就業規則は「ひな型」で十分?ひな型のままで運用することの4つの問題点

はじめに

就業規則とは?

「就業規則」とは、労働時間や服務規律など、従業員が、その会社で働くうえで守らなければならないルールについて定めた規則集であり、いわば「職場のルールブック」といえます。

法律によって、常時10人以上の事業場について、就業規則を作成することが義務付けられています(労働基準法第89条)。

初めて就業規則を作成する場合には、社内の担当者などが作成するか、または、社会保険労務士や弁護士などの専門家に依頼して作成することが一般的です。

「就業規則」とは?作成義務・記載内容・届出手続などをわかりやすく解説

就業規則の「ひな型」とは?

社内の担当者などが就業規則を作成する場合には、一から作成するよりも、就業規則の「ひな型」を用いて作成していくことが一般的です。

就業規則の「ひな型」は、インターネットなどで容易に入手することができ、例えば、厚生労働省では、就業規則のひな型(モデル就業規則)を公開しており、無料でダウンロードすることができます。

土台が「ひな型」であっても、時間をかけて入念に作成すれば、会社の実情に合った就業規則を作成することは可能です。

しかし、実際には、そのようなプロセスを経ないまま、就業規則の「ひな型」をほとんどそのままで運用しているケースも散見されます。

就業規則は、会社の実情に合わせて作成することが何よりも重要であり、その理由は、就業規則の「ひな型」をそのまま用いることにより、大小様々な問題が生じるリスクが高まると考えるためです。

この記事では、就業規則の「ひな型」をそのまま用いることで生じ得る、次の4つの問題点を解説します。

就業規則の「ひな型」を用いる場合の4つの問題点

  • 就業規則が会社の実情に合わないことによる問題
  • 労務トラブルに対応できない場合があることによる問題
  • 就業規則の内容を理解する担当者がいないことによる問題
  • 就業規則の「不利益変更」が生じることによる問題

これは反対に、この4つの問題点を解消することができれば、就業規則の「ひな型」を用いたとしても、問題が生じるリスクが低くなることを意味します。

就業規則が会社の実情に合わないことによる問題

就業規則の「ひな型」の性質

就業規則の「ひな型」は、ごく一般的な就業規則に記載されている内容を、例示的に記載しているに過ぎない、という性質があります。

そもそも、一言に「会社」といっても、規模や業種の違いがあるため、すべての会社の実情に合う就業規則の「ひな型」を作成することは不可能といえます。

したがって、就業規則の「ひな型」では、会社の規模や業種は考慮されておらず、また、その内容も、会社が法律を遵守するための必要最小限の内容に留められていることが一般的です。

しかし、就業規則の本来の目的は、会社ごとに異なる経営者の考えや労働環境などに合わせて、会社の労務管理を適正に運用していくために作成するもので、会社の実情を反映して作成しなければ意味がありません。

就業規則の「ひな型」を用いて作成したことにより、結果として会社の実情に合わない内容になってしまうと、後述するような問題が生じるおそれがあります。

会社に合わない規定が定められていることによって生じる問題

就業規則の「ひな型」をそのまま運用すると、会社の実情に合わない規定が就業規則に定められてしまう場合があり、その規定が引き金になって、問題を生じさせる場合があります。

一例として、従業員の私傷病による「休職」に関する制度は、法的に必ず設けなければならないものではありません。

しかし、就業規則の「ひな型」に休職に関する制度が定められていて、例えば休職期間が最長2年と定められていれば、会社は従業員の休職を2年まで認める義務があります。

いったん従業員が休職をすれば、休職中の代替要員をどう確保するのか、復職の可否はどのように判断するのか、休職期間は長すぎないか、などの労務管理上の悩みが生じることがありますが、問題は、そのようなことを事前に想定せずに、就業規則の「ひな型」に定められている規定をそのままにしてしまっていたことに原因があるといえます。

本来は、就業規則を定める段階で、休職制度を導入すべきかどうかという点も含めて、しっかりと検討しておく必要があったといえます。

労務トラブルに対応できない場合があることによる問題

就業規則の「ひな型」では、会社の実情に合った内容が定められていない結果として、いざ労務トラブルが生じたときなどに効果を発揮しないことがあります。

一例として、「服務規律」や「懲戒規定(懲戒処分のための規定)」は、経営者の考えや社内風土が色濃く反映されるものであり、職場規律を統制するために重要な存在です。

懲戒処分について、裁判例では、会社は服務規律に違反する従業員に対して、「就業規則の定めるところにより懲戒処分をなし得る」としており(国鉄札幌運転区事件/最高裁判所昭和54年10月30日判決)、原則として、会社は就業規則に定めのない事由による懲戒処分をすることはできないと解されています。

