業務上の負傷・疾病(労災)による解雇制限と打切補償について労働基準法を解説
- 1. 「解雇制限」とは
- 1.1. 解雇制限とは
- 1.2. 療養のために休業すること
- 1.3. 私傷病と解雇制限
- 2. 解雇制限の例外
- 3. 解雇制限の例外①打切補償を支払った場合
- 3.1. 打切補償とは
- 3.2. 災害補償とは
- 3.3. 打切補償を支払ったとみなされる場合
- 3.3.1. 傷病補償年金とは
- 3.3.2. 打切補償を支払ったとみなされる日
- 4. 解雇制限の例外②天災事変などにより事業継続が不可能となった場合
- 4.1. 天災事変その他やむを得ない理由とは
- 4.2. 事業の継続が不可能となった場合
- 4.3. 所轄労働基準監督署長の認定
- 5. 解雇制限の規制の対象となる場合・ならない場合(個別のケース)
- 5.1. 解雇制限の規制の対象となる場合
- 5.1.1. 懲戒解雇の場合
- 5.2. 解雇制限の規制の対象とならない場合
- 5.2.1. 定年退職の場合
- 5.2.2. 自主退職の場合
- 5.2.3. 契約期間の満了の場合
- 6. 解雇制限に関する就業規則の規定例(記載例)
- 7. 罰則
「解雇制限」とは
解雇制限とは
法律によって、会社は、従業員が業務上負傷し、または疾病にかかり、その療養のために休業する期間中、およびその後30日間は解雇してはならないと定められており、これを「解雇制限」といいます(労働基準法第19条第1項)。
業務上の負傷または疾病とは、例えば、業務中に物を運搬していて怪我をした場合など、業務(仕事)に起因して負傷し、または病気になることをいいます。
療養のために休業すること
解雇制限は、従業員が「療養のため」に、「休業する」場合を対象としています。
「療養のため」とは、傷病が治癒しないために、療養をする必要がある場合をいいます。
したがって、従業員の傷病が医学的に治癒し、その後30日が経過した場合には、たとえ休業をしていたとしても解雇制限の対象とはなりません(昭和25年4月21日基収1133号)。
なお、ここでいう「治癒」とは、完治を意味するものではなく、症状固定を意味し、症状固定とは、これ以上治療を続けても症状の改善が見込まれない状態のことをいいます。
さらに、解雇制限は、療養のために「休業する」従業員を対象としているため、業務上の負傷または疾病により療養をしていても、従業員が休業をせずに就労している場合には、解雇制限の対象とはなりません。
なお、療養のための休業がたとえ1日だけの場合であっても、当該休業日と、その後30日間については、解雇が制限されることとなります。
私傷病と解雇制限
一方、業務(仕事)に起因しない負傷または疾病のことを、私傷病といいます。
私傷病については、法律による解雇制限の対象とはなりません。
ただし、会社が行った解雇について、解雇権を濫用したと認められる場合には、不当解雇となり、法律上解雇が無効となることがあります(労働契約法第16条)。
私傷病による解雇については、次の記事をご参照ください。
病気(私傷病)により労務不能となった従業員を解雇する場合の留意点を解説
解雇制限の例外
解雇制限については、例外規定が設けられており、次のいずれかに該当する場合には、解雇制限が解除され、解雇制限期間中であっても、解雇することができる(解雇することが法律上禁止されなくなる)とされています(労働基準法第19条第1項ただし書)。
解雇制限の例外
- 打切補償を支払う場合
- 天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合(所轄労働基準監督署長の認定を受けることが必要)
以下、順に解説します。
解雇制限の例外①打切補償を支払った場合
会社は、解雇制限期間中であっても、従業員に対して打切補償を支払うことにより、解雇制限が解除され、従業員を解雇することができるようになります。
打切補償とは
「打切補償」とは、業務上の負傷または疾病により、療養補償を受けている従業員が、その療養開始から3年を経過しても傷病が治らない場合に、会社が平均賃金の1,200日分を支払うことによって、その後の補償を打ち切ることをいいます(労働基準法第81条)。
打切補償は、本来会社が従業員に対して行うべき災害補償の義務を、一定の要件のもと、免除する制度といえます。
法律が打切補償を定める趣旨は、行政解釈によると、業務上の負傷または疾病に対する会社の補償義務を永久的なものとせず、療養開始後3年を経過したときに打切補償を行うことにより、その後の会社の補償責任を免責させようとするものであると解されています(昭和28年4月8日基発192号)。
災害補償とは
会社は、従業員が業務上負傷し、または疾病にかかった場合には、次のとおり災害補償を行うことが義務付けられています(労働基準法第8章各条)。
【災害補償の種類と内容】
種類 | 事由 | 補償内容 |
療養補償 | 業務上の負傷または疾病により療養する場合 | 療養の給付または費用の支給 |
休業補償 | 療養のために休業する場合 | 平均賃金の100分の60 |
障害補償 | 業務上の負傷または疾病により障害が残った場合 | 平均賃金×障害の程度に応じた日数 (最低50日(14級)~最高1,340日(1級)) |
遺族補償 | 業務上死亡した場合 | 遺族に対して、平均賃金の1,000日分 |
葬祭料 | 業務上死亡した場合 | 葬祭を行う者に対して、平均賃金の60日分 |
ただし、基本的には、会社の災害補償を担保するための社会保障として、労働者災害補償保険(労災保険)があり、労災保険から従業員(被災者)に対し、同様の給付が行われることをもって、その限りにおいて会社は災害補償を行う責任を免れる(費用を負担する必要がない)こととなります(労働基準法第84条第1項)。
なお、通勤災害(通勤途中で発生した事故による負傷など)についても、労災保険による給付の対象となりますが、通勤災害については、会社に補償を行う責任はなく、また、解雇制限の対象にもなりません。
