「能力不足」(成績不良)の従業員への対応(指導、配置転換、解雇など)を解説

従業員の「能力不足」による問題

従業員の「能力不足」とは

従業員の「能力不足」とは、一般に、会社が従業員に対して求める、従業員としての標準的な業務遂行能力が不足している(労働の質が悪い)ことをいいます。

具体的には、仕事が遅い、仕事にミスが多い、業務上必要なスキルを習得できない、職場の同僚とうまくコミュニケーションがとれない、顧客からの苦情が多い、営業成績が上がらないことなどが挙げられます。

能力不足への対応

もともと「能力」とは、抽象的な概念であり、一言に「能力不足」といっても、他の従業員と比較して成長が遅い、という程度のものから、業務に支障を来たし、会社に損害を与える程度のものまで幅広いものです。

従業員の能力不足により、業務に支障を来たすほどになると、会社がその対応に追われ、円滑な事業運営を妨げることがありますので、その解決を図る必要があります。

能力不足の従業員への一般的な対応例

能力不足の従業員に対する会社の対応としては、次のような段階を経て解決を図ることが一般的です。

能力不足の従業員への対応例

  • 【段階1】指導・教育
  • 【段階2】職務の変更・配置転換
  • 【段階3】退職勧奨
  • 【段階4】解雇

まずは、従業員に対して指導・教育を行い、成長を促し、必要に応じて、職務の変更・配置転換を行うことで、他の業務への適性を見極めます。

そして、これらの対応を十分に行っても、なお改善の余地がない場合には、最終的に退職勧奨または解雇することを検討せざるを得ないこととなります。

これらの段階を適切に経ずに(過程を省いて)、いきなり解雇するような対応は、法的なリスクがあまりに高いといえます。

以下、各段階における具体的な対応について、順に解説します。

【段階1】指導・教育

「能力」の明確化(文書化)

まず、能力不足の従業員への対応が難しい理由として、そもそも、「会社が従業員に対して求める能力とは何か」がはっきりとしない点が挙げられます。

中途採用などで職務を限定して採用する場合を除いては、会社が従業員に対して求める能力を、文書(職務記述書など)で明確にしていることは稀です。

これらを明確にしないまま、単に「改善するように」などと具体性を欠く指導をしても、従業員にとって目指すべき指標がなく、何をどうすればいいか分からないことがあります。

そこで、能力不足の従業員への指導・教育を行う前提として、会社が当該従業員に対して求める「能力」を明確にし(文書化することが望ましい)、当該従業員との間で、認識を共有することから始める必要があります。

例えば、「会社が期待している事項」や、「会社が求めるスキル」などを列挙した文書を作成することが考えられます。

「能力が未達であること」の明確化(文書化)

次に、対象となる従業員がその能力に達していないこと、および、具体的にどの程度達していないのか(不足があるのか)を明確にする必要があります。

例えば、会社が求めた事項に対して、実績としてどうだったのか、具体的な事実を、時系列で、客観的な記録・数値(営業成績やミスの回数など)によって、整理することが必要です。

改善状況や反省態度の記録

指導・教育を行った場合には、それに対して、どのような改善がみられたのか、あるいは、どのような姿勢で改善に取り組んだのかなどを記録することが必要です。

特に、指導・教育に対する反省の態度がみられないような場合には、その後の処遇を検討する上で重要な判断材料となります。

指導・教育の立証の必要性

能力不足の従業員に対しては、まずはその改善のために十分な指導・教育を行うことが必要であり、後に解雇などをめぐって紛争に発展した場合には、会社が解雇を回避するために、どれだけ指導・教育を継続して行ってきたのかが重要なポイントとなります。

例えば、人事考課が下位10%の成績であった従業員を解雇した事例で、能力不足は会社の教育不足が原因であり、従業員に対して教育、指導が行われた形跡がなく、適切な教育、指導を行えば、能力向上の余地があったとして、解雇が無効とされた裁判例があります(セガ・エンタープライゼス事件/東京地方裁判所平成11年10月15日決定)。

書面・記録の重要性

会社が指導・教育を行う際に書面や記録を作成することは、指導内容が具体的・客観的になることに加え、後に解雇などをめぐって紛争に発展した場合にも、会社が能力不足を立証するための重要な証拠となり得ます。

【段階2】職務の変更・配置転換

指導・教育を継続的に行っても、能力不足が改善せず、その職務への適性がないと判断される場合には、その従業員の適性に合った職務への変更(配置転換)を検討する必要があります。

特に、新卒採用など、職務を限定しないで採用した場合には、能力不足があったからといって、直ちに退職を促し、または解雇することは適切ではありません。

例えば、営業職としては適性がないとしても、事務職では適性がある可能性もあり、一概に能力不足と断定することはできないためです。

適性を判断するための配置転換を行わずに解雇することが、不当解雇となることもあり得ます。

例えば、会社が、従業員を適性のある業種に配転したり、解雇の可能性を伝えて業績改善の機会を与えたりせずに解雇したことを理由に、不当な解雇であると判断した裁判例があります(日本アイ・ビー・エム事件/東京地方裁判所平成28年3月28日判決)。

ただ、必ずしも、配置転換をすることが、解雇のための要件となるとは限りません。

例えば、自ら営業職を強く希望しておきながら、営業成績が新入社員の実績を下回り、さらに成績向上のための会議にも欠席するなど、成績向上の努力も見られないという事情があった事例では、他の職種への配置転換の可能性を検討するまでもなく、能力不足による解雇が認められるとした裁判例もあります(テサテープ事件/東京地方裁判所平成16年9月29日判決)。

