副業先(B社)会社が、それぞれ自社以外での労働時間を把握する方法としては、従業員からの自己申告(報告)によることとなります。

申告の頻度については、必ずしも毎日行う必要はなく、例えば、一定の日数分をまとめて申告する(例えば、1週間分を毎週末に申告する)ことや、副業先の所定労働時間が一定である場合には、所定労働時間どおり働いた場合には申告を不要とし、これを超える労働(所定外労働)があった場合のみ申告することとしても、問題ありません。

労働時間の通算の順序と割増賃金の支払い義務

本業先(A社)と副業先(B社)がある場合、労働時間を次の順序に従って通算し、割増賃金の支払いを行います。

労働時間の通算の順序

  1. 【副業の開始労働契約の締結の先後の順に、所定労働時間を通算する
  2. 【副業の開始所定外労働の発生の順に、所定外労働時間を通算する
  3. 上記の通算の結果、法定労働時間を超えて労働をさせた会社が、割増賃金の支払い義務を負う

なお、「所定労働時間」とは、労働契約によって定められた労働時間(始業時刻から終業時刻までの労働時間)をいい、「所定外労働時間」とは、所定労働時間を超える労働時間(残業時間)をいいます。

所定労働時間の通算【副業の開始前】

まずは、副業を開始するに、本業先(A社)と副業先(B社)の、それぞれの所定労働時間を通算します。

1日単位でみた労働時間の通算

例えば、本業先(A社)が、副業先(B社)よりも先に労働契約を締結していた場合で、A社の所定労働時間が8時間、同じ日のB社の所定労働時間が2時間であったとします。

この場合、先に労働契約を締結していたA社から先に労働時間を通算することにより、A社の所定労働時間8時間はすべて法定労働時間(1日8時間)に収まっており、B社の所定労働時間2時間は、すべて法定労働時間を超えていることになります。

したがって、この場合には、B社における2時間の労働は、法定時間外労働となり、B社が割増賃金の支払い義務を負うこととなります。

なお、当該2時間については、B社で締結された36協定において、協定された延長時間内に収まっている必要があります。

会社労働契約の先後1日の所定労働時間法定時間外労働
(1日8時間超)
割増賃金の支払義務
本業先
(A社)
8時間なしなし
副業先
(B社)
2時間2時間あり
(2時間分)

なお、実際に働いた順序ではなく、あくまでも労働契約を締結した先後によって判断するため、例えば、ある1日において、副業先(B社)で先に2時間働き、その後本業先(A社)に出社して8時間働いた場合であっても、法定時間外労働となるのはB社で働いた2時間であり、B社が割増賃金の支払い義務を負う結果は変わりません。

1週間単位でみた労働時間の通算

例えば、本業先(A社)が、副業先(B社)よりも先に労働契約を締結していた場合で、1週間(いずれも月曜日を起算日とする)のA社の所定労働日が月曜日から金曜日までの5日間、各日の所定労働時間が8時間(週の合計労働時間は40時間)である場合において、土曜日のB社の所定労働時間が5時間であったとします。

この場合、先に労働契約を締結していたA社から先に労働時間を通算することにより、A社の所定労働時間はすべて1週間の法定労働時間(1週40時間)に収まっており、B社の土曜日の所定労働時間5時間は、すべて法定労働時間を超えています。

したがって、この場合には、B社における土曜日の5時間の労働は、法定時間外労働となり、B社が割増賃金の支払い義務を負うこととなります。

会社労働契約の先後1週の所定労働時間法定時間外労働
(1週40時間超)
割増賃金の支払義務
本業先
(A社)
40時間なしなし
副業先
(B社)
5時間5時間あり
(5時間分)

なお、1週間の労働時間の管理について、本業先(A社)と副業先(B社)で、異なる曜日を起算日としている場合があります。

この場合においても、労働時間の通算に当たっては、A社は自らの事業場における起算日からの1週間を基準として、当該1週間におけるB社の所定労働時間を通算することになります。

例えば、A社における週の起算日が日曜日、B社における週の起算日が水曜日の場合でも、A社が通算するB社の労働時間は、各週の日曜日から土曜日までのものとなります(B社における水曜日から火曜日までの労働時間を通算するのではありません)。

所定外労働の通算【副業の開始後】

いずれかの会社で所定外労働が行われた場合

例えば、本業先(A社)が、副業先(B社)よりも先に労働契約を締結していた場合で、A社の所定労働時間が4時間、同じ日のB社の所定労働時間が4時間であったとします。

この場合、A社の所定労働時間はすべて法定労働時間(1日8時間)に収まっており、また、B社の所定労働時間4時間についても、すべて法定労働時間に収まっていますので、この時点では、各社に法定時間外労働はありません。

この場合において、例えば、A社で所定労働時間4時間を超えて1時間の所定外労働をした場合、当該1時間は、1日の法定労働時間(8時間)を超えていますので、この場合には、A社における1時間の労働は、法定時間外労働となり、A社が割増賃金の支払い義務を負うこととなります。

会社労働契約の先後1日の所定労働時間当日の所定外労働法定時間外労働
(1日8時間超)
割増賃金の支払義務
本業先
(A社)
4時間1時間1時間あり
(1時間分)
副業先
(B社)
4時間なしなし

両方の会社で所定外労働が行われた場合

例えば、本業先(A社)が、副業先(B社)よりも先に労働契約を締結していた場合で、A社の所定労働時間が3時間、同じ日のB社の所定労働時間が3時間であったとします。

この場合、A社の所定労働時間はすべて法定労働時間(1日8時間)に収まっており、また、B社の所定労働時間3時間についても、すべて法定労働時間に収まっていますので、この時点では、各社に法定時間外労働はありません。

この場合において、例えば、A社で所定労働時間3時間を超えて2時間の所定外労働をした場合、当該2時間は、B社の所定労働時間3時間を合計しても、1日の法定労働時間(8時間)を超えていませんので、A社において法定時間外労働はありません。

その後、さらにB社で所定労働時間3時間を超えて1時間の所定外労働をした場合、当該1時間は、A社の労働時間(所定労働時間+所定外労働)を通算すると、1日の法定労働時間(8時間)を超えています。

そして、所定外労働時間は、所定外労働が発生した順に通算されることから、A社から先に労働時間を通算することにより、この場合には、B社における1時間の労働は、法定時間外労働となり、B社が割増賃金の支払い義務を負うこととなります。

会社労働契約の先後1日の所定労働時間当日の所定外労働法定時間外労働
(1日8時間超)
割増賃金の支払義務
本業先
(A社)
3時間2時間なしなし
副業先
(B社)
3時間1時間1時間あり
(1時間分)