災害補償については、次の記事をご参照ください。
労働災害に対する「災害補償」とは?労働基準法と労災保険法の違いを比較しながら解説
打切補償を支払ったとみなされる場合
業務上の負傷または疾病により、療養補償を受けている従業員が、その療養開始から3年を経過した日において、労災保険による傷病補償年金を受けている場合(同日後において傷病補償年金を受けることとなった場合を含む)には、会社は労働基準法に基づく打切補償を支払ったものとみなされ、解雇制限が解除されることとなります(労災保険法第19条)。
傷病補償年金とは
「傷病補償年金」とは、業務上の負傷または疾病により、長期間の療養によっても治癒せず、さらに療養を続ける必要がある場合に、休業1日ごとに補償される休業補償給付に代えて、年金として1年ごとの補償に切り替えて行われる給付をいいます(労災保険法第12条の8第3項)。
傷病補償年金は、療養の開始後1年6ヵ月を経過した日、または同日後において、傷病が治癒しておらず、かつ傷病等級(1級から3級)に該当する場合に支給されます(該当しない場合は、引き続き休業補償給付が支給されます)。
傷病補償年金の額は、傷病等級に応じて、次のとおりです。
【傷病補償年金の額(年額)】
傷病等級 | 年金額(※) | 障害の状態 |
第1級 | 給付基礎日額の313日分 | 常時介護を要する状態 |
第2級 | 給付基礎日額の277日分 | 随時介護を要する状態 |
第3級 | 給付基礎日額の245日分 | 常態として労働不能の状態 |
(※)年金額を算出する際の「給付基礎日額」とは、原則として労働基準法に定める平均賃金に相当する額をいいます。
打切補償を支払ったとみなされる日
傷病補償年金が支給される場合において、打切補償を支払ったものとみなされる日(解雇制限が解除される日)は、次のとおりです。
打切補償を支払ったとみなされる日
- 療養の開始後3年を経過した日において、傷病補償年金を受けている場合…3年を経過した日
- 療養の開始後3年を経過した日の後において、傷病補償年金を受けることとなった場合…傷病補償年金を受けることとなった日
解雇制限の例外②天災事変などにより事業継続が不可能となった場合
解雇制限の例外規定として、天災事変その他やむを得ない事由のために、事業の継続が不可能となった場合で、所轄労働基準監督署長の認定を受けた場合には、解雇制限期間中であっても、解雇制限が解除され、解雇することができるとされています(労働基準法第19条第2項)。
天災事変その他やむを得ない理由とは
天災事変その他やむを得ない理由とは、例えば、洪水、地震、その他の災厄や、天災事変に準ずるほどの不可抗力に基づく突発的な事由をいいます。
これに対して、事業経営上の見通しを誤って金融難に陥った場合や、税金の滞納処分を受けて事業廃止に至った場合などは、これに該当しないと解されます(昭和63年3月14日基発150号)。
事業の継続が不可能となった場合
解雇制限が解除されるためには、天災事変その他やむを得ない事由が生じただけでは足りず、それによって事業の継続が不可能となったことが必要とされています。
事業の継続が不可能となった場合とは、事業の全部または大部分の継続が不可能となった場合をいい、事業の主たる部分を保持して継続し得る場合や、一時的に操業中止をやむなくされたものの、近く再開の見込みがあるような場合は該当しません。
所轄労働基準監督署長の認定
打切補償とは異なり、天災事変などを理由として解雇制限を解除するためは、所轄労働基準監督署長の認定を得る必要があります。
申請方法は、「解雇制限除外認定申請書(様式第2号)」に必要事項を記載し、管轄の労働基準監督署に提出します。
なお、所轄労働基準監督署長の認定を受けずになされた解雇については、それを理由として法律上無効となることはありませんが、認定を受けなかったことにより、労働基準法違反による刑事上の責任は免れません。
解雇制限の規制の対象となる場合・ならない場合(個別のケース)
解雇制限の規制の対象となる場合
懲戒解雇の場合
従業員に懲戒解雇に値する重大な背信行為があっても、解雇制限の規定が適用され、解雇制限期間中は懲戒解雇することはできません。
解雇制限は、解雇予告に関する手続(労働基準法第20条)と異なり、従業員の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合を除外していないためです。
解雇制限の規制の対象とならない場合
定年退職の場合
業務上の負傷または疾病による休業期間中であっても、就業規則に退職事由として定めた定年の年齢に達した場合は、定年退職は解雇には該当しないと解されることから、解雇制限の対象とはならず、退職として取り扱うことができると解されます(大阪地方裁判所岸和田支部昭和36年9月11日判決)。
自主退職の場合
解雇制限期間中であっても、従業員が自主的に退職することは可能であり、退職によって、労災保険による給付を受ける権利を失うこともありません。
契約期間の満了の場合
パートやアルバイトなど、契約期間を定めた労働契約(有期雇用契約)を締結している従業員について、業務上の負傷または疾病による休業期間中に、契約期間の満了日が到来した場合には、当該契約期間の満了をもって雇用関係は自動的に終了することとなりますので、解雇制限に抵触することはありません(昭和63年3月14日基発150号)。
解雇制限に関する就業規則の規定例(記載例)
解雇制限に関する就業規則の規定例(記載例)は、次のとおりです。
就業規則の規定例(記載例)
(解雇) 従業員が、業務上の負傷または疾病による療養の開始後3年を経過しても当該負傷または疾病が治らない場合であって、当該従業員が傷病補償年金を受けているときまたは受けることとなったとき(会社が打切補償を支払ったときを含む)は、解雇することがある。
罰則
労働基準法上、解雇制限の定めに違反した場合には、6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金の対象となります(労働基準法第119条)。