そして、就業規則の「ひな型」では、服務規律や懲戒処分に関する規定は、必要最小限の内容しか定められていないことが一般的で、会社にとって十分な内容が定められていることは期待できません。

従業員が服務規律に違反した場合などに、懲戒処分を課す必要性が生じたとしても、もし就業規則にきちんと懲戒事由が定められていなければ、法的に会社は懲戒処分を課すことができないこととなり、対処が手詰まりになる可能性があります。

このように、会社の実情に合っていない就業規則は、労務トラブルが生じた場合など、いざというときに効果を発揮しないおそれがあります。

就業規則の内容を理解する担当者がいないことによる問題

担当者の必要性

就業規則の「ひな型」を用いた場合で、内容について十分に吟味されないまま運用されている場合には、社内に就業規則の内容について十分に把握し、理解している担当者がいない、という場合があります。

就業規則の作成を社会保険労務士や弁護士などの専門家に依頼した場合には、その内容を専門家が把握しているため、規定の内容について、いつでも質問や相談をすることができます。

しかし、社内に誰も就業規則の内容を把握している担当者がいない場合には、例えば、従業員から就業規則の内容について問い合わせがあっても、適切に対応することができず、労務管理が適切に行えない状況に陥るおそれがあります。

就業規則の「周知」の重要性

また、就業規則について社内で誰も理解していないということは、就業規則を従業員に「周知」することが難しいことを意味します。

就業規則が法的に効力を認められるためには、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出るだけでなく、従業員にその内容を「周知」することが必要です。

従業員に就業規則を周知するということは、それに付随して、従業員への説明や、従業員からの質問対応をすることが求められますが、それができないがために、就業規則を周知しないままにしてしまうことがあります。

就業規則を周知しないと、いざ労務トラブルなどが生じた場合に、就業規則の効力自体が認められない結果、就業規則を根拠として対応をすることができなくなるリスクがあります。

また、就業規則に記載されている服務規律などを適切に従業員に落とし込むことができないことによって、組織の統率を図る力が弱まり、かえって労務トラブルが起きてしまう、という悪循環にも陥りかねません。

このような事態を避けるためには、社内で少なくとも一人は、就業規則の担当者を決めたうえで、その担当者が就業規則の内容を把握、理解しておく必要があるといえます。

就業規則の「不利益変更」が生じることによる問題

とりあえずは就業規則の「ひな型」で作成しておいて、「問題があれば後から変更すればいい」と考えてしまうケースがありますが、これにも問題があります。

就業規則は、後から従業員にとって不利な方向に変更すること(就業規則の「不利益変更」といいます)のハードルが非常に高いためです。

就業規則(労働条件)の不利益変更とは?手続(従業員の合意)と判断基準(合理性)について解説

就業規則は、会社と従業員との間の約束事を記載した契約書のような存在であり、いったん作成した就業規則を、後から会社が一方的に、従業員にとって不利な内容に変更することが難しいことは、イメージしやすいかと思います。

これは個人的な見解ですが、特に中小企業においては、会社の就業規則は「小さく始める」ことが大切であると考えています。

会社の成長に合わせて、就業規則の内容も充実していくものであり、いったん会社が守ることができない制度や福利厚生を定めてしまうと、後から従業員の不利益に変更することが難しいものです。

従業員が守るべき規則を定めることも重要ですが、反対に、会社が「守れない」内容を記載しないようにも留意する必要があります。

就業規則の「ひな型」を用いる場合には、いったん就業規則を作成すると、後から変更をすることのハードルが高いことを念頭に置きながら、慎重に対応する必要があるといえます。

まとめ

以上の内容を踏まえたうえで、就業規則の「ひな型」を用いる場合には、会社は次の事項について留意しながら対応する必要があるといえます。

就業規則の「ひな型」を用いる場合の留意事項

  • 就業規則の「ひな型」をそのまま用いることはせず、事前に十分に検討する
  • 社内で就業規則の担当者を決め、内容を把握・理解して、社内で周知する
  • 後からの不利益変更は難しい点を念頭に置いて、特に中小企業では「小さく始める」
  • 会社が守れない内容を記載しないようにする

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