なお、配置転換の必要性については、大企業ほど、様々な業務、職種に転換させる余地があると判断されやすい傾向があります。

【段階3】退職勧奨

従業員を解雇することは、会社にとって法的なリスクが高いことから、能力不足の従業員に対する対応としては、まずは自主的に退職するよう勧奨することがあります。

退職勧奨によって、従業員が自らの意志で退職する場合には問題ありませんが、退職に応じない場合に配置転換を行うといった対応は、その配置転換が不当な目的によってなされたものとして違法となり得る可能性があります

例えば、従業員を退職させるために、約4ヵ月間にわたり、追い出し部屋で1人で業務を行わせた事例で、退職勧奨に応じない従業員に対して会社が行った配転命令が、権利濫用であり違法であると判断した裁判例があります(大和証券事件/大阪地方裁判所平成27年4月24日判決)。

「退職勧奨」とは?退職勧奨が違法となる場合、裁判例を踏まえた注意点などを解説

【段階4】解雇

解雇の有効性に影響を与える事項

能力不足の改善の余地・解雇回避努力の有無

従業員の能力不足による解雇が有効とされるためには、従業員の能力不足について、客観的にみて「改善の余地がない」といえることが必要です。

ここでは、会社として、能力改善のためにどこまで努力を尽くし、解雇を回避しようと努めてきたのかが問われます(NECソリューションイノベータ事件/東京地方裁判所平成29年2月22日判決)。

具体的には、指導・教育や配置転換など、手段を尽くしてもなお能力不足が改善されず、将来的にも改善の見込みがないといえることが求められます。

解雇に至るまでの手続

解雇に至るまでの手続についても、ある日突然解雇を通知するのではなく、具体的な問題行動を指摘した上で、一定期間内に業績改善が見られなかった場合には解雇の可能性があることを伝えた上で、改善の機会を付与するなどの手続をすることが、裁判上評価されることがあります。

例えば、個々の問題行為はさほど深刻なものではなくとも、それが繰り返し行われ、会社が従業員に対して、具体的な問題点を指摘し、2ヵ月の期間内に行動が改善されなかった場合には解雇されることもある旨を告知した警告書を交付したにも関わらず、なお問題行動が改善されなかった事例で、改善の見込みが乏しく、解雇を有効と判断した裁判例があります(ゴールドマン・サックス・ジャパン・リミテッド事件/東京地方裁判所平成10年12月15日判決)。

能力不足の程度、業務遂行への支障の程度

従業員の能力不足によって解雇が認められるためには、能力不足によって、会社に重大な損害を与え、あるいは企業経営や業務運営に重大な支障を及ぼすおそれがあるといった事情が求められることがあります(エース損保事件/東京地方裁判所平成13年8月10日決定)。

つまり、単にクレームが多いというだけでなく、そのクレームによって、実際に会社にどの程度の損害が生じた(または生じるおそれがある)のか、という点まで証明することを求められる場合があります。

また、従業員の能力が、客観的な数値や指標によって評価されていたり、評価制度や目標の設定には問題がないなど、客観的で平等な評価によって判断されていることも必要といえます。

例えば、会社が設定した売上目標に十分な具体性がないことを理由に、従業員に解雇事由に相当するほどの成績不良があったとはいえないとして、解雇を無効と判断した裁判例があります(日本オリーブ事件/名古屋地方裁判所平成15年2月5日決定)。

勤務態度

能力不足であることに加え、勤務態度が不良であることが解雇の有効性の判断において影響を与えることがあります。

例えば、英語、パソコンのスキル、物流業務の経験を買われて中途採用された従業員について、業務遂行能力が著しく低く、かつ、勤務態度が不良である(上司の指示に従わないとして、けん責処分(懲戒処分)を受けたにも関わらず、ミーティングへの出席を拒否するなどした)ことを理由に解雇した事例で、裁判所は解雇を有効と判断しました(日本ストレージ・テクノロジー事件/東京地方裁判所平成18 年3月14日判決)。

新卒採用であるか、中途採用であるか

新卒採用(長期雇用を前提とする)であるか、中途採用(即戦力を採用する)であるかによって、裁判例の判断が異なる傾向があります。

新卒採用の場合

新卒採用する従業員は、長期雇用を前提としており、通常、入社時には十分な能力を有しておらず、入社後の指導・教育によって、能力を向上させ、キャリアを積み上げていくものです。

したがって、指導・教育を十分に行うことなく、単に成績が不良で、能力が不足しているというだけの理由で、すぐに解雇をすることは認められない傾向があります。

中途採用の場合

中途採用では、経営幹部や上級管理職、専門職(システムエンジニアや金融トレーダーなど)として、役職・給与面などについて好待遇でヘッドハンティングをした場合のように、従業員の経歴・職務経験・資格などを重視して採用することがあります。

高度の職業能力があることを前提として中途採用された従業員が、期待された能力を発揮できなかった場合には、能力不足を理由とする解雇の有効性は、新卒採用の場合と比べて認められやすい傾向があります(フォード自動車事件/東京高等裁判所昭和59年3月30日判決)(ヒロセ電機事件/東京地方裁判所平成14年10月22日判決)。

例えば、管理職として年収1,000万円で採用された人材が能力不足であるとして解雇された事例で、裁判所は試用期間中の解雇を有効と認めました(社会福祉法人どろんこ会事件/東京地方裁判所平成31年1月11日判決)。

また、年俸770万円で中途採用した従業員が、業務で求められる能力や適格性が平均に達しないことを理由とした解雇について、裁判所は有効と判断しました(プラウドフットジャパン事件/東京地方裁判所平成12年4月26日判決)。